「改めまして、わたくしはアシュリー・エル=レイ・アリファーンと申します。アリファーン王国の第一王女です」
「……エイルール・ファティマと申します。姫様の、お付きのメイドです」
「俺は八十神紅蓮。『竜宮』から来た召喚獣だ」
まず落ち着いたところでアシュリー、エイルールと自己紹介を交わす。
先程は緊急時であったし、命の危機にあったわけだから、名前を名乗るくらいしかできなかった。だけれどこのように、ひとまず夜まで待機せざるを得ない以上、できることは会話くらいのものである。
勿論、場所は移している。さすがに紅蓮とて、敵兵の死体が転がる中で落ち着いて座って話などできない。最初の小部屋からやや離れた廊下で、紅蓮とアシュリーは対面して座っていた。エイルールは、そんなアシュリーの後ろに控えている。
アリファーン王国――その名前に、紅蓮は頷いた。
勿論ながら、聞いたことなどあるわけがない。
「ヤソガミ・グレンさま、ですか?」
「お前さんらの言い方だと、グレン・ヤソガミだな。姓が八十神、名を紅蓮という」
「そ、それは、失礼しました。気安くお名前を、グレンさんと……」
「いや、構わねぇよ。名前は気に入ってる」
かしこまるアシュリーに、笑みを浮かべながら紅蓮は頷く。
「では……グレンさまと」
「姫様! そのように謙らずとも!」
「いいえ、お黙りなさいエイルール。わたくしは、グレンさまに助けていただいた身です。グレンさまが来てくれていなければ、わたくしは悪漢に殺されていました」
「うっ……」
「まぁ、お前がそれでいいなら構わねぇよ」
お堅い言い方をするアシュリーに、紅蓮は苦笑を浮かべる。
第一王女ということは偉い立場にいるはずなのに、高飛車なところは感じられなかった。恐らく、心根は優しい少女なのだろう。
まだ年の頃は十五、六といったところだろうに、随分としっかりしているものだ。隣のメイドは恐らく二十歳程度だろうに、彼女よりも大人に見える。
「それで、ええと……この世界のこと、ですけれども」
「ああ」
「世界……まず、ここはバルティカ大陸と呼ばれている大地です。そんなバルティカ大陸の大きな国が、エルバ帝国とローレシア連合国家の二国です。北のエルバ帝国は大陸の覇権を狙っており、南のローレシア皇国を中心とした小国が連合を組んで、そんなエルバ帝国の侵略を止めております」
「ふむ」
世界情勢としては、それほど面倒なものではなさそうだ。
二つの巨大国家が争いを続けており、好戦的な国家が覇権を狙っている。それに対して小国が連合を組んだ。
ということは、先程殺した敵兵は、どちらかの国の正規軍である可能性が高い。
「アリファーン王国は、ローレシア連合国家の一国で、四方を海に囲まれた島国です。大陸そのものとは離れた立地ではありますが……バルティカ大陸の北半分を占めるエルバ帝国とは、敵対している関係にあります」
「つまり、ここにある死体はエルバ帝国の兵士ってことか」
「はい……胸に刻んである翼のような紋章は、エルバ帝国の国章です」
「なるほど」
つまり現状、連合国家が不利な状況だということか。
そしてエルバ帝国は、そんな連合している国家を相手に出来るほどに巨大だということ。
なかなかこれは、難敵だ。
「しかし、海の外の帝国がどうして、いきなり宮廷まで攻め込んできたんだ?」
「それは……分かりません。北側の州侯からは、特に敵船などの報告などなかったのですが……」
「ってことは、北側の領地は既に帝国のものになってるってことだな。むしろ、買収されたと考えていいだろう」
「……」
州侯というのは、この世界における貴族のことだと考えていいだろう。
彼らを動かすものは地位と金だ。それさえ約束してくれるのならば、所属する国など関係ないのである。
そして金さえ積まれれば、所属している国でさえあっさり裏切るのだ。
「なるほどな……貴族の一部を買収し、何事もないと報告させて兵を運び込み、電撃的に攻撃を仕掛けて中枢を落とす。確かに賢いやり方だよ」
「父上は、わたくしだけでも逃げろと、そう言いました。わたくしの目の前で、槍に貫かれて……」
「そうか」
帝国がこの地を治めようとしている以上、王族は邪魔でしかない。王族の一人でも生き残っていれば、それを旗印として反乱を起こす可能性もあるからだ。
ゆえに、滅ぼされた王国の王族は、必ず殺される。
だからアシュリーは、あんな地下の小部屋にまで逃げて、しかも追われていたのだ。
紅蓮は目を細めて、アシュリーを見据える。
「アシュリー、お前の望みは何だ」
「えっ……?」
「俺は、アシュリーの召喚獣だ。お前の望みに従う。お前の望みが叶うように、全力を尽くす。だから教えてくれ。お前の望みは何だ」
「望み……」
紅蓮の問いに、そう声を詰まらせるアシュリー。
アシュリーの望みが、ただ生き残ることであるならば、それは容易いことだ。どこか安全な場所までアシュリーを運び、そこで平和に暮らせるようにすればいい。
だが紅蓮の仕事上、そうはいかない。
「お前は、俺を引いた。戦えと言うなら、俺が戦場で炎の働きをしてやろう。殺せと言うなら、皇帝の首を焼いてお前に捧げよう。だが俺にできることは、戦うことだけだ」
「……」
「お前の望みが、俺が戦うことで得られるものならば、俺は全力でお前の力になろう」
「……」
紅蓮の仕事は、アシュリーに喚ばれて戦うことである。喚ばれて戦うことで、その代償として魔力を貰い受ける。
アシュリーが、今後戦いから縁遠い平和な場所で静かに暮らすことを望むのならば、紅蓮は何の役にも立たないと言っていいだろう。役に立たないどころか、戦いがないのだから紅蓮が喚ばれる必要もないのである。
つまり。
紅蓮からすれば、アシュリーには戦いを求めてもらわねばならない。
「本当、ですか……?」
「ああ、本当だ」
「もしも……わたくしが、アリファーン王国を取り戻したいと、そう願えば……」
「俺は、全力でその力になろう。この地に存在する帝国の兵士を、俺が全力で燃やし尽くそう」
アシュリーの瞳に、黒い炎が宿るのが分かった。
それは、憎しみ。
突然の襲撃に父を殺され、宮廷を蹂躙された、その恨みの炎が灯る。
そんなアシュリーを、紅蓮はその赤い瞳でじっと見据えた。
「だが、それだけでいいのか?」
「えっ……」
「お前の安全さえ確保できれば、俺は自由に動くことができる。お前の魔力さえ使えば、俺はいつでも召喚に応じよう。アリファーン王国を帝国の手から取り戻し、この地に平和を齎すことは容易い」
「で、でしたら……」
「だが、帝国は再びこの国に襲いかかるだろう。そこに存在するのは、仮初めの平和に過ぎない。いつだって戦火に、この国は晒されるだろう」
「……」
にやっ、と紅蓮は笑みを浮かべて。
そして、その大望を告げた。
「ならばバルティカ大陸を、アリファーン王国の国旗で埋め尽くそう」
「――っ!」
「俺はそのための力になれる」
紅蓮に必要なのは、終わらない戦いの日々だ。
そのためには、アシュリーに戦いを望んでもらわねばならない。
ならば、その果てにあるのは何か。
それは――征服だ。
「わたくしに……そのような、ことが……」
「勿論、すぐに出来ることじゃない。だが、俺はその道筋を示そう。俺が求めるのは、戦いの炎だけだ」
「グレンさま……」
ごくり、とアシュリーが唾を飲み込む。
それは彼女にとって、想像だにしない大望を耳にしたため。
しかし、それが紅蓮の望みでもあり、アシュリーの望みでもあるのならば。
そしてアシュリーは、きっ、と鋭く目を細めた。
「お願い、します……わたくしに、その道を、示してくださいっ!」
「ああ」
「父の仇を、必ずとります! バルティカ大陸を、わたくしの手で、アリファーン王国の国旗で埋めてみせます!」
「承知した、我が主」
エイルール・ファティマ
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