ジメジメとした空気、一年を通して晴れる日が少ない。六月、梅雨の時期に突入した。
衣替えも完了し、今は夏服。だけど、雨が続くせいでちょっと憂鬱です。
「どこにもない‥‥!!」
放課後。私は朝、置いていた場所に傘がないことに気付く。
慌ててるから間違った場所探してる? なんて思いもしたけど、たしかにココに置いた。
これは誰かに間違って持っていかれた? もしくは借りパク的なアレですか。
(最悪‥‥)
外はどしゃ降り。とてもじゃないが傘なしで家まで帰るのは無理そう。
「お迎えにあがりました」
「焔《ほむら》。こんな時くらい車の中で待ってればいいだろ」
入学してすぐに見た2年の先輩だ! 相変わらず秘書さん? みたいな人が送迎してるんだ。
焔さんっていうんだ。炎の名前がついてて、黒炎くんと同じでカッコいい名前。
今どきキラキラネームなんて珍しくないけど、焔さんや黒炎くんの名前は滅多に聞かないよなぁ。一度聞いたら忘れないだろうし。
私は小さい頃から一緒にいたから気にならなかったけど、初めて会った人は本名か怪しむレベルだよね。
車は先輩を乗せ、去っていった。私は下駄箱の付近でボーッと突っ立っていた。
「朱里、こんなとこで何してんだ?」
「黒炎くんこそ、なにしてたの?」
「俺は生徒会長に呼び出しくらってて‥‥」
「もしかして会長さんを怒らせるようなことしちゃった?」
「まぁ‥‥そんなとこだ」
最近、黒炎くんの口から会長さんの名前が度々出るようになった。生徒会に入ってるわけでは無さそうなんだけど詳しいことは何も話してくれない。
「実は傘がね‥‥」
私は自分の傘がない理由を話した。すると、「それなら俺の傘で良ければ一緒に入っていくか?」と言葉をかけてくれた。
やっぱり黒炎くんって優しいなぁ。
これって世間でいうとあいあい傘ってやつなのでは!?
(この状況って、まるで恋人みたい)
隣を見ると黒炎くんの横顔。横から見ても整った顔立ちしてるなぁと見とれていた。けど恥ずかしさの感情のほうが強くて、なかなか近付けずにいた。
「朱里。そんな離れてると濡れるぞ?」
そう言うと黒炎くんは傘を持っていない手で、グイッと私の肩を自分のほうに寄せた。
「風邪引いたら大変だろ?」
「あ、ありがとう」
傘を持ってくれるだけじゃなくて私の体調まで気遣ってくれるんだ。やっぱり優しい。
触れられた肩が妙に熱い。黒炎くんがこんなにも近いはずなのに、遠い気がするのは何故だろう。
これ以上期待させるようなことをしないでと強く言えたらどんなにいいだろう。
「朱里。スマホ光ってるぞ」
「え? あ、お母さんからだ」
メールの内容は「今日はパパとの記念日で家にいません。一人家に置いておくのも危ないし、朱里は友達の家に泊まってね」と書かれていた。
(そうだ、今日だった)
メールの内容を見て、ふと昔のことを思い出していた。そういえば小さい頃は親が留守のときはよく黒炎くんの家に泊まりに行ってたっけな。凄く懐かしい。
あれ? あのとき、黒炎くんの親に会ったかな? よく覚えていない。黒炎くんが引っ越してからは友達の家に泊めてもらっていた。
「今日、親の結婚記念日で…帰っても一人なんだ」
流石に高校生になった今気軽に泊めてほしいなんて言えない。それに黒炎くんはアカリちゃんと一緒に暮らしてるわけだし。
いつもは覚えているから予め頼んでおくんだけど今日はいきなりだからなぁ、難しいだろうな。
…案の定、友達からはいきなりは難しいと断られてしまった。もう高校生なんだし、留守番くらい一人で出来るもん! と思った矢先、家の鍵がないことに気付く。
「え、嘘…!」
朝、鍵を閉めていったからあるはずなのに鞄の中を探してもどこにも見当たらなかった。傘といい、鍵といい、今日はよく物を無くす日だなぁ。
お弁当箱をとる時には鍵はあったのは確認したから、おそらくそのあとだろう。うーん、思い出せない。けど、多分学校で落とした気がする。明日は早めに学校に行って確認してみるか。
「朱里、さっきから変な汗かいてどうした?」
「いやぁー…実は鍵どこかに落としちゃったみたいで、家に帰れないんだよね。まぁ、一日くらい野宿しても大丈夫かなーって」
「この土砂降りでそれは流石に…」
うん、普通にそういう反応になるよね。我ながらバカな発言をしたと思うよ、今のは。
「朱里が良ければうちに泊まりに来るか?」
「え!? それは流石にまずいでしょ!?」
色々な意味でそれは本当にまずい。それはつまりアカリちゃんと黒炎くんのラブラブな姿を目の前で見せつけられるってことでしょ? それはメンタルが強くなった私でも正常でいられる自信がない。
「もしかしてアカリのこと心配してるのか? あの時はあんなこと言ったけど、今は朱里にアカリをちゃんと紹介したいなって思ってるんだ」
「……」
あの時って、ただの幼馴染と言ったときだろうか? そんな前のことまだ気にしてくれていたなんて。真っ直ぐこっちを見つめる黒炎くんの真剣な表情に私は目を逸らせずにいた。
「わかった。黒炎くんが良いって言うんだったら泊まるよ」
「ああ、大丈夫だ。むしろ、今まで家を隠してるようで悪かったな…」
「いいんだよ、気にしてないから」
嘘だ。本当は再会したときからずっと気になってた。アカリちゃんという存在も、どうしてギャルゲー好きになってしまったのか、黒炎くんがどこに住んでいるかも全て。
今日、その全てがやっと知れるんだ。
あの日、深い闇の中にいるような目をしていた黒炎くん。
私は黒炎くんの全てを知って、それでも尚、好きでいられるだろうか。
不安と緊張。色んな感情が入り交じる中、私たちは黒炎くんの家に足を進めた。
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