「やだ……!」
「お嬢様が嫌がってるのがわからないんですか?」
大学生の肩をガシッと後ろから掴んで注意する。
「イテテテ! って、よく見たら女かよ。なんなら、お前が代わりに遊んでくれんの?」
その言葉に私は驚いた。最初は暗くてよく見えなかったが、確かに女性だ。
腰まである黒髪を一つに束ねていて、こんな場所なのにスーツ姿でビシッとキメている。
って、お嬢様ってもしかしなくても私のこと? でも、私はこの女性を知らない。
「はぁ~……どこまでも下品で汚い輩ですね。怪我をしたくないなら、このまま立ち去ることをおすすめします」
ギュっと力を入れると、一人の大学生が悲鳴をあげだす。友人が危険だとわかったのか、まわりは恐怖のあまり仲間を女性から引き剥がし去って行った。
「怪我はありませんでしたか、お嬢様」
そういって私の手をとる女性。その姿はまるで王子様みたいで……同性なはずなのになんだかドキドキしてしまった。こんなこと普段じゃされないから。
「大丈夫です。ただ、私はお嬢様じゃないですよ?」
「あぁ、つい癖で申し訳ありません。良ければお連れの方が来るまで一緒にいても宜しいでしょうか?」
「お、お願いします」
癖? えっと、これはそういう系のお店で働いてる人だったり?
「申し遅れました。私は焔といいます」
「ほむ……焔さん!?」
名前を聞くと、どこかで聞いたことのある名に私は驚いた。
以前、ロールスロイスでうちの学校の先輩を見送ってた人だ。珍しい名前だから一度聞いたら忘れない。けど、まさかこんな場所で会うなんて思ってもみなかった。
「私のことをご存知なのですか?」
え? といった表情を浮かべながら、私を見る焔さん。だけど、私みたいに決して感情を表には出さない。
「あ、いえ。学校で見たというか……私、星ヶ丘高校の生徒なんです」
「ああ、そうでしたか。お嬢様……ではなく、なんとお呼びすれば?」
「私は霧姫朱里っていいます。さっきはありがとうございました」
「霧姫、朱里……そうですか、貴方が。それでは朱里様とお呼びしますね」
今、一瞬だけど焔さんがピクッと反応したような……。
もしかして私の名前が変だったとか? なんて思ったりもしたけど、恐らく私のことを知っていた態度のようが正しい気がする。どうして焔さんが私のことを知っているんだろう。
「朱里様がそんなに可愛い浴衣を着ているということは異性の方を待っているのでは? なんて、これはあまりにも踏み込んだ質問でしたね」
「可愛いでしょうか? はい、男の子を待っているんです。幼稚園からの幼なじみなんですけど、小学五年生の頃に引っ越して高校でやっと再会して……」
焔さん、なんだか勘が鋭い。あれ、初めて話すのにどうしてだろう。焔さんに聞かれたら躊躇なくすぐに答えちゃうのは。やっぱり女同士だから話しやすいのかな?
「その男性の方が朱里様はお好きなんですね」
「は、はい……」
焔さん、少ししか話してないのに私が黒炎くんのことを好きってもうバレちゃった。私ってそんなに顔に出てたのかな? こうも顔を真っ赤にさせれば気付かれても仕方ないか。
私とは違い、焔さんは微笑んでいた。その笑顔はとても綺麗だと思った。
「あ、黒炎くんがそろそろ着くって連絡がありました」
「黒炎?」
「さっき話してた幼なじみの名前ですよ、変わった名前ですよね。って、私がいうのも変な話ですけど」
あははと冗談まじりに笑う私。
しかし、焔さんは「主様が呼んでいるようなので戻りますね」と言ったが、その表情はさっきとは違い焦っていた。
だって、スマホも何も見ていないのにそんなことを言っていたから。ただ、主様っていうのはあの先輩だってことだけはわかる。
「朱里様。私と会ったことは今から来られる方には秘密にしていただけると幸いです。朱里様は夏祭り楽しんでください、では」
そそくさと去っていく焔さん。って、今から来られる方って黒炎くんのことだよね。秘密にする理由は考えてみたけど、私にはわからなかった。
「朱里、遅くなって悪かった。って、どうしたんだ?」
「ううん、大丈夫だよ。でも、さっき……あ……」
「さっき?」
やばい。さっそく言っちゃいそうになったよ。綺麗な女性に助けてもらったんだよ! って。
「男の人に声かけられたけど、ひ、一人でなんとか出来たよ」
「それ大丈夫だったのか。俺がもう少し早く着いてれば……本当にごめん」
「謝らないで、私が予定より早く着いちゃっただけだから。……黒炎くん、その手どうしたの?」
黒炎くんの手をジッと見ると、怪我してるあとがあった。
「木の上から降りれなくなった猫を助けてたら、そのときに引っかかれてな」
「ね、猫ちゃんに?」
そのわりに引っかき傷には見えないんだけど。でも、深い傷ではなさそうだから良かった。
黒炎くんが喧嘩してる? ってことはないとは思うんだけど。やっぱり黒炎くんのこと、まだまだわからないことだらけだ。
それがきっと嘘でもいい。私を傷つけないようにしてるんだよね。だけど、少しは私に弱みを見せてくれてもいいのに……と思う私もいた。
「朱里。そのピンクの浴衣、可愛いぞ。俺も浴衣着てくるべきだったか」
「あ、ありがとう。私服でも黒炎くんはカッコいいよ!」
私があれこれ考えている間に褒めるのはやめてほしい。さっきまで暗いこと思ってた私が馬鹿らしく思えてくるから。
あれ? 私、勢い余って何言って……今の撤回したい。
「俺がカッコいい? 幼なじみとしてでも、その言葉は嬉しいな。アカリにもそう思われるようにもっと努力しなきゃな」
違う。本当は幼なじみとしてじゃないのに。でも、直接本人にカッコいいって言ったのは高校入って初めてだったりするのかな。
黒炎くんのことはいつもカッコいいって思ってるけど、それを相手に言うのって勇気いるしなにより恥ずかしいんだよね。
だけど可愛いって言われたとき、なぜだか焔さんの顔と被って見えたのはなんでだろう。
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