ル・エンジュ村には、リコーダーを製造する工房が一つだけありました。
そこには、立派な職人がいました。
その職人は、ある日、悪夢の子と幽霊の小娘を拾います。
大きくなるまで育てました。
そして、ある日を境として生活に変化が訪れなくなりました。
寿命が過ぎた職人は命朽ち果てようとも、何度もダ・カーポを繰り返していました。
死んでも死にきれない決まり文句。
この世でのダ・カーポは、永遠の繰り返しを示します。
予め敷かれたレール上でのみ、人生を歩むことしか出来なくなります。
原則、死して持ち込んだであろう未練をなくすこと以外では、活動を停止させる確立した手段が存在しないのです。
職人はこの日を機会に、育てた二人とは距離をおいて、遠目で静かに見守ろうとする計画を立てました。
それから月日が更に経過した頃。
職人は幽霊の小娘に対して、ハーモニカを手渡しました。
悪夢の子は、職人の姿をこれ以上見たくないと正直に言いました。
なぜなら、職人が抱えるダ・カーポの掟を破ったことになるからです。
その日から悪夢の子は、職人のことが嫌いになりました。
悪夢の子は職人が遠く、見知らぬ遠くへ行ってしまいそうな気がして、わーわー泣きわめきました。それは、とても淡泊で、普段から見せない態度でした。
だが、怒った職人は、悪夢の子に対してリコーダーをおでこに突きつけました。
その日の翌日、職人はピクリとも動かなくなりました。
音程が外れたような感覚で、ダ・カーポも余儀なく中断されてお亡くなりになられました。
泣き止んだ悪夢の子は、誰よりも勇敢に生きていこうと自身に誓いました。
その職人を、村の何処かに埋葬しました。
音楽が嫌いになりました。
その日以降、死者が嫌いになりました。
誰かのために生きるのではなく、死者が都合よく存在し続ける意義を理解できない。
でも、埋められたリコーダー職人のおじさんに悲しい顔を見せるくらいだったら、生きている者に代行手段でもいい、何か恩を成し遂げたい。
その誓いそのものが、墓守探偵としての誠意を突き動かす動力源となっていた。
墓守探偵のメアが忘れていた、幼き記憶が蘇った瞬間だ。
「……目が泳いでいるんだけど? どうしたんだよ」
リコーダーを突きつけた少年――ソソラは、私の様態を気にしていた。視線を背けるように頭を動かして、咳き込みながらも腕をおろすと、スゥシュッと、制服に接触した音が微かに聞こえた。
ショベルの刃先をソソラに向けていたけど、引き際を誤ることなく地面へと突き刺す。それから「いえ……特別、私はなんともないです!」と大声で喧しく言い張る。
「……嘘ついてもどうせ顔に出ているぞ。というか、後片づけしないで道案内してもらう価値なんて、俺にはないんだよ」
冷酷な言葉。ソソラなりに考えて仰っていることだと思うが、メアは賛同できない。
何故なら、メアは嘘をつくのがドヘタだからである。
転生前の私は嘘をつくのが下手というより、無口が多かったから……あまり違和感はない。
心の奥底から会話できるようになっているだけに、以前の私より気分が軽やかになったと思えた。
「そそ、そうですねっ、立派なお墓を設置したとこで、サクッとやっちゃいましょう!」
口下手になった気がする。でも、自慢のショベルを優しく撫でる私は気にしない。
でも、少年はそれを聞き取ることが出来なかった素振りをした。
「で、この後は何をするんだ?」
「埋葬した死者に、優しい定型句を捧げますので……」
そう言って、お線香を立てた。
黙々とする細い煙は天を目指していく。
それから、お経を唱えた――。
死者に手向けられた言葉は優しい一言に尽きる。ソソラはこれを知っておきながらも、何処か心の奥底で納得しかねないと感じたのか、慣れた手つきで頭を抱えた。
「……俺は、この村へ来て何をしたいのか……分からん」
素直な言葉を吹きかけられた。
「それは、墓守探偵である私にも理解しがたいです。だって、ソソラさんのことを考えても、何をしたいのかさっぱりだから……」
ソソラの両手を無意識に握る。
すると、困った顔つきになるソソラ。メアはニコッと微笑んでから大きく息を吸い、深呼吸して緊張をほぐした。
「……あ、あ、あ」
「何をしているんだ?」
「単音の発声練習です」
今度は、喉元を軽く抑えていた。
「こう見えても、私は普段から他者とお喋りしたことがありません。なので、話す言葉が途切れてしまわないように、幽霊さんから少量の勇気をお裾分けして貰いました」
私はごくりと息を呑む。
本当は嘘をちょっぴりかませているのだけど、それは自分以外恐らく気づいていない。
若しくは気づいているのだけれど、黙っているの二択といえる。
「……しかし。随分と殺風景な村だ」
今日、初めてメアにお会いしたソソラは、常に目を疑っている。少なくとも、メアは一人ではないという意味を理解するまでは……。
ひと息ついたソソラは顔を起こす。私の周囲には、いつの間にか賑わう人々がいた。
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