ハロウィンパーティーが終わって三週間が経った。11月も終わりに差し掛かった頃、私は一人放課後の教室をあとにする。
黒炎くんはあの日を境に全く学校に来なくなった。先生が言うには体調不良らしい。だけど、きっとそれは嘘だということをクラスメイトも私も薄々気付いていた。
一週間くらいならまだしも、三週間も学校に一度も顔を見せないなんてありえない。
私は何度もメールと電話をしたが、連絡は返ってきていない。黒炎くんが住んでる家に行ってみたが留守のようだった。なにかがおかしい……。
黒炎くんの身になにか起こっていることは確かなのに私にはどうすることも出来ない。
会長さんにも相談はしてみたのだが、それは自分じゃどうしようも出来ないと言われた。会長さんですら関われないこと……ということなのだろうか。
どんなに考えたって、私だけじゃ解決できずにいることがとても悔しくてたまらなかった。
黒炎くんとせっかく結ばれて、今からもっと楽しいことが出来るって思っていた矢先がこれだ。
大きな車が校門に止まっているのが目に入る。おそらく二年の先輩を送り迎えしてるロールスロイスだろうと横目で見ていたけど、それは違っていて。
じゃあ、一体誰の車だろう?
「おや、また会ったね。お嬢さん」
「あのときの……」
車の中から一人の男性が出てきた。それはパーティーのときに声をかけてきた人だった。
あのときは素顔は見えなかったけど、やっぱり美形な人だ。
「とはいっても、今日は君に会うためだけに待っていたんだけどね。……霧姫朱里さん」
「っ……」
笑っているはずなのに、その笑顔には一切の嬉しさの感情は混じっていない。そんな微笑みだ。
なんて不気味なのだろう。顔が整っている人の不気味な笑みというものは、どうしてこうも寒気を感じてしまうのだろうか。
「ああ、そんなに怖がらないで。……今からドライブでもどうかな?」
「結構です」
私はあからさまにプイっとそっぽを向いて、スタスタと帰る方向に足を進める。
「柊黒炎が学校に来ない本当の理由を知りたくはないかい?」
「えっ」
いきなり黒炎くんの名前を出されて足が止まる。私は男性のほうを振り向いてしまった。
いけないことだとはわかってはいても、恋人が今どこで、なにをしているのか気になってしまう。
「その答えを知りたくば車に乗ってくれないか。黒炎が今どこにいるか教えてあげよう」
「わかり、ました。でも嘘だったら警察を呼びます」
「ははっ、そのくらい警戒されてるとは心外だなぁ」
そこ、笑うとこ? 私はキッと男性を睨みつけるような形で車に乗り込んだ。少しでも黒炎くんに繋がる何かがあるのなら、それにすがらずにはいられない。
「旦那様、あまりにも強引なのでは?」
運転手のメイドさんが後ろを向き、心配そうに私を見ている。
「強引じゃないさ。彼女も同意してくれている」
「……」
無理やり同意させたのはそっちのくせに。それに以前の優しそうな雰囲気はなく、今は別の人に見える。見た目は優しそうな感じ……なんだけど、心の奥底では何を考えているかわからない顔。
会長さんとは違い、この男性からは本当の恐怖を感じる。ただの勘ではあるんだけど、隣に座っているだけでヒシヒシと伝わってくるこの感じ……。
「ときに君は柊黒炎とはどういう関係なんだい?」
「それ答える必要ありますか」
「なんだか冷たいねぇ……あぁ、それとも気付いてるのかな? 私の……いや、僕の正体に」
黒炎くんの関係者ってことはわかるんだけど、それ以外の答えはまだわかっていない。
「……」
私は黙ってしまった。本当は色々話をして黒炎くんのことを聞き出したいんだけど。今じゃないと自分が囁いてる気がした。
それから40分ほどして、車が止まる。もちろんその間、楽しい会話など一切なく、ただ無言だった。
「着いたよ。さあ、おりて」
そこはお屋敷だった。大きな噴水に敷地内もかなり広く、いかにもお金持ちって家がそこには存在した。
手を差し出されたが、私はその手を握らず車からおりる。
「黒炎くんはここにいるんですか」
「……紳士に対応したつもりが嫌われてしまったようだ」
「おかえりなさいませ、旦那様」
「えっ!? 焔、さん……?」
玄関先で待っていたのは……焔さんだった。
「朱里様。どうして、こちらに?」
焔さんも私がいたことに驚きの表情を隠せないようだった。
「旦那様、なぜ朱里様をこんな場所に……!」
ガッ! と男性の胸ぐらを掴もうとする焔さん。私は焔さんの予想外の行動にその場から動けずにいた。
「焔。旦那様じゃないだろう? 僕の名前を呼んでおくれ」
「紅炎《こうえん》、様」
「そう、いい子だよ焔」
頭を撫でられる焔さん。だけど、胸ぐらを掴もうとした手をギリギリと力強く押さえる紅炎さんという男性に焔さんの身体は震えていた。
「ちょ、やめてください!」
私は反射的に身体が動き、バシッ! と紅炎さんの手を振り払った。
「焔さんが嫌がってるのがわからないんですか!? 大体、無理やり名前を呼ばせて貴方は嬉しいんですか?」
紅炎さんと焔さんの関係はわからない。けど、これ以上は見ていられず私は怒鳴ってしまった。
嫌がってる女性を無理やり従わせようとするなんて、この人は異常だ。
「無理やり……? これが僕のところの教育方針なんでね。家族同士の会話に君は口出しするのかい?」
「家、族……?」
「僕は柊 紅炎(こうえん)、焔と黒炎の父親だよ」
父親……? この人は何を言っているの。理解が追いつかない。私の頭はフリーズする寸前だった。
焔さんが紅炎さんの子供だってことは理解した。だけど、それにどうして黒炎くんの名前が出てくるの?
「頭が追いつかないって顔をしてるね。……ほら、家に入りなよ。中でゆっくりお話しようじゃないか」
「朱里様、申し訳ありません。私が知っていたら、ここには絶対に連れて来……」
「焔。それ以外、余計なことをいうと黒炎がどうなるかわからないよ」
「……すみません、紅炎様」
「……」
これが焔さんの父親って嘘でしょ? ねぇ、誰か嘘だと言って。焔さんがこんなにも怯えてるなんて見てられない。
とても不快な空間で吐き気がする。
「おかえりなさいませ、旦那様」
「旦那様、鞄をお持ちいたします」
「食事の準備は出来ています」
「ああ、ありがとう」
扉を開けるとすぐに目に飛び込んできたのは、複数のメイドさんたち。みんな紅炎さんを見てはお出迎えをしていた。
メイドさんたちには悪いけど、私はこんな人でも慕われているのかと思った。
それに他の人には旦那様と呼ばせているのに、焔さんだけは駄目な理由はなんなの。
子供だから? だけど、そのわりに自分の名前を呼ばせるのはなんだか違和感を感じる。どうして、お父さんじゃダメなんだろう。
「食事の準備が出来てるからこっちへおいで」
「あの、私は食事をしに来たんじゃ……」
「せっかく君の分を作ってくれた料理長に悪いとは思わないのかい? ゆっくり食事をしながら話をしよう」
「……はい」
やっぱり無理やりだ。どうして断りにくい理由をつけては私をこの屋敷に留まらせようとするのか。それに私の分の料理も、ということは今日、私を迎えに来る前提だったんだ。
「普段はここで食事をしてるんだ。知人とは別の場所を使うから、家族以外をこうして招くのは君が初めてかもしれないな」
私はお金持ちの家には必ずあるようなお決まりのダイニングルームに案内された。紅炎さんは嘘の笑みを浮かべながら笑っている。そんなの全然嬉しくない。
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