神様は音楽を奏でたくない

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破かれた命と埋葬 1

公開日時: 2021年1月21日(木) 09:00
文字数:2,008

 ル・エンジュ村には、リコーダーを製造する工房が一つだけありました。

 そこには、立派な職人がいました。



 その職人は、ある日、悪夢の子と幽霊の小娘を拾います。

 大きくなるまで育てました。


 そして、ある日を境として生活に変化が訪れなくなりました。

 寿命が過ぎた職人は命朽ち果てようとも、何度もダ・カーポを繰り返していました。



 死んでも死にきれない決まり文句。

 この世でのダ・カーポは、永遠の繰り返しを示します。


 予め敷かれたレール上でのみ、人生を歩むことしか出来なくなります。

 原則、死して持ち込んだであろう未練をなくすこと以外では、活動を停止させる確立した手段が存在しないのです。



 職人はこの日を機会に、育てた二人とは距離をおいて、遠目で静かに見守ろうとする計画を立てました。



 それから月日が更に経過した頃。

 職人は幽霊の小娘に対して、ハーモニカを手渡しました。

 悪夢の子は、職人の姿をこれ以上見たくないと正直に言いました。


 なぜなら、職人が抱えるダ・カーポの掟を破ったことになるからです。

 その日から悪夢の子は、職人のことが嫌いになりました。


 悪夢の子は職人が遠く、見知らぬ遠くへ行ってしまいそうな気がして、わーわー泣きわめきました。それは、とても淡泊で、普段から見せない態度でした。



 だが、怒った職人は、悪夢の子に対してリコーダーをおでこに突きつけました。



 その日の翌日、職人はピクリとも動かなくなりました。

 音程が外れたような感覚で、ダ・カーポも余儀なく中断されてお亡くなりになられました。

 泣き止んだ悪夢の子は、誰よりも勇敢に生きていこうと自身に誓いました。


 その職人を、村の何処かに埋葬しました。


 音楽が嫌いになりました。

 その日以降、死者が嫌いになりました。


 誰かのために生きるのではなく、死者が都合よく存在し続ける意義を理解できない。

 でも、埋められたリコーダー職人のおじさんに悲しい顔を見せるくらいだったら、生きている者に代行手段でもいい、何か恩を成し遂げたい。



 その誓いそのものが、墓守探偵としての誠意を突き動かす動力源となっていた。

 墓守探偵のメアが忘れていた、幼き記憶が蘇った瞬間だ。



「……目が泳いでいるんだけど? どうしたんだよ」


 リコーダーを突きつけた少年――ソソラは、私の様態を気にしていた。視線を背けるように頭を動かして、咳き込みながらも腕をおろすと、スゥシュッと、制服に接触した音が微かに聞こえた。


 ショベルの刃先をソソラに向けていたけど、引き際を誤ることなく地面へと突き刺す。それから「いえ……特別、私はなんともないです!」と大声で喧しく言い張る。


「……嘘ついてもどうせ顔に出ているぞ。というか、後片づけしないで道案内してもらう価値なんて、俺にはないんだよ」


 冷酷な言葉。ソソラなりに考えて仰っていることだと思うが、メアは賛同できない。

 何故なら、メアは嘘をつくのがドヘタだからである。


 転生前の私は嘘をつくのが下手というより、無口が多かったから……あまり違和感はない。

 心の奥底から会話できるようになっているだけに、以前の私より気分が軽やかになったと思えた。


「そそ、そうですねっ、立派なお墓を設置したとこで、サクッとやっちゃいましょう!」


  口下手になった気がする。でも、自慢のショベルを優しく撫でる私は気にしない。

でも、少年はそれを聞き取ることが出来なかった素振りをした。



「で、この後は何をするんだ?」

「埋葬した死者に、優しい定型句を捧げますので……」


 そう言って、お線香を立てた。

 黙々とする細い煙は天を目指していく。



 それから、お経を唱えた――。

 死者に手向けられた言葉は優しい一言に尽きる。ソソラはこれを知っておきながらも、何処か心の奥底で納得しかねないと感じたのか、慣れた手つきで頭を抱えた。


「……俺は、この村へ来て何をしたいのか……分からん」


 素直な言葉を吹きかけられた。


「それは、墓守探偵である私にも理解しがたいです。だって、ソソラさんのことを考えても、何をしたいのかさっぱりだから……」


 ソソラの両手を無意識に握る。


 すると、困った顔つきになるソソラ。メアはニコッと微笑んでから大きく息を吸い、深呼吸して緊張をほぐした。


「……あ、あ、あ」


「何をしているんだ?」

「単音の発声練習です」


 今度は、喉元を軽く抑えていた。


「こう見えても、私は普段から他者とお喋りしたことがありません。なので、話す言葉が途切れてしまわないように、幽霊さんから少量の勇気をお裾分けして貰いました」


 私はごくりと息を呑む。


 本当は嘘をちょっぴりかませているのだけど、それは自分以外恐らく気づいていない。

 若しくは気づいているのだけれど、黙っているの二択といえる。


「……しかし。随分と殺風景な村だ」


 今日、初めてメアにお会いしたソソラは、常に目を疑っている。少なくとも、メアは一人ではないという意味を理解するまでは……。


 ひと息ついたソソラは顔を起こす。私の周囲には、いつの間にか賑わう人々がいた。

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