自分の仕事場へと戻って来た私は、窓口を閉めてから奴隷魔法を発動する。
「ニシノボウ、ジンロク……甚六……! 今どこに居るんですか……!!」
彼はまだ国外のはずだ。
となれば、私の家まで連れて行くにはまず、入国許可証を買わせて、ここまで来てもらわなければならない。
スタンプを押して通して、さっさと首に縄を付けて、甚六には正座をさせる。
そして飼い主のくせに主人に歯向かうことの愚かさを永遠とお説教をしてやる。してやるのだ!
私はまた甚六に対する復讐心を密かに育てながら遠くに居るであろう甚六に呼びかけていると、思ったより近くで反応があった。
「うおっ、ユーたんの声がするんだが?? どうなってんだ?」
「あれ? すぐ近くに居るじゃないですか。早く野営地まで歩いてきてください」
「いや、なんかそれがよ……」
甚六はどうにも歯切れが悪い。
何やら独り言をぶつぶつと呟いている様子だ。
「多分それだ。ユーたんは魔法だって言ってたからな……ああ」
「甚六? 早く来てください」
「あー……ちっと待て。ビィクワイエ?」
びくわいえ……? 甚六はまた知らない言葉を使っているが、どうやら隣に誰かいるらしいようだった。
私の奴隷魔法はただ命令するだけのものを、真名に呼びかけて二人の間を繋ぎ、遠距離で会話が出来るように改良したものだ。なお街の親切なお兄さんが実験台だったのはここでは割愛する。
そのため、甚六とは会話が繋がるが、その第三者とはお互いに声が届かないのだ。
「おいユーたん。なんかキルトがよ、わしにも言葉を飛ばせかと言ってるんだわ。で? そのまま伝えろ?
……真名はキルトエンデ、らしいぞ。これって喋っていいヤツなのか?」
「えっ……」
甚六は何を言ってるんだろう。私は驚愕した。
アホの甚六のほかに、他人に真名を教える人間が居たことがまず驚きだ。
真名のことを知っているのに、自ら進んで奴隷になりに来る二人目の馬鹿……?
誰かは分からないが甚六と同じ場所にいるのなら、偽名でない限り、声は届くだろう。
私は悪手を打つ未知の相手に恐怖を抱きつつも、魔法で呼び掛けることにした。
「えぇっと……キルトエンデ、さん?」
魔法が繋がった感触を得る。
「おぉ! おぬしがユーたんじゃな?」
「私はユー=トップライトと言います……」
「ユーたんは面白いやつじゃの。真名の魔法もこんな風に使えるんじゃな」
なんだか童話で読んだ悪い魔法使いのような話し方をするキルトエンデという人は、甚六と同様に話を聞かない人らしい。ここで主導権を握られては困る。私は奴隷魔法で指示を出すことにした。
「「私はユー、あなたのご主人様です。
キルトエンデ、ちゃんと私の言葉を聞いてください。これは命令です」」
「ふむう……なあロキ、ユーたんはかなり近くに居るようじゃぞ。そこの門のあたりじゃないかの?」
(私の魔法を辿った!? この人、何者なの!)
私はキルトエンデの言葉に絶句した。
驚きもさることながら、今この人は私のことをもう一度、ユーたんと呼んだ。まさか命令も効いていない?
だがそこに甚六が、揚々と会話に割り込んでくる!
「ああ、ユーたんはあそこでずっとオレの帰りを待ってるんだ。土産話をたっぷりと語ってやるつもりさ。
そろそろあの喉元をゴロゴロしてやらないと機嫌を損ねるからな。寂しいのはオレも同じだぜ?」
「ちょっと!! 聞こえていますからね!?」
「ほれ、ご主人様が呼んでおるぞ。魔法で会話して遊ぶんも良いが、さっさと会いに行くとしようかの。
わしは身分証を持っておらんが……門は通れるんかのぅ?」
「それじゃ通れません!
ええと、そこの野営地で入国許可証は売ってますから、二人ぶん買ってきてください、待ってますからね!」
「なあユーたん。オレ、貰ったカネは全部使ってもう無いんだが……」
「なんで全部使い果たしてるんですかあああああああああ!?!?!?」
私は腹の底から叫んだ。自分で自分を制御しきれなかった。
他の審査室は絶賛業務中だったが、そんなもの、お構いなしだった。
私の交代で仕事に入る部長も何事かとこっちの様子を窺って来たが、手だけで追い払っておいた。
今忙しいんです、邪魔しないで下さい!
「バカなんですか! バカなんですね?? 大金だって、私言いましたよね??」
「参ったな。ユーたん、ぷんおこみたいだぞ。どうするよ?」
「困ったのう……空から飛んで入ったらダメなんじゃろ?」
「当たり前じゃないですか!? 飛ぶ? あなたは今日からバカ2号です!
寝言は夢から覚めてから言ってください!!」
「こやつ、信じておらんのぅ……」
「「いいから、早く! ここまで走ってきてください、ダッシュで!! ダッシュでええええええ!!!!」」
私は魂レベルから叫んでいた。そこまでしてようやく飼い犬に気持ちが伝わったのか、魔法の命令が届く。
「お、なんか急に走って行かなきゃいけない気がしてきたわ。ほら行くぞ幼女」
「お、おい! わしを抱くときはもっと優しくせんか! 年上の女性に……」
魔法の繋がりが解けた。彼らが急に走り出したせいでもあるが、もう通信を保っているほどの余裕はなかった。
私は感情を乱されたまま、肩で息をしている。
これから二人が駆けつけてくる僅かな時間の間に、私は呼吸を整え、気持ちを静めるのに心を費やさなければならなかった……。
(……きこえますか…読者よ…竹箇平です……今… あなたの…心に…直接… 呼びかけています… 評価です…評価をするのです… ブックマークも…… するのです……)
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