二晩、紅蓮たちは歩き続けた。
アシュリーとエイルールの顔には、明らかな疲労が見える。しかし、その気丈さによって足を止めることなく、彼女らは歩き続けた。その歩みが止まらなかったのも、やはり彼女らの言うところの巡礼によって鍛えられているからなのだろう。
そしてダリアス、イブラヒムの二人はやはり軍人としての矜持もあるのか、疲れているような素振りはみえなかった。二人とも重い鎧を纏っているにもかかわらず、その足取りは決して重くない。
そして、三度目の朝を迎え、東の空が白んできたところで。
ようやく、アシュリーの目的地であろう小さな都市が見えてきた。
「グレンさま、あれが、アスティーン州の都市であるイズラード市です」
「ようやく目的地に到着したってことか」
「本来、巡礼では大神殿まで行きますので、もう四日ほど歩くことになります。ですが、巡礼に向かう者がここで一晩休み、鋭気を養うのが慣例となっています」
「げぇ。ここでまだ終わんねぇのかよ」
過酷な巡礼のルートに、思わず紅蓮はそう言う。
そんな紅蓮の言葉に、アシュリーはうふふ、と笑みを浮かべた。
「アスティーン州は、ほとんどが砂漠と砂岩です。オアシスも全くありません」
「へぇ……厳しいところに建ってんだな、大神殿」
「ですが、アリファーン王国の税収において最も多くを担っているのが、このアスティーン州でもあります」
「ほう?」
アシュリーの言葉に、紅蓮は眉を寄せる。
砂漠と砂岩ばかりの地で、一体何ができるのか。まだオアシスが多くある観光地だとか、緑豊かな耕作地だとか、そういうのなら分かるのだが。
そんな紅蓮の疑問に、アシュリーが言葉を続けた。
「『火石』が採取できるのは、このアスティーン州だけですから」
「ほう……火打ち石みたいなもんか?」
「火打ち石?」
「ほら、火打ち金にぶつけて火花を出して、火を点けるやつ」
「……?」
手で火打ち石をぶつける動きをするが、アシュリーは僅かに首を傾げるだけだった。
まぁ無論、紅蓮は使ったことなどない。火なら自分で自由に出すことができるのだから。
昔見た、何かの本に載っていたものである。
「火石は、水石と同じく魔力を通せば火が出る石です」
「そんな便利なもんがあるのか」
「ええ。魔力を込めれば込めるほど、長く火を出してくれます。ただ、大きさによって込められる魔力量が異なります。大きければ大きいほど、多くの魔力を込めることができます」
「へぇ」
「ただ一つ、問題がありまして」
はぁ、と小さく嘆息するアシュリー。
一体何が問題なのか――そう思いながら、次の言葉を待つ。
「魔力を込めれば込めるほど、長く火を出してくれるんですが……込めた魔力が尽きるまで、火が消えないんです」
「あー……自由に点けたり消したりはできねぇのか」
「そうなんです。ですから、火石にどれくらい魔力を込めるかは、慣れですね。このくらいの魔力だったらこのくらいの時間かな-、くらいです」
「便利そうで、そうでもねぇな」
ふむ、と紅蓮は頷く。
ただ、ふと思った。それは、上手く使えば――。
「その火石が採取できるのは、ここだけなのか?」
「はい。火の神ハシュト様の加護が最も高い、このアスティーン州だけです」
「他の国では採れないのか」
「ええ。ですから、他国にある程度輸出はしています。ただ、あまり多くの火石を採取すると、ハシュト様がお怒りになるので……必要最低限ですが」
「じゃあ、火石で兵器を作ればいいんじゃないか?」
なんとなく、思ったことを言ってみる。
兵器とは、つまるところ火力だ。古代から矢先に油を塗って放つ火矢だったり、火は昔から武器として用いられてきたのだ。
そして科学技術が進めば、火薬という発明も生まれる。それが銃になったり、大砲になったり、様々な武器になって戦争の道具になるのだ。
もっとも、そのあたりの技術については疎いため、ほとんど知らない。
しかしそんな紅蓮の提案に対して、アシュリーは苦笑した。
「グレンさま、火石は、ハシュト様が私たちに授けてくださった神聖なるものです」
「お、おお……」
「兵器に使うなど、そのようなことはハシュト様がお認めにならないでしょう。何より我々は、最低限の火石だけを採集するようにしております。火石を乱獲すれば、それだけハシュト様の加護が薄れますから」
「……」
うぅん、と紅蓮は首を捻った。
便利なものが大量にあるなら、あるだけそれを使えばいいじゃないか――そんな風には思ってしまうのだけれど。
しかしそれだけ、この国は宗教というのが強さを持っているのだろう。王族ですら徒歩での巡礼を強いられるほどに。
そんな拘りの強い宗教に、これ以上茶々を入れてはなるまい。
「ですが、そういった意見も騎士団から出たことはありますよ」
「あら……そうなのですか、ダリアス」
だが、そんな紅蓮の意見を、後方からダリアスがそう支持してきた。
「ええ。大量の火石に魔力を込めて、敵陣に投げ入れたらどうか、とか話が出たことはあります。あとは火石で武器を作ることができれば、燃える武器が作れるのではないか、とか」
「なんと……」
「ただ、騎士団の上層部でもやはり、姫様の言うように却下されましたよ。神聖なる火石を、野蛮なことに使うべきではない、と」
肩をすくめながら、そう告げるダリアス。
国のトップである王族でさえ、大事にしている宗教だ。さすがに、騎士団だけでは強行突破もできるわけがないということだろう。
だが、実際に兵器に転用するとすれば、どのように使えるだろうか。
ダリアスの言葉に、アシュリーが眉を寄せる。
「うぅん……グレンさまの仰ることですし、そういった運用方法を考えてみるべきなのでしょうか……」
「火石で武器を作ることは可能でしょうか? 例えば、槍とか」
「それは可能だと思いますが……火石を砕いて加工をしなければならないので、それほどの切れ味にはならないでしょう。それに、火石の熱が鉄の柄を伝ってくるのを防ぐ方法も考えなければなりません」
「うぅん……そこは革でどうにか……」
「だったら、鈍器にすりゃどうだ?」
アシュリーとダリアスの真剣な会話に、そう口を挟む。
紅蓮のイメージは、石斧だ。巨大な石を簡易的に柄にくくりつけた、非常に原始的な武器である。
縄だと燃えてしまうだろうから、固定する方法は考えなければならないだろうが。
「鈍器、ですか……?」
「ああ、石斧だ。こう、でっかい火石を柄にくくりつけて、振り回せる武器にすればいいじゃないのかなぁ、って……」
紅蓮がそう説明をしている間。
アシュリーはぎこちない笑みを浮かべ、ダリアスは眉を寄せて顔をひきつらせ、エイルールに至ってはうげぇ、とばかりに表情を歪めている。イブラヒムは安定の無表情だ。
何、そんなに変なこと言ったのか――そう、紅蓮も言葉を止めると。
「そのような国宝級の火石を、武器に加工なんてできるはずがないでしょう……」
「え……?」
「ま、まぁまぁ、ダリアス。グレンさまは、火石の価値をご存じないから……ね」
「それは、そうですが……はぁ。グレン殿、グレン殿の言う、それだけの大きさの火石は、採取できればアリファーン王国の国宝にもなるものだ。私はあくまで、槍の穂先だけを加工した火石で作ってみればどうかと提案しただけであってな……」
「槍の穂先の大きさでさえ、相当な値段がします。金貨がいくつ吹き飛ぶやら……まぁその値付けをしたのは王国ですから、わたくしに文句は言えませんけど」
「そんなにも高いのか、火石って」
ほー、と紅蓮は頷きながら腕を組み。
そして、ふと思った。
「……」
アリファーン王国でしか採ることのできない、貴重な鉱石。
それは大量に採ることができるが、宗教のせいでほとんど採られない。つまり輸出されない。
それは、兵器運用を考えることができる。
なんとなく。
エルバ帝国が何故アリファーンに侵攻してきたのか、その理由が分かった気がした。
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