「やっぱり人の噂ってアテにならないんだなって思って」
私が口元を隠しながら笑っていると、「貴方はそのほうが良いですよ」と優しい言葉をかけてくれた。だけど、私が笑っている理由は今ひとつわかっていないようだ。
会長さんは最初に堅物だってイメージがつきすぎて話しにくいと思っていたけど、実際は助けてくれるし手当てもして、痛みを忘れるようにたわいのない会話をして気を遣ってくれるいい先輩だ。
「あの、迷惑でないなら……恋の相談とか時々でいいから乗ってくれませんか?」
「生徒の悩みを解決するのは生徒会長の役目ですから構いませんよ。ただ自分は交際したことがないので、あくまで相談に乗るだけですが」
「ありがとうございます! 会長さんと話してたらなんか元気出ちゃいました」
えへへとアホな顔になる私。って、あんなにモテるのに付き合ったことないとか意外。
遠くから「一年集まれー」と先生からの集合の声がかかる。
「会長さん、改めて色々ありがとうございました! 先生が呼んでるので行きますね」
ペコッと軽くお辞儀をして、先生の元に向かった。
「よし、集まったな。今からお前たちには洞窟に入ってお札を持って戻ってくること。ようは肝試しのようなものだ! 二人一組だからな。これも思い出作りの一つだ、楽しんでこい」
「先生勘弁してくださいよー。怖いの苦手なんですから」
「俺は賛成! めっちゃ面白そう!」
まわりは先生の提案で暗いのが苦手という者もいれば、楽しそうという人もいた。
「クジだと私と一緒。朱里ちゃん、よろしくね」
「遥ちゃんと一緒か〜、こっちこそ、よろしくね!」
知ってる人で安心したけど、黒炎くんは女の子と一緒だったりするのかな? と考えるとまた胸の奥がピリッと痛くなった。
「朱里ちゃん。お、思ったよりも暗いね」
「確かに昼間なのに洞窟だと夜みたい。というか、よりにもよって最後とか」
私たちはビクビクしながら、奥へ奥へと進んでいった。遥ちゃんも私と同じで怖がりなんだろうなぁ。さっきから掴まれている腕の力が徐々に強くなっているのがわかる。
正直、私も暗い場所や怖いのは苦手だから遥ちゃんを安心させるような言葉をかける余裕すらない。
しかも、私たちの組は最後。他のグループは終わったのか、さっきから誰ともすれ違わないのが妙に怖さを増幅させる原因の一つなんだけど。
「ごめんね、私が引いたくじのせいで」
遥ちゃんは申し訳なさそうに謝る。今にも泣きそうな遥ちゃんを見て、「全然気にしてないから大丈夫だよ」というものの、内心は心臓が飛び出しそうなほどバクバクしていた。
洞窟ってなんでこんなにも怖いんだろう。ぽちゃん……と水滴が落ちる。
「!?」
ビクッ! と背筋が跳ねる。水滴の音ですら驚いて足がすくむ。
「い、一番奥に行った場所にお札を置いてるって行ってたけどなかなか着かないね。遥ちゃん、ちゃんとついてきてる? ……って、あれ?」
さっきまでいたはずの遥ちゃんがいない? これって、もしかしてはぐれたとか……いやいや、そんなはずない。
「遥ちゃん、どこ行っちゃったの? いたら返事して!」
私は、はぐれてしまった遥ちゃんを探すために当てもなく走り回った。
「っ!?」
足元とまわりが暗いせいで、私は何かに躓き(つまずき)転んでしまった。
「痛い……」
一人だと思うと途端に痛みと恐怖は増していき、その場に座り込んでしまった。遥ちゃんのことも心配だから探しに行かないといけないんだけど、怖くて前に進めない。どうしよう。
(黒炎くん、私を見つけて)
私は心の中で黒炎くんの名前を呼んだ。当の本人は恐らく洞窟からはとっくに出てるだろうけど、それでも呼ばずにはいられなかった。
この状況が少しでも緩和されるようにと自分を慰めていた。そんなことしても現状は変わらないけど。
ガサッ! と近くで聞こえた。
「ヒッ! いやっ……」
正体のわからない音に、私は泣きそうになった。
「朱里! 大丈夫か!?」
「黒、炎……くん?」
そこには、私が助けてほしいと願った黒炎がいた。予想外すぎて一瞬、現実なのか疑ってしまう。どうして、いるはずのない黒炎くんが洞窟に?
「星空と朱里が時間がかなり経ってるのに戻って来ないって先生に聞いてさ。心配になって探しに来たんだ。そしたら案の定……あ、朱里?」
「黒炎くん、怖かったよ……っ」
ガバッと黒炎くんに抱きつく私。黒炎くんの言葉は半分も耳には入ってこなかった。
「……もう大丈夫だ、安心しろ。星空も他のやつが見つけたそうだ」
よしよしと頭を撫でて慰めてくれる黒炎くん。あぁ、温かくて大きな手が凄く安心する。それが幼馴染としての対応だとしても今は気にしない。
「足を怪我してるみたいだな。すぐに手当てしたいが、今は何も持ってないから。とりあえず、俺に掴まれ」
そういって、おんぶの体制をとる黒炎くん。ちょっと恥ずかしいけど、私は黒炎くんに甘えることにした。
「ありがとう」
どうして私が怪我してること、すぐに気付けるの? 黒炎くんには何でもお見通しなのかな。
「海で溺れているとき、最初に助けに来れなくてごめん。誰かが助けるからって、女子が俺を……言い訳に聞こえるかもしれない。だけど、さっきのこと謝りたくて」
「ううん、大丈夫。黒炎くんのことわかってるから……なんとなく察しはついてたよ」
「朱里は優しいな。次からは何があっても一番に助けに行くから。朱里は俺にとって大事な幼馴染だからな」
「うん、ありがとう」
大事な幼馴染、か……ただの幼馴染って言わないんだね。それに私が抱きついたとき拒絶しなかったのは少なくとも私のこと嫌いじゃないってことだよね。
黒炎くんにとって、今の私はどのくらいの存在なんだろう。
だけど、今はどうか胸の鼓動が速いのだけは伝わらないで。ドキドキしているのがバレたら、この“好き”って気持ちまでわかってしまうから。
今はただ、この背中に甘えていたいの。
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