異世界エクストリームエアセッション!

~スキーで雪山下ったら可愛い女の子に知らない間に奴隷にされてて、第3王女を連れて国を脱出するハメになった件~
竹箇平J
竹箇平J

20 魔法の歴史

公開日時: 2020年9月5日(土) 14:41
文字数:2,499


水形の月 17つ


「カイ? もう家は出た?」

「いや、今日は在宅勤務だよ。まだ10時か。

 王宮に上がるのは明日かな。大掃除があるんだよね」


カイは私が稼いだお金で三等地に引っ越して住居の地位を確立してから、それを足掛かりに王宮に要領よく職を決めた自慢の弟だ。詳しい仕事内容は知らないが、たまに家に居ながら仕事をしているから、かなり出世をしている気がする。


その知恵がこういう風に外に向かえば良いが、この前は私を巧みに誘導してから書類をすり替えられて、本当にヒドイ目に遭わされた。

結局、弟のことを信じ切れなかったので、あの日の翌日はお母さんに頼んで、奴隷登録は出してもらうことにしたのだった。



「実は急な話なんだけど……これから前に言ってた、奴隷を連れて帰ることになったの」

「仕事はどうしたの?」

「それが説明しづらいんだけど、今日明日は休みになっちゃって……」


表向きの理由もあったが、あのメイドのことは伏せておくことにする。

この弟に迂闊に話すと、国の姫様にどんな悪戯を仕掛けるか分かったものではない。


「とにかく、今から帰ります。おばあちゃんはもう農園に?」

「だね」


祖母は現在、王国の水耕農園に働き口を持っていて、そこで選果作業を行っている。魔法を有効活用することに特化したチェスナットは、帝国の農作地と比べたらかなり小規模だが透明幕で張ったハウスがあり、魔力で水撒きをして生育を自動管理する設備が整っている。王国は土地が痩せているからこその施設である。

ここでその成果物を最後に仕分ける作業を、人間の目で行っている。それが祖母の仕事だった。


なぜ人の手が要るのかと言うと、そもそも魔法自体が万能ではなく、ただの動力源ぐらいの役割しか出来ないからだ。

魔法を使える者が魔力を定期的に補充して、その力で水撒きポンプ等を回している。

帝国の技術者から言わせれば、それは"電力バッテリー"を充電しているのと同じようなものらしい。

確かに、目には見えないという点では同じなのかもしれなかった。


「そっか、じゃあ仕方無いね」

「じゃあ、ボクは仕事を片付けておくから」

「うん」


私は弟との会話を終える。

すると、それを待っていた人達に声を掛けられた。


「電話は無いけど、異世界ハンズフリーはあるのな。しかもリモートワークだぜ?

 ビバ、異世界! ユーたん、やり方教えてくれよ!」

「相手の真名が分からんと無理じゃぞ。今なんとか割り込もうとしたんじゃが、出来んわい」

「本人に直接訊けば良いんじゃね。ユーたん、番号ラインプリーズ?」


甚六は親指と小指を立ててふるふると手を振っている。

何のサインか分からないが、私の真名を知って奴隷から抜け出したいのはよぉく分かった。



「残念ながらそれは無理な相談なのですよ。もう諦めたらどうですか?」

「まだオレの気持ちに気付いてないようだな? ユーたん、ここまで鈍いと可哀想になってくるぜ……」

「ああ言えばこう言いますね……」


そういうやり取りをしてから、3人は静かに歩いていた。

家に連れて戻るまではまだ時間があったので、私は今のうちに気になっていたことを聞くことにした。



「あの……キルトエンデさん、聞いても良いですか?」

「どうしたんじゃの」


私は彼女との秘匿回線を開く。

甚六と話していては、話が進まない。


「さっき、私はあなたに奴隷魔法を使ったのですが……

 どうして効かなかったんですか? 真名は合ってますよね?」

「そうじゃの。普通の者なら、なんでも言いなりになるんじゃろうが……わしはおそらく特別なのじゃ」

「特別、ですか?」


「ああ……感覚的ではあるが……。

 "キルトエンデ"と言う真名を対象に飛んで来た言葉が

 だからそいつが不躾な内容だったら、掴んで投げ捨てておる」


魔法が視えて、投げ捨ててる……?

キルトエンデの魔法観はすでに、私の想像を超えたものであるらしい。


「仮説じゃが、本人の持つ魔力の強さそのもので抵抗出来ているとわしは思うておる。

 じゃがそんなヤツはもう生き残っておらん。四百年前と比べたら、今は誰もが魔法の使い方を忘れておるのじゃ。

 まぁ、そのおかげで平和になっとるんだがの」


「四百年前って……魔法大戦の時代ですよね?

 冒険者が魔法を扱い、悪い魔女が国を滅ぼしたっておとぎ話の」


「……歴史じゃよ。実際にあったんじゃ。

 人々は魔法で争う愚かな破壊活動を止め、チェスナット王国四百年の繁栄を築くまでのな。人類は学んだのじゃ」


彼女の話は妙に真実味があるように語っている気がする。

街の歴史書や詩人が詠っている寓話よりも明瞭で、まるでそれを実際に見ていたかのような話し方なのだ……。



「ふうむ……やはり一方的な送受信のようじゃの。

 おぬしの真名は見えてこんわい」

「ええっ!?」


私と念話をしながらに、キルトエンデはなんて恐ろしいことを試しているんだろう!?


「や、やめてください……そんなことが出来たら世界がひっくり返ってしまいますよ……」

「これもこの世界を知るには必要なことなんじゃよ。驚かせてすまんの」


「は、はぁ……」

「このような魔法が存在することを疑問に思わんか? 位置でも座標でも無く、人間の真名を指定せんと力は発現せんのじゃぞ。偽名でもダメじゃ。まるで、この世界に何か取り決めがあるような感じがしておる」


「確かに不思議ですね……私もこの奴隷魔法はただの命令じゃなくて、色々出来るものだと調べました。

 もしかしたら、まだ知らない用途があるかもしれませんね?」


「そうだの。しかし止めたほうが良い。

 おぬしは魔法の才能があるようじゃが……力を求めるのは止めておくんじゃな。

 決して自分の真名に、」


「なあ、ユーたん。まだ着かねえの? オレは緊張してきたぜ。

 モチロンこの緊張ってのは、ユーたんのご両親にどんな挨拶をするかって意味だぜ?

 やべーなオレ。手土産とか持ってないんだが?」


私たちの秘密の会話は甚六によって中断した。


「手土産なんて要りませんから……もう見えますよ、ほら。あそこです」


私は指差す。二人を紹介するのも、まずは弟からだ。お母さんも居るかもしれない。

私は新たな手下達をちゃんと紹介するために、一度頭を白紙に戻して、自分の家へと向かうのだった……。


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