私は突然の闖入者に寝耳に水を食らったかのように動けなくなり、繕う体裁も持たないまま、姉のほうを向いて、苦笑いを浮かべることしかできない。
「あは、アハハハ……」
「あ、もしかして閨の練習ぅ……?
あちらの王子は、そぉんなに激しいプレイを要求する感じなのかしらぁ??」
姉はもう堪え切れないと言わんばかりの半笑いで聞いてきたので、
「違いますっっ!!!!」
と叫んで返すフェリシアであった。
私の姉こと、モリン=アン=ナスター=ストロメリアは長い髪を頭に纏め、身体にもタオルを巻きつけているが、この存在は私が逆立ちしても叶わないような女で、もう胸が大きいとか、腰がくびれているとかのそういう次元をいくつか通り越してしまっている、私の姉であり、第二王女なのだった。
あと七年経って歳が追い付いても、こんな色香はまかり間違っても私からは出ないと断言出来る。
……いや、遺伝子的に考えたら姉でない可能性すら少し疑っている。
私が内心他人だと思っているモリン姉は、床に突っ伏した私に構うことなく通り過ぎて、浴槽へと脚を踏み入れる。
普通にお風呂に入りに来たようだ。
私は普段この時間には入ったことが無かったので、出くわすのはまるで想定していなかった。
このまま逃げて消え去ってしまいたかったけど――目的だった身体の汗も流してはいないわけで――結局は苦渋の決断で、湯浴みはしておくことにした。
「フェリが羨ましいわぁ。わたしも運命の相手が見つからないかしらぁ」
私は返事に窮する。というのも、このモリン姉は男の遊び相手には事欠いていないのだ。昨日も遅くまで遊んで、このお昼時にようやく起きてきたに違いない。
だけど、そんな生活を少し羨ましくもある。
モリン姉はきっと、政治の道具にならないようにするために、わざわざこんな生き方を選んだのだろうと思うから。
「ねぇ、そぉんなに逞しい男性なんだったら、わたしに譲ってくれなぁい?」
「……いえ、むしろ逆でしたよ。脂ギトギトの樽男でしたから」
「あらそうなの。
確かに大きい男に跨ったのは面倒くさかったわねぇ、あぁん――
また私の知らない体験談が始まりそうな気配を感じたので、私は早口でまくし立てるように発言を奪った。
「っ、一応わたくしの婚約者ですからね? モリン姉には譲れません。
殿方は私たち女性とは違って、運動すればすぐに脂肪は筋肉に変わりますからね!
さっきは痩せるための激しい運動を考えていたんです。
わたくしが内助の功で、素敵な旦那様にする予定なんですから!」
「残念ねぇ。こんなに愛されてるんじゃ勝ち目は無さそうみたいねぇ?」
「そうです。今からダイエット用の献立を用意しておかなくちゃダメなんですから」
「ざぁんねん、残念」
私もこんなにスラスラと嘘を並び立てられる自分が残念に思えてきた。
もう精神残量が尽きそうだった。
モリン姉と話していると手玉に取られている感覚がして、精神を消耗してしまう。そんな時、そろそろ根を上げようかと考えていたところへ丁度助け舟を出すかのように、浴室の外から声が聞こえて来た。
「姫様、ディアです。ただいま戻りました」
(助かった! ディア、大好きよ!)
「そこで待っていてください!」
大きな返事をすると、ディアは扉の向こうで一礼だけしたようだった。
私はモリン姉に向き直る。
「わたくしの可愛いメイドが帰ってきたので、先に上がりますね。結婚式にはちゃんと起きてきてくださいよ?」
「はぁい。可愛い妹の結婚式なんだからお姉ちゃん、ちゃんと起きますー」
私は姉の返事を聞き届けると、足早に浴室から出ていった。
「ふぅん……フェリちゃん、なんか違う意味の覚悟をしてるみたいねぇ……面白くなりそうじゃない?」
モリンは最後にそう呟いたが、その声を聴いた者は誰もいなかった……。
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