私はディアを伴って自室に戻った。
親から用意された自室は冗談みたいに大きな部屋で、大きな天幕付きベッドが構えており、床には柔らかい絨毯が敷き詰めてある。クローゼットには普段着から寝間着、稽古用の服に……公務用のドレスは3着も用意されている。
しかも、兄妹間でそこに差は無いのだから、贅沢もここまで極まれば馬鹿馬鹿しくなってしまう。
私は化粧台の前で立ち止まる。
静かにディアがそこに続き、手慣れた手付きで公務用のドレスを脱がしていく。
「はあ……最悪な気分です……。
ディア。今日はお風呂も一緒よ。付き合ってくれるかしら?」
着替えの支度をしていたメイドは、私の言葉に驚いた様子だった。
「姫様。それは……」
「大丈夫よ。お父様は今後の段取りで忙しいのですから、バレたりしません」
「わ、分かりました……姫様。ディアがお供いたします……」
ディアが身を引こうとするのは分かっていたので、目力で抑えつけた。
普段は王族の風呂は不可侵の領域だけど、今日は破ることに意味がある。
二人は浴室へとやってきた。
王族専用の大浴場は平らに均した石畳が敷き詰められ、ここも無駄に広い空間を有している。
浴槽も公衆浴場と言わんばかりの広さで奥行きもかなりあり、隅っこにあるライオンの彫刻からは魔法の動力で熱湯が流れ続けている。
私は手早く全裸となり浴室へ向かうが、ディアはかなり躊躇っている様子だった。
「ディア。早く来なさい」
「姫様! せめて前掛けのタオルを……」
「いつもわたくしの着替えを手伝っているじゃない。何恥ずかしがってるの」
そう言い捨てると、私は先に行くことにした。
ディアは慌てた様子で服を脱いでいるようだ…。
確かに傍仕えとはいえ、メイドとお風呂に入るなど、通例では無い。だからこれは対等な立場で話がしたい、という意思表示のつもりだったのだが、ディアには伝わらなかったようだ。
ただ単純に恥ずかしかっただけなのかもしれないけれど。
ディアは遅れて入ってくる。
彼女はタオルをそのたおやかな肢体の前から掛けており、恥じらいを見せている。彼女の胸は正面から見ても大きく、タオルを掛けただけでは隠し切れないほどのバストの持ち主なので、私に気を使っているかもしれない気がした。
誤解が無いように補足しておくが、フェリシアの胸も年相応には発達している。
「姫様、お背中をお流しします」
「必要ないわ。いつも自分で流しているもの」
私は湯浴みに使う桶を手に取り、浴槽のお湯で体を流した。
ディアはその傍らまで駆け寄って来たが、そこで所在無さそうにそわそわしている。可愛いヤツめ。
「今日はね、ディアと対等な関係になって話をしたかったの。こっちに来て」
「対等な関係……ですか?」
ディアはそこで中腰になる。こんなに近い距離で斜めから見下ろすと、彼女の大きな胸はさらに大きくなった気がする。私は桶でもう一度お湯をすくい、彼女が驚かないように、ゆっくりと背中にかけた。
「そうよ。わたくしは今日、ある決意をしたの。それを聞いてもらいたくて」
私は真剣にディアの胸元を見つめる……。
「こんなこと、ディアにしか話せないもの」
私はそう言うと湯舟の中に足を踏み入れる。
浴槽は浅く、座っても半身浴にしかならない程度の深さしかない。
そのまま奥まで歩いていき、湯を吐き続けるライオン像のはす向かいに座った。
ディアもそれに続く。
彼女は私の正面に座ろうとしたが、隣に来なさい、の一言で諦めて、私の隣までやってきて、並んで座った。
「姫様、なんだか人が変わったみたいです……」
「そうですわね。わたくしも少々、驚いているところです……」
わざとらしく笑顔を作り、今まで通りの猫を被ってみた。
今までの私は全て演技だ。
私は、13歳で自我が目覚めた。
普通ならただ遅いだけなのだろうが、実はそうではなく、私にはそれ以前の記憶が無かった。
私の人生は、5年前に"自分が知らない国の姫になっていた"というところから始まっている。
日々の稽古に打ち込める内は良かったが、国王や、少し歳の離れた兄や姉と話すとどうしても違和感があり、まるで他人としか思えなかったのである。
だが、周囲の反応がおかしくなりそうだったので私は猫を被ることとなり、それからは望まれた姫を演じることにした。周りの環境に溶け込もうとしたと言っていい。
だが皮肉なことに、年月が経つにつれ、この三番目の姫という役割から抜け出せなくなっていることに気付いたのだ……。
「姫様……話があるんですよね?」
「ええ。宮殿の一番奥の浴室の、その一番奥のここなら、誰にも声を聞かれることは無いわ。安心して」
私はそう言うと……
彼女の身体の前に掛けられたタオルの下に腕を忍ばせ、ディアの胸をわしづかみにした。
「きゃっ……」
そのまま揉む。なんてデカいんだろう……。
ディアは少しの抵抗こそ見せたが、黙って私のされるがままになっている。
私はその体勢のまま後ろに回り込んで、ディアの腕を拘束する。
首元に顔を寄せ、彼女の無防備になっている左耳を咥えた。
「やあっ……ひめさま……っ♡♡」
ディアが普段絶対出さないような嬌声を漏らした。
きっとこれ以上は……戻れなくなる。
私の目的はこんなことをすることじゃない。この戯れは……
胸の大きさに多少の嫉妬心があったからだと信じたい。
私は雑念を捨て、本題を切り出すことにした。
「ねえディア、帝国で第三王子を見たでしょう?
あの脂ぎった男に、もしこんなことをされて、ディアは耐えられる……?」
「えっ……あの……」
「いいの。正直に答えて」
私は胸をちょっと強く揉んで、答えを催促する。
「やっ……♡ これは、ちょっとっ……!
姫様、ならこのまま受け入れますが……あの男は、生理的に無理かもです……」
「そうでしょう? わたくしもイヤです。
このまま決められた婚約に従って、汚されるだけの人生なんて……もうウンザリなんです」
「姫様……」
私は悪戯を止めて、優しく包み込むように彼女の背中に寄りかかる。
「ディアはわたくしが結婚したら、お付きのメイドの仕事は終わって、貴族の坊ちゃんか、好きな兵士でも捕まえて結婚する選択肢があるからまだいいわ。でも、わたくしにはもうそんな道すら残されていないの。ギッシュマン王子のもとに嫁ぎ、帝国でみじめな人生を送るしかないのよ……」
ディアは言葉を無くしている。
「だから……ブチ壊すの。私は役目なんて放り出して、逃げてやるわ」
「ダメですよ姫様!
400年続いた王国の平和を、姫様の身勝手で壊すなんて……」
(ううん、そうじゃないわ。
今日、あの踊り子を見て、私の長く苦しい忍耐の生活は無駄じゃなかったと、希望を持つことが出来たんだもの)
「踊り子の男が居たでしょう? 彼は、あの中で唯一、頭を下げていなかったわ。国家のしがらみというものに縛られてないのよ。結婚式を破談にするつもりなのは変わらないけど、彼の仕業に出来るなら、国家間の問題には出来ないはずよ」
「えっと、じゃあ」
「彼を探し出して。狂言誘拐の計画を持ち掛けるわ……
ディア、わたくしに協力してくれる?」
そこまで話して、ようやく会話が止まる。
逡巡した時間は僅かだった。
「……はい。私も、私の人生も、姫様と共にありますから……」
返事は得られた。
ディアは決して私を裏切らないだろう。
「二人だけの内緒よ」
「はい! もちろんです……」
ディアはそう言うと、私の腕に甘えてくる。顔がほんのりと赤い。
一国の姫と、そのお付きのメイドはその夜、二人だけの密かな計画を立てるのであった……。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!