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「私を案内してください!」
あの時、助けを求めなければ私の人生はつまらなくなっていただろう。下を向き続け、歩くことを止め、膝をついて、地面に倒れて立ち上がることもなかったかもしれない。
当時の私は……今の私もそうだけど記憶喪失の異世界転移者だった。異世界転移する前の記憶が殆どなく、周囲の人間にはない特徴を持っていたことから異世界転移者であることが分かったのだ。記憶に残っていたのは自分に関する最低限なものだけで、アウローラという名前と年齢のみだった。
右も左も分からないまま途方に暮れていたところ、異世界転移者を元の世界に戻している組織があると聞いた。当時12歳だった私は一人で旅をするには幼すぎた。何度も痛い目に遭った。何度も騙された。この世界の人たちを信じることが出来なくなった。
ようやくその組織にたどり着いた時は身も心もボロボロになっていて門をたたくことが出来なかった。助けを求めたとしても騙されるかもしれない。痛い目に遭うかもしれない。門の前でウロチョロとして悩んで、日が暮れる頃になってようやく決心した。助けを求めなかったらどうせ死ぬのだからここで騙されたっていいやと。
そして私は門をたたき、応対してくれたお姉さんに助けを求めた。
「私を案内してください! 家に帰りたいです」
結論を言うと私は元の世界の帰還することが出来なかった。本当はただ記憶を失っているだけで元々この世界の住民だったとか、異世界人とこの世界の人との間に生まれたハーフだったとかでもなく、帰還する条件を満たせなかったからだ。
そんな私を組織の人は、お姉さんは見捨てなかった。この世界でも生きていけるようにお姉さんの下で仕事をするようになった。この世界では日常的に使われる魔法を教わり、組織の人間として必要なノウハウを学んだ。
「いい? まず男の部屋に入ったらベッドの下と机の裏と本棚の奥を確認するのよ」
「アウローラに偏った知識を植え付けるな!」
余計なことも教わった。
案内人としても魔法使いとしても一人前だと認められると私は新しくできた支部に一人で配属されることになった。その頃にはこの世界の常識も身につけて騙されることもなく、精神的にも成長していたので一人で大丈夫だと判断されたのだ。
今では自分が異世界転移者だったということを忘れて日々を楽しく生きている。春が来れば出会いと別れで涙を流し、夏が来れば太陽を恨み、秋が来れば実りに感謝し、冬が来れば炬燵に引きこもる。異世界転移者が帰りたいと助けを求めれば私は全力を尽くす。その為に私はこの世界で生きている。
「アウローラって本当に異世界人?」
仲良くなった人から尋ねられた時があった。記憶が無いから異世界人だという確証は持てないが魂はすっかりこの世界に、アルカディアに染まっていた。
アルカディアでは異世界転移者を迷子と呼び、迷子を元の世界に導く人を案内人と呼ぶ。家に帰る方法も手段も分からないのだから迷子、それを導くのだから私たちは案内人だとお姉さんは言っていた。
私は自分の帰る世界が分からず、永遠に迷子のまま生き続ける。だというのに赤の他人が元の世界に帰れるように案内人として助力する。自分が帰れないのだから、せめて自分に助けを求める人はちゃんと故郷に帰してあげようと。
いつしか私はこう呼ばれていた。
迷子の案内人
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