私の窓口に一人の男が訪ねてくる。
「君がユー=トップライト君かね?」
「はい、いかがされましたか?」
齢50を超えているように見えるその男は縁が四角い眼鏡をかけており、眼鏡のつるからは肩まで垂らした鎖がぶら下がっている。少し白髪交じりの頭には帽子を被っており、王国指定の勤務帽をしていた。
態度から見てもおそらく別の部署の政府高官だろう。私は居住まいを正す。
「本日、我が査問部に一人の男が護送されてきた。この男は入国審査の場で暴動を起こしたという罪状で連れられて来たが、これが成程というべきの荒くれ者で、我々精鋭が集う査問部の面々でも、手に余る男だったのだよ」
なるほど。物凄い心当たりがある。
何しろ自分の担当した人間なのだから。
「一応ここに取らせた調書もある……だがこんなものは調書とは呼べん。読んでみたまえ」
私は差し出された調書に目をやる。
「貴様、名前は?」
「なんだ、オレのファンか?」
「どうしてそんな姿をしている?」
「そんなにオレが気になるのか? いいか。よおくオレを見てれば、オレのスタイルはすぐに理解できると思うぜ。お前が犬よりも賢かったらの話だけどな?」
「こちらの質問に答えろ!正直に答えなければ拷問にかけるぞ!」
「オレはいつも真実しか言わない男さ。嘘なんかどこにも無いぜ。一体何を疑ってるって言うんだ?」
どうやら向こうでも全然話を聞かない男らしい。
それから調書には、道具を取り上げようとすると大声を出して逃げに徹するだとか、搦め手を使おうと女性職員をあてがえば逆に口説かれる始末だとかが書かれていて、男が相手を丸め込む話術に長けていることが最後まで綴られているようだ。
先ほどの入国審査での光景がよみがえってくる……私は陰鬱な気持ちになる。
「私がここに来たのは二つの理由がある。
我々はこのような厄介な人間を押し付けられて、いたずらに査問部の評価を下げられるのは御免被りたい。初期対応に当たった入国審査部にその責があると言わせてもらおう……わかるかね?」
言わんとしていることはもっともだった。私も自分に責任を感じている。
「ええ、彼の身柄をこちらで引き取るのは構いません」
「よろしい。もう一つは、彼が君をご指名なのだよ」
(は……?)
雲行きが急に怪しくなる。
「ああ。彼が言うにはこうだ……」
高官は一度咳払いをする。
「ゴホン……
入国審査のユーたんとは、長くからの親戚付き合いっつーか、今日はちっと顔を見て、からかいに行ったんだわ。
そしたらちっと悪ふざけが過ぎて、ユーたん、ぷんおこなの。オレは悲しいね。
これが愛情の裏返しってなかなか分かってくれねーの。
でもまあ、ヘソ曲げられちまったし、一応オレも謝りに行きたいわけ。
え、お前も奥さんに謝ったことある?
そうだよな。オレらは女に謝らなきゃ生きて行けない仲間だもんな!」
査問部のご老体が急に男の物真似で喋りだし、若者の言葉を披露する。
ちょっと笑いそうになったけど、とても笑える空気じゃなかった。
「こんな感じだったぜ、イエアー?」
(クスッ……)
とても笑える空気じゃなかった。
「はあ……わかりました。彼を連れて来てください」
私はあえて深いため息を返す。自分の不始末は自分でつけるしかないらしい。
高官は私の返事を受けると、後ろに控えていた部下に顎で合図を送り指示を出す。
「すぐにでも連れて来させよう。私も彼と話して少し若返った気分だよ。
アレに付き合うのは中々大変だろうが、悪い奴では無いと思うね。君も彼のことは大事にしてあげたまえ」
何だか含みのある言い方が気になったが、
「では失礼する」
反論する間もなかった。
高官は何やら勘違いをしていたような気もする……。
さて、どうしてくれよう。あの男もありもしないことをよくつらつらと語れるものだ。
私はあの男に対して恨みつらみをいくつか考えながら、どう詰問してやろうかと考えていた……。
入国審査の仕事を終えた私は、昼間に入国希望者が列を成していた広い待合ホールで待っていた。この場所で待っているのは、あの男を国内で待つ訳にはいかないからだ。
これから残業である。終わらないと国には帰れない。
程なくして兵士に連れられた男の姿が見えた。
男は兵士を振り切り、こちらに小走りで近付いてくる。
「オオ!? ユーたんじゃねえか、ハハ、会いたかったぜ!」
私は両手を掴まれて、上下にぶんぶんと振られている。
だけど私は、敢えて無視する。
「あ、兵士さん。
大変なお役目をありがとうございます。今日もお疲れ様でした!」
私は猫かぶりモードで笑顔をふりまく。
私の言うことは何でも聞いてくれる、飼い馴らした兵士の一人だ。
私は掴まれた手のうち、右手を振りほどくとしっぺを一つ食らわせて、自由になった右手で兵士に向かって手を振る。
それだけで兵士は役目を終えたことを理解し、元来た道を戻っていった。
私は目の前の男に向き直る。
この男はまだ名乗ってないが、とんだ常識知らずなのでチェスナットのことは何も知らないかもしれない。
だとすれば、一つ試せる策があった。
私は仕返しの意を込めた懐刀を抜く。
一度放した右手で再び相手の手を握って。
必殺の角度から、あどけない表情を作って、私は優しく語りかける……。
「私は、ユー=トップライトといいます。あなたは?」
「西ノ坊甚六。ジンロクだ」
私はすぐに魔法を発動する。
(ニシノボウ、ジンロク……うそ、反応がある、真名だ!)
「ふっ……!」
私は不敵な笑みをこぼす。この瞬間、私と彼の力関係が明確に決定したのだ。
まさかとは思ったが、本当に知らないようだ。
「オイお前、よくも好き勝手にやってくれたな!」
あなたからお前呼びへと降格した甚六はキョトンとしている。私は続ける。
「本当はお前は罪人扱いで、向こうの部署で絞られるハズだったけど、直接被害を受けた私のもとへと返されました。これがどういうことか分かりますか?」
返事は無い。
「お前はこれから私に何をされても、文句は言えないってことですよ……!」
甚六はチェスナットのことも、入国審査のことも知らなかったのでもしかしたら、と思ったけど、やはり真名のことも知らなかった。
この世界で真名は重要な意味を持つ。
その名に魔の力を通すことによって、相手に危害を直接加えたり、言うことを聞かせることが出来る。
真名を知られた人間は他人に奴隷のように扱き使われるため、親に教わってからは誰にも知らせないのが常識で、この国一帯の人間は常に仮の名前で生活している。
つまり甚六は、常識すら知らないということだった。
「ふふ……泣いて謝る準備は出来ましたか?
今ならまだ、私は寛大な気持ちでいるかもしれませんよ?」
(さて、どうしてくれましょう? 豚小屋のおじさんに頼んで、肥料溜めに落としてもらいますか? それともその背中に背負ってるゴチャゴチャを没収して、目の前で鍛冶屋の炉に焼べてあげましょうか?)
私がそうして心の中で脅しの言葉を選び終える前に、目の前の甚六はとんでもないことを言い出しました。
「ユーたんお前……かわいい顔も出来るんじゃねえか」
「なっ……?」
瞬時に顔が赤くなる。
「いや驚いたぜ……ユーたん、可愛いなマジで。惚れ直したぜ!」
全身の毛が逆立ち、熱を抑え込もうと体じゅうから汗が吹き出したかのような感覚に飲み込まれる。いつも周囲から可愛いと言われ、それを利用して武器としてきた私が、何故か、酷く動揺している。
「な、何を馬鹿なことを言ってるんですか!?
だいたいあなた、私を親戚だとかなんだとか言ったそうですね? 変な嘘は言わないでくださいね?
今日初めて会っただけの、赤の他人ですよね??」
「オイオイ、忘れたのか?
オレが用意した愛の誓約書に捺印した仲じゃねーか、照れるなって!」
「あれはただの偽造パスポートじゃないですかああああああああ!?!?!?」
私は腹の底から叫んだ。もう自分で自分を制御出来ない。
甚六は腹を抱えて私を指差し、笑い転げている。
「ワッハハハハハハ! ユーたん最高だぜ!」
「なんなんですかホント!?」
「ナッハッハッ!!」
「ん~~~~~~!!!!」
私は感情を爆発させ、その場でたたらを踏む。
両の腕を所在なく振り回しても、言葉にならない言葉しか出て来ない。
ポカポカポカポカ!!
「も~~~~~~!!!!」
「アッハッハッハァーーーーーー!!!!」
しばらくの間私は不満を爆発させ、駄々をこねる子供のように抗議を続けたが、甚六はずっと笑い転げていた……。
初対面の女の子にアプローチをかけるのは止めたほうがいいです。ソースは私。良い子のみんなは真似しないように!
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