「おぉ~~~~い……!! 何をやっとるんかのぉ~~~~……??」
キルトエンデは男の頭上までやってきて、間延びした声で呼びかける。
すると男は気付きこちらを見上げたが、すぐに視線を元に戻す。思えば余所見するだけで危ない状態だということに気付き、声を掛けたのを少し申し訳なく思ったが、男はもう一度こちらを向いて、なにやら手で合図を出してくる。
男は坂道の一つ下の段の、直線路を指差している。
それは曲がり角を曲がった先で落ち合おうという意味だと判断して、頷きを返した。
(そういえば、あんな急な曲がり角をどうやって曲がる気なんじゃ……)
下り道は樫の木で作った、魔法の杖の先のように曲がっている。
だが男は板の上で後ろ手を組み、深くお辞儀をしたような姿勢のままで、速度を緩める様子が無い。
そんなに加速して曲がり切れる訳がない、まるでこの男は正気を失っておる、まさか……。
「死ぬ気か!?」と、危機感を持った瞬間、突然男は火花を吹いた!
ギャアアアア――ッ!!
曲がり角に沿って体を傾けた男はいきなり、兵士が着用しているようなシルバーアームを地面にあてがい、物凄い火花を散らす。
右腕をこれでもかと押し付け、低い姿勢のまま、減速、曲がる、曲がる。
そして曲がり切った!
戦争で男達は鎧を着込み、剣で火花を散らしていた時代でも、こんなに激しい火花は見たことがなかった。
目がちかちかとして、まだ目が焼き付いている。
思えば自分が大きな魔法を使ってた頃は見慣れたものだった気もするが、もう400年余りも前のことだ。
大きな破壊をもたらす魔法は、戒めとしてずっと封印しているのだから。
やがて男は直線を走ってこちらに近付いて来て、急ブレーキをかけて止まった。
それを近くで見ていたキルトエンデも高度を落とし、彼の前にゆっくりと降り立った。
「おぬし、無茶をやりおるの?」
「オウ。ディデュシィ?」
(む……こやつ、今何と言ったのじゃ)
500年余り生きて来たが、まさか耳慣れない言葉を聞くとは露にも思わず、返答に詰まる。
「君がオレのファン第一号だな。オレは嬉しいぜ。
その小っこい身体で空を飛んで来たのにはぶったまげたけどな!」
今度は公用語で話しかけられたので、少し安堵する。
男が乗っていた物には車輪が付いていたから、持ち物から予想した返事をする。
「小っこいのは余計じゃ……おぬし、帝国から来たのかの?」
「いや、オレはこの下のチェスナットっつー所から登って来たんだ。今は降りてるところだったけどよ」
「その木の板は、帝国の物じゃないのかのぅ?」
「オレの私物だぜ。向こうから持って来たんだ」
「向こう……?」
男は向こうと言ったが、具体的な方向を差してはいない言い方だった。
「あぁー……向こう、っつーのはまぁなんだ。故郷、だな。
オレの元居た場所から持って来たんだ」
何やら含みのある言い方が続く。それはまるで、その故郷が今は既に無くなったかのような言い方で……そこを追究するのはやめておいたほうがいいだろう。
「そうか……わしはキルトエンデという。おぬしは?」
「オレは西……のじゃなくてロキ。世を忍ぶエーケーエー、ロキさ。このプリティでナイスな名前を覚えておいてくれ。今日君は選ばれた存在になったんだ。特別にロキたんって呼んでくれていいぜ!」
「まったく変な奴じゃの。ロキは何をやっとったんじゃ?」
「何って、そりゃあ、SK8で滑ってたに決まってるだろ。
あ、知らないよな……簡単に言うと、こいつで遊んでるんだ。サイコーだろ?」
ロキと名乗った男は、車輪付きの木の板で遊んでいたという。
あんな速度を出して遊ぶヤツなぞ生まれて見たことが無かったが、右腕をブレーキ代わりにしているところを見ると、おおかた頭のネジが飛んでるんじゃろう。
そう結論付けると、急速に興味が薄れてきた。
謎が解け、からくりが分かってしまえば大したことはない。
「わしも面白そうと思うたから声を掛けたまでじゃ。遊んでいるところを邪魔して悪かったの」
そう言って、後ろを向いて立ち去ろうとした。
そうしたら突然、両の足が宙に浮いた。ロキが後ろから抱き上げたのだ。
「だろ? 幼女もやろうぜ?」
「な、何をする、離さんか!」
キルトエンデは抵抗するが、両の脇をしっかりと持ち上げられては身動きが取れなかった。
人間に触れられたのも随分と久しぶりだったため、慌てふためく。
「こ、こりゃ、どこを触っておる! あと幼女ではない! 馬鹿者!」
「おっとすまん、右手は開けとかなきゃ危ないよな。よっしゃ、GOGOGO!」
ロキはそう言うと、左の腕だけでキルトエンデを脇から器用に抱きかかえ、地面を思いっきり蹴って、スケボと呼ばれた板に飛び乗った!
「……ぁぁぁああぁぁぁ……!!」
「のわぁあああああああ~~~~!!!!」
叫び声がスピードによってかき消されていく。これではいくら叫んでも声が取り残されてしまう。
ロキはどんどん速度を出した。タンポポ移動の速度を超え、馬車の速度を超え、もしかして、今はドラゴンの飛行速度を超えたかもしれない……?
「死ぬ、死ぬぞこれは!?」
当の昔に無くしてしまったと思っていた死の恐怖が沸き上がる。まさか、外的要因で死ぬ? わしは今日頭を打って死ぬんか!? と慌てふためいたが、ロキは対照的に落ち着き払っている。
「まー落ち着けって。
いつもの7割ぐらいしかスピード出さねえから、大丈夫だ」
ロキは最初の曲がり角に差し掛かると減速をかける。と言っても、何故減速できているかさえ分からないから、恐怖はなお増すばかりだ。板の上で素早く足を動かしているようだが……抱きかかえられていては、正面しか見えないのだ。
「じゃあ曲がるぜ。実に安全そうなターンだ」
ロキがそう言うと抱える左手に力が入り、板が左に傾けられ、目線がぐっと低くなる。
遠心力がかかり、それに放り出されまいと、ロキの太い腕に必死にしがみつく。
歯を食いしばって、身を固くする。
コーナーを半分を曲がったところで時間が遅くなったような感覚になり……そして流れ出す時間とともに、加速して曲がり角を抜けた。
「やっぱターン後半の、抜けの部分が気持ち良いんだよな。もっかい行くぜ?」
「ま、まだ離さぬつもりか?」
「右回りはもっと怖いぜぇ?」
「や、やめるんじゃ……」
心臓の鼓動が止まらない。比喩ではなく、ロキの左手に命そのものを握られているかのようだった。
そうこう会話をしている間にも直線ではめいっぱい加速したので、もう次の曲がり角だ。逃げられない!
「ぎゃああああああああ~~~~!!!!」
もう叫ぶことしか出来なかった。
「あぁー……やっぱ気持ち良いわ……。キルトもそう思うだろ?」
ロキは同意を求めてくるが、かれこれ長い間、左手でしっかりと胸を掴まれていては、返答に詰まる。
人間の男に胸をしこたま揉まれて、それで気持ち良いかと聞かれたら、何やら変な気持ちになってくる……。
だから少しだけ表情を染めながら、返事をした。
「ああ……わしもこんな感情はとっくに亡くしたと、思っていたのじゃ……」
「そりゃ良かったぜ。このままチェスナットまで降りるからな。楽しんでくれよ?」
それから彼の11回にも及ぶ無茶なターンに付き合わされたキルトエンデはいつの間にか、亡くした心が大きくときめいるのを感じたのだった……。
スケボーでダウンヒルする場所を検索していませんか? 日本では後ろから峠を攻めるドリフト車がやって、大変危険です。
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