季節は夏。
私たち一年生は林間学校に来ていた。
「海、すっごく綺麗!」
「朱里ちゃん、こっちで一緒に泳ごう?」
「うん!」
私はクラスメイトの遥ちゃんと海で遊んでいる。
水着は着ているけど肌が焼けるのが嫌でパーカーを着ている私。
「遥ちゃんはなんで数ある中でスクール水着なの?」
「えっと、お兄ちゃんがこれ以外だめだって」
「へ、へぇ。変わったお兄さんもいるんだね」
遥ちゃんは黒髪ツインテールで身長145cm。
本人には悪いけど童顔なせいか同級生には見えない。けど、素直でとっても可愛い女の子。
あれから黒炎くんとはお互いに意識してしまっているせいか、すれ違うことが多くなった。
黒炎くんが意識しているかどうかは本人のくちからまだ聞いてないから本当のところはわからない。
遊園地にお出掛けに行ったあの日、ちょっとしたアクシデントで私は黒炎くんとキスをした。
目が合うたび、それを思い出してしまう。私も恥ずかしくて不用意に話しかけることができない。だから今は同性の友達と楽しく過ごしていた。
女友達と遊ぶのは楽しい。ドキドキしたり心拍数がはやくなったりしないし、なにより気軽に会話が出来る。だけど、それをちょっぴり寂しいと感じるのは何故なんだろう。
そして、気になることがもう一つ。
「ねぇ。あれって会長さんだよね?」
遠目でもわかる。日陰で読書しながら、私たちを見ている。正確には私たちというより、一年生みんなを見ている感じ。
「うん、如月会長だよ。一年生の監視をしてるんだって」
「え」
会長さんって確か三年生の先輩では? なんでここに? というか、一年生の監視ってなに。
もしかして溺れないように見張ってるとか?会長さんなりに心配してるつもりなんだろうか。
黒炎くんの言う通り、本当はいい先輩なのかな?
でも普通は受験勉強とか、そもそも三年生は普通に学校では? なんて色々思うことはあったけど、先生と一緒に私たちを見ているから許可もおりてるんだろうな。
相変わらず会長さんの行動は謎だけど、色々つっこんだら負けな気がする。気にしないことが一番だよね。
「きゃー! 黒炎君の水着姿よ」
「イケメンすぎー!」
(黒炎くんだ)
女の子たちは黄色い声をあげながら、黒炎くんを見ていた。
相変わらず目立ってるなぁ〜と遥ちゃんと遊びながらも、私の目線はしっかりと黒炎くんのほうを追っていた。
お泊まりしたときは見なかったけど、ゲームばかりしてるインドア派なのに身体つきはしっかりと男の子で……なんだか恥ずかしくなってきた。
「如月先輩と会話してるとか貴重すぎ!」
「二人が並ぶと絵になるわ」
遠目だけど、会長さんと黒炎くんが会話してるのが見える。なにを話しているんだろ。
女の子たちも黒炎くんたちに話しかけることはせず、遠くから眺めているだけだった。
確かに会長さんも美形だし、二人が並んでいるだけでなんかこう……オーラが違うというか、近寄りがたい雰囲気は出てる。というか、会長さんのこと先輩って言う人もいるんだ。ちょっと意外。
「朱里、楽しんでるか?」
「え!? う、うん」
いきなり黒炎くんに話しかけられて驚いた私は声が裏返った。会長さんと会話しているときは遠い存在に見えたのに今は普通で安心した。
「それなら良かった」
「ねぇ、会長さんは遊んだりしないの?」
「あー……あの人は俺たち後輩を見てるだけだから」
頬をポリポリと掻きながら、なぜか微妙な表情をする。その視線は私ではなく会長さんを見ていた。
「黒炎君。良かったら、私達とビーチバレーしない?」
「人数が一人足りないんだよね~」
黒炎くんが会長と距離を離れるや否や、女子たちは私そっちのけで黒炎くんに喋りかける。私がいること気付かれてない? いや、おそらく気付いていても自分たちが黒炎くんと遊びたいから誘ってるんだろうなぁ。
「で、でも朱里が……」
「えー、付き合ってるわけじゃないし良いじゃん」
「ほら行こう、黒炎君」
グイグイと腕を引っ張られ黒炎くんは女子たちと一緒にビーチバレーをしに行った。私はその光景をただ見てるだけしか出来なかった。
“付き合ってるわけじゃない” たしかにその通りだ。
(わかってる、そんなこと!)
私は海に潜った。
このまま海が私の汚い気持ちを流してくれればいいのにと思いながら。
まだ付き合ってすらいないのに、ヤキモチなんて変な感じ。
付き合ってないっていうか、告白も出来なかったし。
せっかく、可愛い水着を新しく買ったのにパーカー着てるんじゃ意味ないか。
私の水着姿を見たら黒炎くんは可愛いって言ってくれるのかな?
もしも言ってくれたとしても、それは幼馴染としてなんだろうけどね。
「……いっ!?」
いきなり足に激痛が走る。必死に上にあがろうともがいても全然いけない。
どうやら、足をつったみたい。
どうしよう。このままじゃ、溺れちゃう!
「たすけ……!」
バシャバシャと水面が揺れているのが気付いたのか、みんなが騒いでいた。
「え、なんであなたが……!」
「そうですよ! 先生たちを呼んだほうが」
「それだと手遅れになります」
薄れゆく意識の中で、私は心の中で黒炎くんの名前を呼んでいた。
一歩間違えたら死ぬかもしれないっていうのに、私の中は黒炎くんでいっぱいなんだ。
あれ……誰かが私を助けに来てる? そんな気がする。
誰なの? 私は差し出された手を握り返すことしかできなかった。
「大丈夫ですか。それと息は苦しくありませんか」
「え……は、はい。もう大丈夫です」
私は気が付くと会長さんにお姫様抱っこされていた。
こういう時、助けに来るのは黒炎くんだと思ってたのに。
「ひとまず日陰で水分補給と手当てをします」
「は、はい」
会長さんはそういうと私を抱えたまま、歩き出す。まわりは「まさか、あの堅物会長が人を助けるなんて!」と言った目線をこちらに向けている。
視線が痛い。ただでさえ会長さんは学校でも目立ってる存在なのに。
でも、こんな平凡な後輩を助けるなんて私自身も意外だった。
「朱里、大丈夫か!?」
黒炎くんがどこからか私を心配して来てくれた。
「柊黒炎。幼馴染が危ない目に遭ってるときに助けに来ないのは幼馴染失格ですよ。大切な幼馴染なら尚更……」
だけど、会長さんは厳しい言葉を黒炎くんにかけた。その目は氷のようで私の背筋まで凍るようだった。
会長さんは私を離すことなく、黒炎くんの前を通り過ぎた。
「っ……俺だって出来るなら一番最初に助けたかったのに」
黒炎くんが何かを呟いていたようだけど、私にはその言葉がなんなのか聞こえなかった。
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