私はメイドさんに椅子を引かれて席にすわる。普段なら、初めての体験に胸を踊らすところだが今日はそうも言ってられないのだ。
焔さんも紅炎さんの近くの席に腰をかける。私は二人とは少し、いや、かなりの距離がある。
こんなに遠い状態で家族で食事してもコミニケーションはとれないと思うんだけど。
だって、げんに焔さんは余計なことを話すなと言われてから口を閉ざしたままだ。
「それで、黒炎くんはここにいるんですよね」
「あれ? そんなこと、僕は言ったかな?」
「なっ……!」
ガタッと立ち上がる私。嘘を言われてカッとなったのだ。
「僕は黒炎がどこにいるか教えてあげると言っただけで、ここにいるとは一言もいっていない。それにさっきも返事をしなかっただろう?」
「……」
言われてみればその通りだ。車からおりるとき、黒炎くんがここにいるか聞いても紅炎さんはなんの反応もしなかった。
てっきり、私は紅炎さんに着いて行けば黒炎くんに会えるとばかり思っていた。完全に騙された……。
「単刀直入に言おう。……朱里さん、今すぐ黒炎と別れなさい」
「……え?」
悠長に食事を楽しみながら、言い放つ。私にとっては重要なことなのに紅炎さんにとってはなにも思っていないような言い方だ。
「聞こえなかったのならもう一度言うよ。柊黒炎と別れろ。君に黒炎は相応しくないと言っているんだ」
私が聞こえているのがわかって二度もいう紅炎さんはとても嫌な人だ。だけど、さっきとは違って次は言葉に力強さを感じた。おそらく、こっちが紅炎さんの本当の性格なのだろう。
「何を言って……」
「彼は君みたいな、ただの庶民には合わない」
「ただの庶民って……好きな人同士が結ばれるのはそんなにいけないことですか?」
正直、焔さんでも敵わない相手に立ち向かうのは怖かった。足がカタカタと震えているのがわかる。だけど、言われて黙ったままだと肯定してるのと同じに捉えられるのが嫌で私は発言をする。
「まだわからないのかい? 黒炎は僕の息子だ。息子の大事な将来を考えてやるのも親の務めってものだろう?」
やっぱり、そうだったんだ。さっきは認めたくなくて焔さんだけの父親だと思っていた。だけど、今ので理解した。
紅炎さんは、父親の前に一人の人間として最低だ。でも、そうしたら黒炎くんと焔さんは姉弟ということになるのだろうか。
「たしかに子供の将来を考えることはいいことだと思います。でも、それを強制するのは違います……貴方のは相談じゃなくて、自分のしたいことを押し付けてるだけの人間に過ぎません!」
「強制なんて人聞きが悪い。黒炎は同意してくれているよ? 君に被害を加えないかわりに教養を学び、僕の仕事の手伝いをすると。君は聞いたことがなかったのかい?」
「そんなこと……」
聞いてない、黒炎くんから一度もそんな話を。だから黒炎くんは学校に来なかったっていうの? 私を守るために。
「大企業、柊グループ……今度は海外にも店を出そうと思っていてね。黒炎は柊グループの次男なんだよ」
「そんなのって……」
柊グループ、飲食店からホテルまでありとあらゆる店を展開している。
私は庶民だけど、テレビCMなどでも見たことはあるし、名前だって一度は聞いたことくらいある。でも、そんな御曹司の子供が黒炎くんだったなんて。
待って、今……次男っていった?
「ああ、君がなにを思っているか手にとるようにわかるよ。そう、次男だよ。普通は長男が仕事を手伝うのが普通じゃないって? 残念だけど、長男はここにいる焔なんだ。僕の今の妻であり……僕が育てた最高傑作さ」
「……」
紅炎さんは、なにを言っているの? 焔さんが長男って、焔さんは女性でしょ。それに今の妻で、最高傑作ってなんなの。意味がわからない。
「僕は早くに妻を亡くしてね。そりゃあ悲しくて毎日、涙が止まらなかったさ。でも、そんなとき僕は思いついたんだ。そうだ、残された子供を妻そっくりにしようってね。……この面影も今じゃ妻に瓜二つなんだよ? 髪だって伸ばすのは大変でね」
焔さんの髪留めを乱暴に引っ張る。焔さんの腰まで伸びた黒髪はたしかに綺麗だ。手入れだって行き届いている。
紅炎さんは優しく壊れ物を扱うようかのように頭を撫でる。けれど、焔さんの目に光なんてものはなく、無の表情だ。
「だけど、柊家で最初に生まれた子供は別の家庭の専属メイドか執事になるのが決まりでね。今じゃ一緒に暮らすことは不可能なんだ。でも美しいだろう?」
「どうして、そんなことしたんですか。こんなの人形と一緒です! 焔さんだって嫌がっていたんじゃないんですか」
「え? そんなことないよ。君が拒否すれば、黒炎が君の代わりになるだけだよって言ったら、焔は快く引き受けてくれたよ」
「っ……」
今にも飛びかかりそうなほど私はイラついていた。紅炎さんは子供を自分の所有物としか思っていない。
黒炎くんたちの意見などはなから聞く気はないのだ。拒否すれば、相手が逃げられないような理由を作る。
こんなのは愛情でもなんでもない。今まで、黒炎くんが親の話題を出さずにいた理由が納得できるほどに紅炎さんは狂っている。
「それ……どういうことだよ」
「黒炎くん!?」
バン! っとドアを開けて、息を切らしながらこちらに近づいてくる。
「ああ、おかえり黒炎」
「兄貴は自分から女になるって言ったんだぞ。これは心の病だから仕方ないって……俺はそれが受け入れられず家を飛び出したのに。兄貴が変わった本当の理由は親父だったっていうのか?」
黒炎くんはその場で泣き崩れるようにしゃがみこむ。どうやら、紅炎さんは黒炎くんも嘘をついていたようだ。真実を知って、ショックだったんだろう。
「黒炎くん……大丈夫?」
私はすぐさま黒炎くんの元へと駆け寄った。だってそうしないと黒炎くんが今にも消えてしまいそうだったから。
「ああ、平気だ。朱里もこんなところに連れてきて悪かった」
「黒炎くんのせいじゃないよ。私は大丈夫だから」
「黒炎のせいじゃないだって? 君が黒炎と関わることがなければ、こうしてここに足を踏み込むこともなかったのに」
「朱里だけでもここから返してやってくれ……お願いだから」
黒炎くんは紅炎さんに頼み込もうとする。これ以上、私が傷つかずに済むようにと。だけど、自分のことも心配して。
「黒炎、君は今まで彼女に隠してきたんだろう? だったら今ここで話すべきじゃないのか。君が僕から逃げて、どうやって生きてきたのかを」
楽しそうに高笑いをする紅炎さん。きっと心の底から、この状況を誰よりも楽しんでいるのだろう。
人が苦しんだり悲しんだりする表情を見るのがおそらく好きなんだろうと確信していた。じゃないと、今ここで笑う意味がわからない。
「黒炎くん。私……知りたい、黒炎くんの過去を」
「朱里、でも……」
「大丈夫、どんな黒炎くんだって私は受け止められるから」
「……わかった、話す」
黒炎くんは深く頷いた。そうして深呼吸をして、一旦落ち着きを取り戻したのか黒炎くんはゆっくりと口を開いた。
今から語られるのは黒炎くんの過去。
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