焔罪のイフリート

筧千里
筧千里

九印御庭番長

公開日時: 2020年9月1日(火) 07:00
更新日時: 2021年3月4日(木) 22:30
文字数:3,006

「ババア……!」


 紅蓮は首元と四肢を押さえつけられ、ろくに持ち上がらない顔で必死に、目の前の老婆を見る。

 柔和な顔立ちをした、背の低い老婆だ。顔立ちに深く刻まれた皺の数々だが、腰は曲がっておらず直立している。白い髪を頭頂部で丸く纏めている髪型は、何度となく紅蓮の見てきた彼女の姿だ。着物から見える両腕は、枯れ木のように細い。

 ともすれば弱々しくも見える姿でありながら、その持ち得る魔力は『九印御庭番長』を束ねるだけのもの。

 そんな老婆――二条院が、柔らかな笑みをその口元に浮かべた。


「ほう。久しぶりに会うたのに、第一声がそれかい、紅蓮」


「一体、どうしててめぇが……いや、ここは……!」


「そうじゃよ。お前さんも何度か来たことがあろう。朝堂院ちょうどういんじゃ」


「くっ……!」


 本来、召喚獣はハロワから派遣されハロワに送還される。それが常識であり、決して覆らぬ事実のはずだ。

 だというのに今、紅蓮がいるのはハロワではない。

 そう、ここは。

『御庭』の中枢――大内裏だいだいりの中央に存在する、朝堂院と呼ばれる場所。

 即ち、『竜宮』の頂点に座する者だけしか、足を踏み入れることができない場所である。


 そして何より、そこに並ぶ面々の壮観であること。

 あまりの状況に、紅蓮は苦笑いと共に吐き捨てた。


「おいおい……『九印御庭番長』、勢揃いじゃねぇかよ」


 ババア――二条院を中心にして、四人ずつ羽のように広がる男女たち。それぞれ、それぞれ色違いの着物に身を包んでいるのは、現在も戦いの最前線に身を置いている証だ。

 子供のように見える小さな少年、艶っぽい若い女、白髭の老爺、飄々とした中年、顔立ちの整った青年、仮面をつけた背の高い淑女、崩した着物の美少女、凡そ人とは呼べないような姿――そこに並ぶ連中は、二柱を除いてかつて紅蓮の同僚だった者たち。

 まさか全員が、この場に揃っているとは。

 この『竜宮』における、最強の召喚獣たちが。


 第一隊『日輪にちりん』――隊長『祭祀印さいしいん』二条院露。

 第二隊『神楽かぐら』――隊長『白眉印はくびいん瀬戸山せどやま翔太しょうた

 第三隊『桃源とうげん』――隊長『真砂印まさごいんつじ蜜香みつか

 第四隊『葬送そうそう』――隊長『大蛇印おろちいん加藤かとう宗右衛門そうえもん

 第五隊『玉響たまゆら』――隊長『雷蹄印らいていいん三枝さえぐさ御駒みこま

 第六隊『虎狼ころう』――隊長『滄海印そうかいいん不破ふわ雷牙らいが

 第七隊『鬼哭きこく』――隊長『堅牢印けんろういん六道りくどう小夜子さよこ

 第八隊『紅桜べにざくら』――隊長『燐華印りんかいん夜桜よざくらひばり。

 第九隊『金剛こんごう』――隊長『神武印しんむいん御堂河内みどうこうち太郎丸たろうまる


 九柱揃った、彼らこそが。

 称して――『九印御庭番長』。


「そんで、紅蓮や」


「……何だよ、ババア」


「どうしてあんたが、ここに連れてこられたか分かるかい?」


「分かるわけねぇだろ」


 二条院の質問に、乱暴に吐き捨てる紅蓮。

 そもそも、紅蓮は身に覚えのない罪で『御庭』を追われた身だ。そんな紅蓮が『御庭』の、それも最高権力者しか入ることのできない場所にいるのか。

 当然、紅蓮もかつて『九印御庭番長』――『朱炎印しゅえんいん』としてその座にあったときには、何度となく朝議に参加したことのある場所だ。しかし、『朱炎印』の座も『御庭』にいる権利も失い追放された以上、二度と入ることなどないと、そう思っていたのだが。

 だというのに、何故――。


「あんたは、『黄龍』陛下の暗殺を企てた。そして、それに気付いたかつての『藤龍印とうりゅういん荻風おぎかぜ連次郎れんじろうを殺害した……そうじゃろ?」


「違う」


「最後まであんたは、そう否定し続けたねぇ。そして、こっちにも確たる証拠がなかった。あんたを、処刑する証拠は、存在しなかったんだよ」


「やってねぇことに、証拠なんざあるわけねぇだろうが!」


 二条院の言葉に、紅蓮は睨み付けながら叫ぶ。

 彼女が告げた罪過に対して、紅蓮には何の心当たりもないのだ。ゆえに、以前このように査問会を開かれたときにも、紅蓮は「やっていない」の一点張りだった。

 そして状況証拠は揃いながらも、確たる証拠はない――その結果、紅蓮は『九印御庭番長』としての称号を剥奪、『御庭』を追われることとなった。

 だからこそ、不服ながらも紅蓮は受け入れ、ハロワに行ってアシュリーの世界に行き仕事をしていたのだが。


「確かに今も、確たる証拠があるわけじゃあない」


「だったらさっさと離しやがれ! クソババア!」


「悪いお口は、もうちょっと閉めときな。じゃがの……状況証拠と、目撃証言は揃ってんのさ。じゃから、沙汰を『黄龍』陛下が下した」


「まさかっ……!」


 この『御庭』における、絶対的権力者にして王、『黄龍』。

 王が下した沙汰は、決して覆ることなどない。それがどれほど理不尽であろうとも。それが『黄龍』の決定であるのならば。

 一瞬だけ、二条院が悲しげに顔を伏せ。

 それから、皺だらけの目元を細めて、紅蓮に告げた。


「八十神紅蓮。あんたを、極刑に処する」


「はぁっ!? ふざけんじゃねぇ! 頭膿んでんのか!」


「あたしは言ったよ。これは、『黄龍』陛下の沙汰じゃ。その言葉、陛下を貶めるものだってことが分かってんのかい?」


「やってもねぇことで、どうして首斬られなきゃなんねぇんだよ!」


 あまりにも理不尽な沙汰に対して、叫ぶ紅蓮。

 首と四肢を押さえつけられているこの状況で、しかも最強の召喚獣が九柱揃っている状態で、紅蓮にできる抵抗は叫ぶことくらいだ。朝堂院――その最奥に存在するとされる、紅蓮でさえ会ったこともない『黄龍』という王に聞こえるように。


「まぁ、そういうわけだよ紅蓮。諦めな」


「ふざっ……!」


「それ以上喋るならば、今ここで首を落とすぞ、八十神」


「っ……!」


 ちゃきんっ、と刀を抜いて刃を示す老齢の男――加藤宗右衛門。

 それと共に、他の『九印御庭番長』たちも腰元の刀に手をかける。

 紅蓮が元『九印御庭番長』――最強の召喚獣の一柱だったとしても、ここには同格が九柱も存在している。とても、抵抗して逃げることのできない戦力だ。


「処刑は、三日後だ。松原にて執行される。それまでは、地下の監獄にいてもらうよ」


「くっ……!」


「連れていきな」


「立てっ!」


 押さえられていた首根っこを、引っ張られる。

 恐らく、この首を押さえているのは誰かの副官だろう。四肢を押さえていたのは、その力から察するに次官だと思われる。

 だが、ここで暴れるわけにはいかない。紅蓮が敵対行動を見せたその瞬間に、『九印御庭番長』が一斉に襲いかかってくるだろう。

 そして、いくら紅蓮であっても、たった一人で九柱を倒せると思うほど慢心はしていない。

 だが、どうしても。

 言いたい相手が、一人だけ、いた。


「おいっ……!」


「……」


 その男は、かつて紅蓮と、死んだ荻風連次郎と、最も仲の良かった友人。

 屍と化した連次郎を初めて見つけた紅蓮へと襲いかかってきた、そして奴曰く、『八十神紅蓮の凶行を止めた』として評価され、副官から新たに『九印御庭番長』の一人として抜擢された男。

 短く揃えた金髪に、整った顔立ち――されど、その空色の瞳に冷たい視線を乗せて紅蓮を見る、その男へと。

 紅蓮は、叫んだ。


「満足かよ! 雷牙!」


「……」


友達ダチを殺して、俺を蹴落として、『九印御庭番長』になれて、満足かよ!」


「……」


 紅蓮の言葉に、その男――『滄海印』不破雷牙は、何も答えず。

 ただ、紅蓮から目を逸らして、顔を伏せた。


「ふざけんじゃねぇぞ! 絶対に、てめぇだけは許さねぇ!」


「……」


「その首、洗って待ってやがれ! 俺が、絶対に燃やしてやるからなっ!!」


「……」


 最後まで、雷牙は何も答えることなく。

 紅蓮は五人がかりで引かれて歩かされ、地下にある独房へと収監されることとなった。

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