未練を晴らすには、幾つかの方法が存在する。
だが、どの手段を用いても当人の心が受け入れなければ、未練が残ったままとなる。
村人の幽霊達におもてなしされて昼食をとることになった。しかし、それを丁重にお断りを入れたメアはソソラを連れていくと、お祭り騒ぎのように賑わう近辺からは少し距離をとり、切り株ひとつある丘の上まで行って心赴くまま寛いでいた。
「でも、まさか魔女裁判で埋葬された者の行方を知れるとは思ってもいなかった。今回、偶然にも知り合いだった魔女が裁かれたと聞いたが、こんな土地に巡り合わせるなんて思ってなかった訳で……しかもおまけに墓守となると、廃都の上層部は闇が深いことになってだ」
淡々と話すソソラは、正義感を貫きたかったと思う。そのような感じがする口調だった。
微風が透き通る中、切り株に座り込んでいたメア。右手に握った羽ペンで、適当な感じに広げていた白紙のノートの上に落書き感覚で何かを書きこんでいく。
「ルミエのお姉さんをご周知で?」
よそ見して手が止まる。
羽ペンの上に一匹の赤とんぼが止まった。
「その……ルミエっていう奴は学校で一度だけ会ったことがあるような……。それは置いておくとするが、俺がこの村へ来た理由はあれしかない」
肌に直接貼っている絆創膏が剥がれていないかを確認する為だけに、ソソラは自分の鼻をそっと触った。感触はこれといって変わらなかった。
「それで……あれとは、何のことですか?」
「最近、廃都で魔女裁判が多発していてな。しかも昨日までの七日間で数十名もの命が絶たれた。それは前代未聞の異常すぎる裁判回数で、異様な雰囲気を放ってやがるんだよ……」
何かを知り得た者が魔女裁判にかけられて処刑されていく。もしかしたら埋葬による何かを狙っているのではないかと感じた。そのように推測したのだが、廃都の外に出るのを躊躇っていた。しかし、知り合いの処刑を機に訪問者の跡をつけてきた。
盗賊などから身を守れる優秀な盾となり得るかもしれない「オスティパージの民」という存在を最近になって知ったということもある。
そうして俺は、危険な目に一度たりとも合わずにしてル・エンジュ村へたどり着いた。そこで墓守探偵のメアに出会った。
それから、廃都の魔女裁判に関する注意喚起をメアに伝えた。それを伝えて特別、何かをするというわけではなかった。
これまでの行動を振り返るならば、そうなる。
でも、本当に何をしたいのか俺自身は分かっていなかった。もし分かっているつもりでも、結局のところ単なる現実を突きつけられただけで、自己険悪に陥っている。
そんな心の叫びなんて墓守探偵には届かないだろう。俺にはよくわかる。
しかしながら無邪気な微笑みは忘れられない。だからこそ、メアに対して何かしらの手助けをしてやりたい。
だが、再び羽ペンを動かして文字を書いていく彼女の面影はソソラに全く着目せずに、風で涼んでいた女の子の観察を続けていくだけだった。
「えっとね、裁判の話は今は聞きたくない。きっと、あの子も悲しむだけです」
メアの視線に釣られたソソラは、女の子がいる方向へと振り向く。
「それもそうだな。今は、あの未練を持つ死体の処理をしなくてはいけない……か」
「死体はさすがに言い方がひどいです。言うならば、死者です!」
死者に対する定義の修正をしたかったので、ソソラに向かって考えを改めさせようと口を苦くする。
「どっちも変わんねーじゃん。墓守探偵さんよ?」
「あー。いま絶対に私を見下しましたね! そうとなれば、今夜の晩ご飯は私が作ります!」
「どうしてそうなるんだよ。お前、やっぱり面白いわ」
「ぷぐー。間違いは墓守にもあるんです。ソソラさんを貶したくない結果です、いいですか?」
カッとなっていた。でも、メアは笑っていた。
素直な気持ちをこんなにもぶつけてくる者なんてこの世に残っていたのか。
こんなにも熱くなって笑う者を見たのは、いつから居なくなったのだろうか?
俺が知っている限りでは、廃都の者には笑顔が無かった。もし出来たとしても、とても居心地の悪い苦笑い程度でしか見たことが無いのに。……どうして。
ため口ひとつぐらいは素直に吐かせてくれ。
自由に生きているって羨ましいな。お前みたいに。
その言葉を言わずして、岡の上に寝転んでみた俺は疲れていた。
枯れかけの草木がクッションとなる。とても柔らかいものだったので、心の歪みにまで浸透して身体を癒やしてくれそうだった。
「で、お前はさっきから何を書き込んでいるんだ?」
そのままの体勢で上を向き、メアが何を書いているか尋ねた。
メアが神様を名乗る墓守探偵ということもあった。脅す手段を選ばずして有力な情報を収集したいと思っているソソラにとって、協力関係となるのは必要不可欠といえる。
両目をそっと閉じたメアは、慣れた手つきで羽ペンを振りだした。
タンタン、タン。一度動き出したら止まらない。一定のリズムを刻みながら上下に震わせるその仕草は、まるで指揮者だった。
「今、私が書いているのは楽譜ですよ。それもとっておきの子守唄ですね」
手を止めると、楽譜を書く作業に戻る。
女の子が抱く儚き思いなんて知らずとも、仕草等を遠目で見つめているだけで自然と未練や埋葬させる為の正しき答えを知ることが可能なメアは、目的に向かって一直線だった。
それは生まれつきの才能というよりも、異能力に分類される。
墓守は確かに、生きている人間――生者と死者の判別をたやすく識別できる。でも、それは触れた者に対する命の有無を知ることが出来るという科学的根拠の概念がない定義に過ぎず。
これらは廃都にある学園で、教育の一環としてソソラは教わっている。それがいつの日なのかは覚えてない。つかの間、頭の骨盤に突き抜けるような頭痛が何の前触れもなく襲いかかってきた。
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