「では、どうやって調べればよいのか」
アレクロスの尋ねるのに、セシリオは
「私に考えがあります」と。
そうするうちに《影の門》は消えた。《影の門》の向こう側に、真っ直ぐに続く通路が見えた。門が現れる前と同じく薄暗く、奥までは見通せない。人間である三人には、マルシェリア姫と同じような闇を見通す目はない。
「王女殿下が……っ」
サーベラ姫が珍しくも、激しい動揺の色を見せた。頭(こうべ)を振って結い上げた藍色の髪を震(ふる)わせ、弓を持っていた両手と肩をだらりと落とした。
「落ち着けサーベラ、王女が消えても我らに不利益とはならぬ」
「しかし兄上、先ほどは味方になってくだされば頼もしい方だと」
「言ったさ。味方になれば、だ。本当になるかどうかは分からぬ」
「ですが兄上、王女殿下は突如アンフェールが襲来したときに、私たちの前に立って戦ってくださったのですよ」
「だから、『もしも』味方になれば頼もしいとは思う。その考えには矛盾しない。アンフェールは元々、前王国マリースからしても封印される側のまつろわぬ魔物扱いなのであろう。であればマルシェリア王女の振る舞いも当然だ。それが即座に信頼出来る理由にはならぬ」
「そうだなセシリオ、しかしアンフェールはマリース王国の時代には存在しなかった。それは我らが一番分かっていることではないか」
「左様でございます、王子殿下」
なぜアンフェールが誕生したのか。なぜ辺境伯を襲撃してきたのか。それは、王国の暗い闇であって今ここであえて触れたくはない。アレクロスの生まれる遥(はる)か以前の話である。コンラッド王国が誕生したとほぼ同時にアンフェールも生まれたのだ。いや、造られた、のである。そうした意味で、アレクロスには、例えジョアキス・バーラン辺境伯の件が無くとも、先祖から背負わされた重荷ではあるのだった。アンフェールの方はアレクロスの事情も思いも斟酌(しんしゃく)してなどくれまい。コンラッド王家と第一公爵家への恨みを晴らしたい一心なのだろう。
セシリオは冷静に、主君である王子に告げた。
「アンフェールが仮にマリース王国の時代に生きていたなら、必ずやまつろわぬ魔物として狩りの対象となったはずでございます。マリースの時代にも、捕らえた魔物を使った実験体は多数ございました。人間と合成して、より強化した個体を作るのも行われていました。我が英雄王は、マリースからその技術を引き継いだのでございます」
アレクロスは深い深いため息をついた。
「もちろん、知っている」
その英雄王の時代に造られたのがアンフェールなのだ。英雄王ベルトラン・コンラッドと、その第一の臣下レイナルド・エルナンデ──第一公爵家の始祖である──によって生み出された。
アレクロスは苦々しい思いで続ける。
「天然の個体であれ、人の手により改造されたのであれ、まつろわぬ魔物であるに変わりはない。マリースの王族に逆らうモノは皆、駆逐(くちく)の対象となる。だからアンフェールもそう見なされた。例え父王に裏切られたとは言え、マルシェリア姫は未だ王女としての誇りと気位を保っている。アンフェールは許せない存在だろう。我々がどうであれ、アンフェールの王女への態度が、マルシェリア王女にとって許すべからざるものだったのだ」
セシリオはうなずいた。
「その通りでございます」
「なるほどな、俺は考えが甘かったのかも知れない。アンフェールの言う通りだったか」
「いいえ、アンフェールの言う通りではございません。王子殿下は、マルシェリア姫の見栄えに目をくらまされたのではございませんから」
アレクロスは親友の顔をじっと見た。
「それはそうだ。だが考えがそこまで至らなかったのも事実だ」
サーベラ姫はそっとアレクロスの様子を見守っていたが、ここで横から兄に言った。
「しかし兄上、我らにとってマルシェリア王女が未だ信頼出来ぬお方であるなら、かのお方にとっての我々もまた信用ならぬ者でありましょう。もしも兄上がマルシェリア王女殿下を味方にしたいとお望みならば、我らもまた、それなりの誠意を示さねばならないのではないでしょうか」
「そうだな。サーベラ、おれはマルシェリア姫を見捨てるべきと言うつもりはないよ。ただ、あのまま《影の門》に入るのは無謀だと言っているだけだ」
「では、兄上はどうすればいいとお考えですか」
セシリオは主君の方に顔を向けた。
「《影の門》は消えました。このまま、この通路の先に進みましょう」
アレクロスはそれを聞いて、これまで見てきた遺跡の中の様子を思い出した。他に探るべき場所はないようである。
「そうだな。それしかあるまい」
それから、自分が先に立って歩き出す。魔剣の刀身は鞘(さや)の中に収めた。
そのまま一行は長らく歩き続けた。朝早くが昼頃になるくらいの時間を休みなく。喉(のど)の乾きはその都度、セシリオの魔術で少しずつ癒やせた。飲める水を出すのでなく、直接身体に働き掛けて乾きを癒やすのである。
外は太陽が中天にある頃であろうと思われた時、三人はその場に立ち止まり、グレイトリア・キアロ第二公爵家令嬢が作った甘い乾パンを数個口にした。全身に新たに体力・気力が湧いてくる。続いて、同じくキアロ家の姫がくれた、薬草茶の冷めているのを飲む。これには活力と鎮静の双方の効果がある。気持ちを落ち着け、真に為(な)すべきことにのみ意識を集中させてくれるのである。
「何としてでも、グレイトリア姫のために魔術薬処方の本を持って帰りたいものだ」
アレクロスは薄暗がりの奥に向けて、誰にともなくつぶやいた。
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