「これが……俺の過去の全てだ」
「……」
言葉が出なかった。黒炎くんが勇気を振り絞って、私に話してくれたのに。この話をするのに相当な覚悟があったはずなのに。
……引いているからじゃない、嫌いにもなっていない。むしろ、過去のことを聞いたら、より黒炎くんの側にいて支えてあげないといけないという気持ちになった。けど、言葉が出ないのはなんて声をかけていいか迷っているから。
こんなにも辛くて、悲しい過去を話されたらどうしていいかわからない。
「……朱里が小さい頃に泊まりに来ていたときは親父も仕事だったし、兄貴はその仕事を手伝っていた。母親は病弱だったから、出来るだけ他人とは接触しないようにしていたから、朱里が俺の家族と会った記憶がないのはそもそも会っていないからなんだ」
「そう、なんだね」
「黒炎。何故、僕が君に一度も連絡をしなかったかわかるかい?」
「……」
黒炎くんは睨みつけるな形で紅炎さんを見る。
「それはね? 連絡なんかしなくてもすぐに連れ戻せるからさ。今まで息子の居場所を知らないわけがないだろう。だって、お前は僕にとって大事な子供なのだから。焔ほどじゃないけど、お前のことも大切に思っているんだよ?」
こんな過去を聞いても、まだ紅炎さんは笑っていられるのか。なんて薄っぺらい言葉。大事だとか大切って言ってるけど、気持ちがこもっていない。
紅炎さんにとって、黒炎くんはただの所有物に過ぎない。それは、さっきの会話で嫌というほど伝わった。
「親父……それはわかっていた。あんたみたいな有名な社長が俺を見逃すはずないってな。見つけようと思えば、どんな手を使ってでもすぐに見つけられる。だけど、それをしなかったのは俺が一人で生きていけるか、柊家という名前ではなく、俺自身に存在価値があるか試したかったんだろ」
「さすが、僕の子供だ。そのとおりだよ。ただ残念だよ、一人で生きていくどころか家を出たその日に如月家に拾われるなんてね。でも、君が何故、中学生まで如月家にいられたとおもう?」
「なんだと?」
「黒炎くん。これ以上、聞いちゃだめ!」
黒炎くんは気付かなかったのかもしれないけれど、私にはわかった。一瞬だが、紅炎さんの口元が緩んでいたことを。きっと今から黒炎くんが傷つくような言葉をたくさん吐くに違いない。
私は黒炎くんの耳を抑えようとしたけど、すでに遅かった。
「如月家……というよりは美羽さんたちを育てている親戚にお金を渡したんだよ。ここに黒炎を置いてやってくださいってね。もちろん、黒炎の養育費を裏で払っていたのは、この僕さ。他人が君のためにそんなことするわけないだろう? 子供を一人育てるのにどれだけのお金が必要だと思ってるんだ。そのことは天才の紅蓮くんも気付いていなかったようだけど。天才とはいっても、たかが中学生にそんな大人の裏事情など察することは不可能だろうけど、ね」
「……っ!」
「紅炎さん、貴方は最低です!」
黒炎くんが殴りかかろうとしていた。だけど、その前に私の手が出てしまった。バシッ! と鈍い音が部屋中に響いた。私は紅炎さんの頬を叩いたのだ。
「……ほう、義理の親になるかもしれない僕を叩いていいのかい?」
「朱里様、どうして……」
今のは焔さんでも黙ったままじゃいられなかったようで、私のほうに駆け寄ってきてくれた。
「焔さん、いいの。私はね、黒炎くんが……焔さんがこれ以上傷つく姿は見たくないの」
私が叩いたって血一滴すらも流すことは出来ないし、高校生の女の子の力なんてたかが知れてる。けど、反射的に身体が動いてしまった。
許せなかった。黒炎くんが今までどんな思いで生きてきたのか。それを知っていながら、あざ笑うかのように影から高みの見物をしていたんだから。
「朱里、守ってくれてありがとう。……俺が弱くて悪かった」
「どういたしまして。そんなことないよ、黒炎くんは強いから。だって、今まで辛いことから逃げずに生きてきたんだよ。そんなの普通の人には出来ないよ」
こんなことでしか黒炎くんを守れないのがつらい。だけど、そう難しく考える必要なんかない。私は黒炎くんをそっと抱きしめた。今は黒炎くんが少しでも私に癒やされて、元気を取り戻してくれたら。
こんな状況で無理かもしれない。けれど、こんな状況だからこそ私はこうして黒炎くんに寄り添っているのだ。
「朱里……」
「朱里様にお怪我がなくて幸いです。ですが……」
「フッ、ハハハハハ。まさか少女に頬を叩かれる日が来るなんてね。黒炎が選んだ娘はどうやら、ただの庶民じゃないらしい。……君たちに試練を与えよう。面白いものを見せてもらったお礼だよ。それに合格することができれば、二人の交際を認めようじゃないか」
「試練ってなんだよ」
「私はどんな試練でも受けます」
だって、それで黒炎くんと別れずに済むなら安いものだ。当然、紅炎さんの試練だから簡単じゃないことくらい承知の上だけど。
「そんなに柊家として見られたくないならば、黒炎として誰かに必要とされる姿を見せなさい。そうだな……全校生徒の署名でも集めてきてもらおう。もし出来なければ、黒炎は別の学校に転校させる。君とも一生会うことはできない。そうだな……署名の内容は黒炎が別の学校に行ってしまわないように、でどうだろう。どのみち、今の学校は黒炎に相応しくないからね。これは君への試練だ。……黒炎、お前は僕が海外でやる仕事を手伝うんだ。僕がいうノルマをこなしたら、交際を認めてあげるよ。どちらも期限は1ヶ月だ」
「なっ……」
「やります。それで黒炎くんとの交際を認めてもらえるなら」
「朱里、でも……!」
「大丈夫。たぶんね、今の試練をクリアできて実は嘘でしたなんてこと紅炎さんはしないと思うの。だって、この試練あまりにも無謀でしょ? だから無理だって思わせてる紅炎さんを驚かせよう。ねっ? 私たちならきっと……ううん、絶対できるから。私やってみせるよ」
全校生徒の数がどれだけいるのかはまだ把握していない。だけど、他の学校に比べたらかなりの数がいることは間違いない。
そんな中、署名を集めるのは難しいだろう。不可能に近い。でも、私は絶対に成し遂げてみせる。
「その庶民の言う通りだ。試練を見事クリア出来たのなら交際は認める。もう別れろとは言わない。……黒炎、お前はどうする」
「俺は、親父と二人きりで海外の仕事をやるのは本当は死ぬほど拒否したい。だけど、朱里との交際を認めてもらえるなら俺も受けて立つ。……どうやら俺が思ってる以上に朱里は強いみたいだからな」
黒炎くんは私をジッと見つめる。なんだか、自信を取り戻してくれたみたいで安心した。覚悟が決まったのか紅炎さんと真っ直ぐ向き合っている。
私だって黒炎くんに、ただの幼なじみだって言われたり、女として見られてないことに何度も心を折られそうになった。
そのせいなのか、自分で言うのもなんだかおかしな話だが少しは強くなった気がする。
黒炎くんなりに紅炎さんに立ち向かおうとしているのがわかる。そんな姿はさっきの弱ってる黒炎くんとは違い、とても男らしいと思った。
「そうか、わかった。それなら今すぐにでも海外に行く準備をするから来い。今度とは言ったが、ほとんど準備は終わっているんだ」
「わかった。……朱里、本当は俺も署名活動を手伝いたい、俺自身のことだから。だけど手伝えない分、俺も自身に与えられた試練をこなしてみせる。だから、それまで俺の帰りを待っててくれないか?」
「これは私の試練だから黒炎くんは気にしないで。……うん、待ってる。私も頑張るから」
私たちは抱き合った。一ヶ月も会えないのだから、今のうちに会えない期間のぬくもりを一秒でも感じていたい。
意外にも紅炎さんは、それをなにも言わず、ただただ私たちを黙って見ているだけだった。
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