古代要塞都市バリス
アルカディア人が魔法を手に入れる前に地上を支配していた古代王国の要塞都市の成れの果てと伝わっている。古代要塞都市など名前ばかりで城壁などは殆どが崩れて地面に埋もれている。現在の人口は約千人。鉄道の駅もなく、隣町に行くには馬を半日ほど走らさなければならない。かつて都市と呼ばれたこの町はすっかり衰退してしまい現代の都会人からは田舎だと言われている。
そんなバリスにも夏がやって来ました。夏といえば子どもたちが早朝に広場に集まって運動するレディオトレーニングが風物詩です。寝ぼけ眼で子どもたちが集まり、嫌々ながらレディオから流れる音楽に合わせて運動する。やる気なく体を揺らしているだけの子どももいますけどね。
それでも早起きして来てくれた子どもにはご褒美をあげようということでレディオトレーニングが終わったらお菓子などが振る舞われる。今日は近くの川で冷やしておいたスイカです。
「ほら、早起きできた子どもにはご褒美だよ」
「私は子どもじゃないです!」
そう言いながらもスイカを頂く。瑞々しい食感と少し甘い味わいが夏の到来を感じさせる。噛むたびに果汁が溢れ出し、ポタポタと垂らしてしまいます。
「見た目は本当に子どもだよね」
誰かが呟いやいたけど無視します。
私は異世界転移してから肉体の成長が止まってしまっている。つまり12歳の少女のままの姿で大人になっているのです。お姉さんの話では異世界転移の影響で体に異変が起こることは珍しいことだけど、全く無いわけではないとのことでした。日常生活で困ることはないのですが、こんな感じの子ども扱いをされることもあるのがデメリットですね。
「アウローラ! 学校終わったら遊びに行っていい?」
スイカを食べていた子どもが集まって来て私を囲む。
「来ても何も出せないよ」
「そう言ってアイスの準備をしてくれるアウローラでした」
子どもたちの言う通り何だかんだ言って用意してしまうあたり子どもたちに懐かれていると言うか利用されていると言うか。
「仕事がなければね」
「仕事って雑貨屋のこと?」
「何でも屋じゃなかったっけ?」
「塾じゃないの?」
「案内人! 私は異世界転移者を送り返すことが本職なんだから!」
そうは言っても子どもたちが私の本職を知らないのは無理もない。そんな頻繁に異世界転移者が現れるわけでもなく、仕事がなければ給料は発生しないから副業をするしかありませんでした。
最初は魔法使いとして何でも屋をやっていました。何でも屋なら何か便利な物を仕入れられないかと住民に相談されて小規模ながら雑貨屋を始め、雑貨屋には色々なものが売っているから子どもたちが冷やかしに来るようになり今では子どもたちの溜まり場になっている。
私は学童の保母さんでは決してない。案内所の机で学校の宿題で分からない所を教えてあげているけど塾の先生でもない。正直言って教会でやって欲しいです。
誰も来ないと寂しいですけど。
「アウローラに迷惑かけないの。ほら、帰るわよ」
子どもたちが親に連れられたり、友だちと一緒に家に帰っていく。私はそれを見送ってから自宅兼案内所兼雑貨屋兼託児場へと帰る。空を見上げると魔導船が朝日に向かって飛んでいた。方角的に首都がある方だ。魔導船を見かけることは滅多にないことなので今日は一日運がいいかもしれませんね。
レディオトレーニングと魔導船を見かけたことでいい気持ちになったところで地上に視線を戻すと案内所の前で青年がウロウロとしていた。扉を叩こうとして躊躇い、腕を下ろして立ち去ろうとするが腕をまた上げる。
夏のバリスの朝は早いとは言えこんな早朝から訪ねて来るのは非常識だと思う。まだ朝ごはんだって食べていないし……でも案内所は家でもあるから声をかけないわけにはいかなかった。
「迷子ですか?」
声をかけると少し肩を跳ね上げて振り返る。
「……」
振り向いた青年は話しかけてきたのが少女だったことに驚いたのか呆然としている。
「見かけない顔が案内所の前をウロウロしていたので迷子かと思ったのですが違いますか?」
首を傾げて尋ねると青年は頬を抓り『夢じゃない』と言う。確かに私は12歳の少女とは思えない言動をしますので少し異質に思えるかもしれませんが、そこまでしますか?
青年は信じられないとでも言いそうな困惑した顔でこちらをマジマジと見つめてくる。少しずつ近づいて何度も目を擦り、ようやく口を開いたと思えば。
「何処かで……会いませんでしたか?」
「ナンパですか?! 初めてナンパされましたけど貴方のような大人が私のような乙女を好むなんて……。ハッ、もしかしてロリコン?!」
このぐらいの暴言はいいですよね! レディオトレーニングで爽やかになった気持ちが少し曇ったんですから! 見ず知らずの男に言い寄られるのってこんなに寒気がするんですね!
「あぁごめんなさい、そんなつもりでは全くないです。故郷の知り合いにそっくりだったので」
そういう青年は膝をついて涙をポロポロと流す。いきなり泣き始めたから今度はこちらが困ってしまう。青年の気持ちも分からなくはない。知らない土地で知り合いに似た人がいたら声をかけたくなってしまうし、似ている知り合いのことを思い出して悲しむことだってある。
「取り敢えず中に入りましょう。泣き虫の迷子さん」
「……え?」
クシャクシャに顔を歪めた青年が再び驚く。驚きのあまり涙も引いている。
「そう言えば自己紹介がまだでしたね」
青年の前で案内人の証でもある青色の腕章を嵌める。
「異世界転移者案内所古代要塞都市バリス支部の『迷子の案内人』ことアウローラと申します」
そう名乗ると青年はまた泣き始めた。
何でさ!
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