ああ、わたくしは死ぬ。
がんがんと叩かれる扉。その扉の向こうから聞こえる、怒号と断末魔の叫び。
鋼の打ち合う音と、激しい足音。閂をかけた揺れる扉は、その向こうにいる何者かが蹴り開けようとしている証だろう。
「ひ、姫、さま……」
「う、うっ……」
暗い小部屋。換気のための窓すら設けられていないそこで、蹲り震える。
体は小刻みに揺れ、歯の根は鳴り続けた。命を奪おうとしている誰かが、扉の向こうで叫ぶ声に恐怖しながら。絶望に、目の前が黒く歪んだような、そんな感覚と共に。
ああ、どうしてこんなことになったのか。
何事もない毎日が、今日も続くものだとばかり思っていたのに。
――アシュリー、お前だけでも、逃げろ。
父が、最後に告げた言葉。
その後、振り返ることなく逃げた。逃げながら、後ろから悲鳴が聞こえるのが分かった。
そして、ようやく到着したのが地下の小部屋だった。さらに奥にある、王族が逃げるための逃げ道――そこには、既に敵が回り込んでいた。
荷物の一つもない小部屋で、ただ目の前で揺れ動く扉を見ながら、恐怖することしかできない。
死にたくない――そんな想いに、心が支配される。
がんっ、と激しい音と共に、扉の一部が砕けた。
欠けた扉の向こう――そこから漏れる光と共に、敵兵の影が見える。もう間もなく、この中に入ってくるだろう。
「……」
それと共に、その心に怒りが満ちた。
どうしてこんな風に、殺されるかもしれない恐怖に蹲っているだけなのか。突然日常を奪われ、逃げ惑い、ただ殺されるのを待つしかできないのか。
だったら。
せめて、最初に襲いかかってくる一人だけでも、殺してやる――。
そう、己の手に魔力を込めた瞬間に。
「えっ……」
「こ、これはっ……!」
小部屋の地下に、魔力の光が浮かび上がった。
そこに描かれていたのは、魔法陣。複雑な紋様のそれが、魔力を帯びた光と共に力を放っているのが分かった。
そして、その光が次第に大きくなり、奔流となって視界を埋め尽くす。
瞼を灼くような輝きに、思わず目を閉じる。まるで波のように襲いかかってくる光に、視界が真っ白に染まる。
閉じた瞼の裏からでも分かる、眩い光――それが収まるのを感じて、ゆっくりと目を開く。
「なるほど」
次の瞬間――聞いたこともない声で、そう呟くのが聞こえた。
そこにいたのは、見たこともない漆黒の服を着た男。
「お前はツイてるよ。土壇場で、これだけの窮地で、お前は俺を引いた」
煌めくような赤。
輝くような朱。
燃え盛るような炎。
まるで幻想のように、それを纏っている姿。
男は、燃えるような赤い瞳でこちらを見て。
そして、にやりと口角を歪め。
「お前の心の焔は、まだ燃えているか?」
闇を照らす篝火のような。
焔を纏った男が、そう問いかけた言葉に。
絶望の夜が白む――そう感じたのは、恐らく間違いではなかっただろう。
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