王国歴428年 水形の月14つ
Felicia=en=knaster=sifolia
Third princess
チェスナット王国 王宮内
ディアを調査に行かせてから一週間が経った。
人間を一人見つけてくるだけで帰ってくるのが少々遅い気もするが、もしかしたら踊り子が旅に出てしまって、仕方なく遠くまで追いかけている可能性はある。何より彼女のことは信頼しているので、そこは彼女のやり方に任せるつもりだ。
それで私のほうでも何かやれることはないかと模索しているのだけど、例えば、逃走計画については踊り子と相談を密にする必要があるため、今は出来ない。
逃走ルートの下見をするにはリスクがあり、一度で済ませたいと思っている。
私の結婚式は国を挙げてのものになるので、王宮の絨毯を全部ひっくり返すような大掃除の日があるから、その日にコッソリと行う予定だ。
城下にさえ出てしまえば、見付かっても視察目的や婚前の民への顔見せなど、言い訳はどうにでもなるだろう。
もちろんそのまま国外逃亡も可能だろうが、私にとっては婚約を破棄しなければ何の意味もない。
ただの失踪ならば両国は手を合わせて捜索隊を組むだろうし、もし逃げ切れたとしても落ち延びる先が無い。
自由を手にしたら取り敢えずは帝国へ行き、そこで旗揚げなんかをしようと思っているから、そうなっては困るだけだ。
そのため大掃除の日まではこれといってやることがなく――――
つまりフェリシアは今、身体を鍛えているところだった。
「858、859……」
王族の英才教育は多岐にわたっており、王国の歴史、教養、文学といった座学から、剣術、馬術、魔術訓練と一通り叩き込まれる。そのため王族は平均的な人間よりも遥かに優れた能力を持ち、フェリシアも例外ではなかった。
「861、862……」
しかしあの踊り子ほどの動きが出来るか、といったら否だ。
一度自室で試してみたが、途中で足がもつれ、腕が保てなくなった。
しかも大きな物音を聞いて何事かと、ディアの代わりに入って来たメイドが慌てて駆けつけてくる騒ぎになってしまった。
「864、865……」
そのため、この一週間は食事の際にドレススカートで隠れるのを利用して空気椅子で食事を済ませたり、人の死角に入ったら扉にぶら下がって懸垂をやったり、住み慣れた王宮を目を瞑って歩いたりする鍛錬の日々が続いている。
「867、868……ホームラン?」
フェリシアの頭の中に、ふと謎の言葉が降りて来たところで集中力が途切れる。
王族にまつわる何かと疑問が浮かぶがそれも立ちどころに消え、すぐに意識の果てへと流れていく。
「だいぶ汗もかいたわね。もうこの辺にしときましょうか」
日課になった腕立て伏せも回数が増え、身体も大分仕上がるようになっていた。
私は熱も残るその足で大浴場へと一人でやってきた。汗を流すためだ。
今はまだお昼の時間帯で、湯に浸かるには随分早い時刻だけど、だからこそここは王宮内のどこよりも人気の無い場所だった。浴室の入り口付近の床は利用者が居ないことを証明するかのように乾いており、スペースも十分に取れている。
そのため汗を流しに来たはずの私は、ここでしか出来ないから、という理由で再びトレーニングを始めてしまう。
(たしか、こう……
床に手を付いて、ここで足で蹴って……
すごいわ、こんな動きが出来るなんて)
私は踊り子がやっていた激しい踊りの中で、お風呂のタイルで頭を打つ心配が無いものを選んで、真似していく。
無理のない動作なら私にも再現出来るようだ。
これも身体を動かす類の教育には特に才能を発揮し、お城を抜け出して城下の悪ガキと剣術ごっこ遊びをした、15の頃のやんちゃが活きてきている。
(次は……そう。両手で身体を持ち上げて、回っていたわね)
私は正座の形から後ろ足を開いて座る、いわゆる"ぺたん座り"の体勢から、両腕を立てて身体を浮かせる。
ひじを曲げてそこに全体重をかけて支え、地面に低く張り付いた状態で足を少し伸ばす。
これだけで結構つらいが、そのまま腕の力だけでその場を回る。
少しするとコツを掴み、体重をリズミカルに右ひじ、左ひじと交互に乗せ換えることで、グルグルと回りだした。
(あはっ……! これは、何回もっ、回れそうねっ……! ちょっと楽しいわ)
これは亀のように見えるためタートルと呼ばれるトリックだが、勿論フェリシアは技の名前など知らない。
だがそれは彼女の技となって、その身に吸収されていく。
そうしてお風呂場の入り口付近で自分の世界に入り込んだまま、王族とは思えない程はしたない姿で回っているところへ……突然、声が掛けられた。
「フェリ……カエルみたいに這いつくばって、何やってるの?」
自分の姉だった。
広い浴場で身体を動かして遊ぶのは止めたほうがいいです。
イレズミの入ったオジサンに、熱い視線を浴びせられるようになります。
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