この世界に、残り続けるような物語を、君と。

カクヨムジャンル別週間ランキング最高59位 繊細な言葉で描かれる男女の青春恋愛劇
繊月ハクサイ
繊月ハクサイ

第二話

公開日時: 2022年11月18日(金) 23:06
文字数:3,586

「「僕たちで(私たちで)この世界に、残り続けるような物語を、書こう」」


 そして目の前の彼女は右腕を持ち上げると、僕に手のひらを向けてきた。


「……?」


 僕が首を傾げていると竹内さんは語気を強め、僕の右手をひったくった。


「握手だよっ!」


 突然手を握られたことにギョッとしたが、彼女のその小さな手にはしっかりとした温もりがあることを感じる。

 その温かさは彼女の気持ちの温かさを表しているようで、なんだか嬉しくなった。


「よろしくね、陽翔くんっ!」

「うん、よろしく」


 竹内さんはどこか遠くを見つめているような深みをもった瞳で、僕を見つめてくる。

 どこか惹きつけられるその瞳を、僕も同じように見つめ返した。


 これから僕たちはこの世界に、どんな物語を生み出していくのだろうか。


 そんな何もわからない未来のことを考えると不安や期待の矛盾した色々な感情が沸き起こる。


 ふと窓の外を見つめると空が雀色に染まっていた。

 太陽がもうじき山の陰にすっぽりとおさまろうとしているようだ。

 隣の彼女の瞳は、どこか寂しそうに沈みかけの日暈を写していた。


「そろそろ日が暮れちゃうから私帰るね」

「うん、僕ももう帰ることにするよ。まだ雨の勢いが弱いみたいだし」

「よかった、まだまだ話し足りないんだー」


 竹内さんは机の上に乗ったカバンを掴みルンルンと足を弾ませながらドアへ向かっていく。


 今日一日で彼女には子どもっぽいところがあるということがわかった。

 僕もカバンを持ってカウンターに近づいていく。


「先生、もう帰るので戸締まりお願いします」


 〝高木〟と書かれた名札を提げて、ぐっすりと眠っている先生の肩を軽く叩き、幸せな夢から目覚めてもらう。


 背中から、竹内さんの小さな笑い声が聞こえてきた。

 生徒が先生を起こす、という画があまり見られるものではないので面白いのだろう。


 リズムを刻むように軽く肩を叩いていると、ピクっと頬を動かし、重たそうに瞼を持ち上げた。


「んんっんー、はあー。……今日は、早いんだね」


 先生はグーっと腕を伸ばし、左腕につけた腕時計を見つめるとしゃがれた声をして言った。


「はい、雨が止んでくれているうちに帰ろうかと思って……」

「そうかそうか、じゃあ図書室も閉めとくね」

「はい、よろしくお願いします」


 僕はペコリと軽く腰を曲げると、身を翻した。入口では竹内さんが優しい目をしてニコニコと微笑んでいる。


「さようなら」

「さようならー」


 部屋を出る際に、高木先生に向かって別れの挨拶をすると隣の彼女も僕に倣ってにこやかに別れの挨拶を告げた。


「はい、さようならー」


 高木先生の返しを背中で聞きながら僕はドアを閉めた。


 今日で、放課後の一室、僕だけの時間が終わりを告げた。


 これからは竹内さんとの二人だけの時間に変わっていきそうだ。

 楽しくなりそうだな。と、僕の中の端っこが竹内さんとの掛け合いに期待を寄せる。


「ふうー」


 大きく息をつき、蛍光灯に照らされた廊下の先にある、東階段を目指して歩き出した。奥の東階段の方が下駄箱に近いのだ。


「ねえねえ、いつもあんな感じなの?」


 竹内さんは霧高(霧が丘高校)とは違うセーターの袖を手の甲まで伸ばし、小さなクマの人形が付いたカバンをゆらゆらと前へ、後ろへ、揺らしながら興味ありげに尋ねてきた。


 一瞬、なんのことかわからなかった。高木先生のことかと尋ねると彼女はうんうんと首肯した。


「そうだね、図書室を毎日利用してるのが僕だけだから、いつもあーやって図書室出る時は知らせてるんだ」


 高木先生も帰るの早くなるしね、とあとから付け加えた。


 しばらく二人で好きな作品の話をしていると、一階の下駄箱にたどり着いた。

 外ではもう日が沈み、代わりに満月が山の少し上で空いっぱいに輝いている。


 先の青い上靴と、白と黒のバンズのスニーカーを交換していると、大きく開かれた扉から、少し冷たい色なき風が僕らに吹きつけてくる。

 隣では竹内さんが身震いを起こして、セーターごと腕をさすっていた。


「雨、すぐに止んでくれて良かったー。この風が吹いて雨も降ってたら最悪だったよ」


 女子は一般的にスカートを履くため、冷たい風と雨を嫌っているのだろう。

 扉を抜け二人並んで、学校の窓から漏れ出る光と月の光が照らす道を歩き出した。

 降った雨が光に照らされ散りばめられた宝石のように光っている。


「そうだね、結局この傘、使わなかったよ」


 僕は歩きながら、白い生地に大きな黒い丸がポツポツとあしらわれている水玉模様の傘を持ち上げて、肩をすくめた。


「その傘っ可愛い!」

「うわっ、急に大声出さないでよ……」


 竹内さんが興奮した様子で大声を上げた。その声に心臓が飛び跳ね、身体をビクッと震わせてしまった。

 

「ごめんごめん、すごい可愛いと思ってさ……」


 竹内さんはというと、えへへと苦笑を浮かべながら頰をかいている。思わず竹内さんをジロリと睨んでしまった。


「ふう……というか、この傘のどこがカワイイの?」


 僕にはこの傘のどこが声を上げるほどカワイイのか、わからなかった。


「女の子にしかわからないよー」


 顔をそむけてごまかされてしまった。


 女性のカワイイという感覚を理解するのは難しい。

 たとえば、世の中の女性たちは僕から見るとしわくちゃでブサイクな生物をかわいいと言ったり、僕がかわいいと思ったぬいぐるみを微妙だと言ったりする。まさに僕の母がそうなのだ。


「小説家を志すなら異性の感覚もある程度は理解しとないとダメなんじゃないのっ?」

「そうだね、竹内さんを頼りに学ばせてもらうよ」

「……頼んだよ、私のためにもね」

「……うん?」


 突然、やけに真剣な口調でそう告げられた。

 

 僕はまだまだ、竹内さんのことを知らない。


 街灯に照らされた校門付近までやってくると僕は自転車を取りに行くと告げ、竹内さんを残して自転車置き場に向かった。


 暗闇の中、女の子を一人置いていくことは気が引けたが少し一人になりたかったのだ。

 自転車を押し進め、錆び付き車輪が回るたびにキリキリとなる音をBGMに、僕は頭を整理する。


 まず、たまたまこの学校に転校してきたはずの彼女がなぜ僕の父が小説家であることを知っているのか。

 なぜ、僕が小説家を目指していることを知っているのか。

 彼女はおそらく、いくつもの秘密を抱えている。


 なにより、今まで考えないようにしてきたが『私は、この世界にいた証をのこしたい』という、言葉はどういう意味なのか。


 彼女への疑問をいくら浮かべてもそれらが消え去ることはない。


 しかし、いつか彼女からその秘密を聞いたら本当に、この世界に残り続けるような物語を生み出せるような、そんな予感がしている。


 校門まで戻り、キリキリと音を鳴らす自転車を押しながら、二人でお互いの趣味や、家族の話なんかをしながら夜道を歩いた。


 やがてちょっとした住宅街に入り、カーブミラーのあるY字のわかれ道で僕らは別れることになった。この先の道は家々から漏れ出る光によりさっきと比べて随分と明るい。


「あっ、そういえば私たち連絡先交換してないじゃん!陽翔くんスマホ出して!」

「えっ……うん」


 言われるがままにポケットからスマホを取り出した。


 しかし、誰かと連絡先を交換するなんてことが久しぶりで、メッセージアプリを開いてもどうやって登録すればいいのかわからない。光る画面を前に、まごついている僕を見かねて、竹内さんは僕からスマホを奪い、登録を済ませてくれる。


「ありがとう」


 恥ずかしくなり尻すぼみの感謝を告げた。


「いいよいいよ、よしこれでいつでも連絡が取れるねっ!」


 竹内さんは嬉しそうに笑っているが、おそらく僕から連絡することはないだろう。


「帰ったら試しに連絡するから、ちゃんと返信してよっ」

「わかってるよ」

「ふふっじゃあ、バイバーイ」


 ぶんぶんと大きく手を振り、走り去っていった彼女に、僕も軽く手を振り返す。

 僕は、元気だなぁと若者の光にあてられたおじさんのような感想を抱いた。


 自転車にまたがり、冷たい風を感じながら、坂道を下ったり上ったりをなんどか繰り返し、数十分かけて我が家にたどり着いた。


 着替えて、晩御飯を食べて、お風呂に入って、と寝る準備を済ませ、帰ってきて初めてスマホを開いた。メッセージアプリには一件の通知が溜まっていた。

 メッセージの内容は単純なものだった。


【急だけど、明日の十二時に最寄り駅集合!よろしく!】


 本当に急だったが明日は学校もなく、もちろん友達と遊ぶ約束なんてしていないので【了解】とだけ送っておいた。彼女のことだ、明日も暇だと見越して連絡してきたのだろう。

 それはそれで胸が痛むのだが…。


 それにしても駅集合ということはどこかに移動するのだろうか、こんな田舎町には寂れた港と神社ぐらいのものしかないので、その線が濃いだろう。


 いつもは小説のネタになるようなことを考えながら眠るのだが、その日の夜は長い長い一日を終え、竹内さんの秘密について考えながら眠りについた…。

 



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