「前にも言ったけど、朱里にちょっかい出すのやめてもらえませんか」
「黒炎くん……、お、おはよう」
久しぶりにまともに目を見て挨拶した気がする。私の手を握ろうとしていた会長さんを無理やり引き剥がす黒炎くん。
「何をするんですか」
強引に離されたのが不快だったのか会長さんは鋭い目つきで黒炎くんを睨む。ヒッ! さ、殺気が出てるよ。
会長さんの凍てつくような表情にその場にいた全員がかたまっていた。ただし、一人をのぞいて。
「朱里、おはよう。……それはこっちのセリフです。大事な幼馴染に手を出すなって言ってるんですよ!」
「……」
強気な黒炎くん、カッコいい……って、見とれてどうするの私。でも、まわりが硬直する中、黒炎くんだけは会長さんに臆することなく立ち向かっていた。
「だったら、いつも守って側にいてあげてください。貴方を守ってくれる王子様も来たようですし、自分はこれで失礼します。王子と言ってもまだまだ半人前ようですが……」
そう言い残して、会長さんは教室から出て行った。それにしても王子様って……会長さんでもそんなロマンチックなセリフがって、今のは恋愛作家らしいといえばらしいのか。
「朱里、来るのが遅くなって悪い。今日はシフト空いてたら一緒に回ってくれないか?」
「うん。私も黒炎くんと一緒に文化祭楽しみたい! それで、あの……黒炎くんは執事服着るの? 」
「ああ、クラスの奴が用意してくれてな。本当は準備も少しじゃなくて本格的に手伝いたかったんだけどな。……だから、シフトは他の人より多く入ることにしたんだ。こんな形でしか返せないのがクラスメイトには申し訳ない」
やっぱり黒炎くんは優しい……自分のことよりも他人を優先しようとしてるから。
手伝いも大変だったけど、接客のほうがよっぽど大変なのに。それをクラスメイトの為にって。私、黒炎くんのこと好きになって本当に良かった。
「ううん、そんなことない! きっと皆すっごく助かると思う。私も出来るだけ手伝う」
「朱里が一緒なら心強いな。ありがとな、朱里」
「どういたしまして」
私も少しでも黒炎くんの役に立ちたい。それに一人で行動しようものなら、会長さんが来そうだし。
会長さんと話すのは楽しいけど、黒炎くんに申し訳ないし、なによりさっきみたいに電気が走るようなバチバチな喧嘩はしてほしくない。
* * *
ーーー文化祭が幕を開けた。
「おかえりなさいませ、ご……ご主人様」
たくさん練習したけど、やっぱりいざお客様を相手にすると、このセリフは恥ずかしすぎる!
「おかえりなさいませ、お嬢様。お席までご案内します。……こちらメニューになります」
チラッと遠目で黒炎くんを見るも、練習にほぼ不参加だったのにめちゃくちゃ完璧に接客をしている。それどころか本物の執事みたい……凄くカッコいい。
「あの、執事さんのオススメとかってあります?」
「そうですね……まだ暑いですし、桃のコンポートゼリーなんていかがでしょう?」
「じゃあ、それを一つお願いします」
「はい、わかりました」
テキパキとこなす黒炎くん。その口調も雰囲気も誰かに似ている気がする。それに普段では見ない黒炎くんが何故だか遠い存在に見えた。
私が知らないところで教養を身につけていて。それはまるで……って、考えすぎだよね。黒炎くんは頭もいいし、接客マニュアルを借りたのを読んでぱぱっと暗記しただけ、だよね。
それからというもの、ひっきりなしにお客さんが来ていて、教室の外は行列だった。その理由は言うまでもなく、黒炎くん目当てで来る女性客。
イケメンの高校生が執事服を着ていて接客しているとウワサが広まり、今ではこんな感じになってしまった。
「お待たせしました、お嬢様」
「……」
さっきから立ちっぱなしで接客をしている黒炎くんの息が上がっている気がする。疲れているのが顔に出ている……。
「少し黒炎くんを休ませてあげない? なんだか疲れてるみたいで……」
私はクラスの男子に声をかけた。
「たしかにさっきから接客しっぱなしだよなー。でも、本人に聞いたら大丈夫だって言ってたけど?」
それって……黒炎くん、クラスメイトのことを思って無理してるんだ。今すぐにでも止めなきゃ、さすがの黒炎くんでも体力が持たない。
「あのね、黒炎くんが大丈夫だって言ってるときは大丈夫じゃないときっていうか、その……上手くいえないけど」
上手く言葉として男子に伝えることが出来ず、モゴモゴしていると、「霧姫の言いたいことなんとなくわかるからさ。止めてくるわ」と言い残して、黒炎くんに一旦休むように声をかけた。
「なんでか男子に宣伝がてら、休憩して来いって追い出された」
「それは黒炎くんが働きすぎたからだと思うよ?」
「……朱里が気付いてくれて男子に言ってくれたのか。ありがとな」
「なんで私だってわかったの?」
「俺の些細なことに気付けるのって、朱里くらいしかいないだろ」
うっ……! 今、ぎゅっと心臓を掴まれた気分になった。そんなトキめく言葉を言うなんて、やっぱり黒炎くんはズルい。しかも、笑顔とか反則すぎる。
だけど、黒炎くんの言うとおりだよ。私は黒炎くんのことが好きだから、ほんの小さなことだって気付ける自信があるの。まぁ、さすがに心の闇すべてをわかるわけではないけれど。
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