「あれ、そういえば……」
さっきまで、そこで待っていた黒炎くんの姿がいない。
一体、どこにいったんだろうとあたりを見渡していると「黒炎様なら今終わったところですよ」と店員さんから言われて何のことだろうと思った。
すると奥からタキシード姿のカッコいい男の子が現れたと思ったら、それは私がよく知ってる黒炎くんで……。
「俺は家にあるんだが」
「まぁまぁそう言わず」
「黒炎くん……」
何やらブツブツ言いながら、こちらに向かってくる。普段は制服か私服くらいしか見ないけど……これは新鮮というか。
めちゃくちゃカッコいいし、絵になる。まるで童話の中から出てきた王子様みたい。
「店員にせっかくだからって着せられた。こういう窮屈なの苦手なんだよな」
店員さん、グッジョブです! と心の中でお礼をいった。本人は嫌そうにしてるけど、私からしたら目の保養。
というか、これで黒炎くんも参加するの? ファンクラブどころか、大人の女性も虜に出来そうな……。
黒炎くん、たしかに窮屈なの苦手そう。家でもジャージかラフな格好が多いし。
「朱里は……お姫様みたいだな、凄く可愛い。当日もこの髪型と靴で行こう」
「あ、ありがとう。って、このヒール高いし慣れてないから歩きにくいっていうか……きゃ!?」
黒炎くんの近くに行こうとすると、バランスを崩しそうになる私。
「危ねぇ!」
私が転ぶ前にガシッ! と身体を支えてくれる黒炎くん。
「朱里、怪我はないか」
心配そうにしてる黒炎くん。私は大丈夫だよと言いつつ、黒炎くんがあまりにもカッコよくて見とれていた。
黒炎くんには申し訳ないと思っていても、これは見ずにはいられない。間近だとさらに……。
「黒炎様、当日はもう少し朱里様にちょうどいいサイズの靴を用意しましょうか」
「ああ、お願い出来るか? それと髪型も今日と同じで頼む」
「かしこまりました」
「……」
私が黒炎くんを見ている間に話がどんどん進められているのは気のせいだろうか。私のことなのに黒炎くんのほうが私のことを大事にしてくれて。
私って大切にされてるんだな……と思うと心が温かく嬉しい気持ちになった。
……あれ? 最初は敬語だった黒炎くんが今では何故か店員さんとやたらフランクに話している。
「ここは昔、世話になった店なんだ」
「そうなんだ」
私の言いたいことを察してくれたのか、すぐに答えてくれた。それにしても、こんなに高そうなお店にお世話になってるって……ん? 昔って、いつの話だろう。少なくとも私と一緒に来たことはないし。
そして、ハロウィン当日。
あるホテル会場を丸々貸し切ってのパーティー。というよりは、ダンスパーティーだよね。大きなシャンデリアに美味しそうなハロウィン料理が並べられている。見た限りだと、立食式のようだ。
私は黒炎くんに買ってもらったドレスに身を包み、会場を訪れた。
受け付けで名前を言うと、「今年のパーティーは少し特殊で、仮面をつけてのご参加になっております」そう言われ、仮面を渡された。
これはおそらく仮面舞踏会というものだろう。貴族の社交界をテレビで見たことはあったけど、まさか自分が参加する日が来るとは思ってもみなかった。
「仮面をつけたあと、決して自分の名前を明かさぬように。パーティー終了後、仮面を私《わたくし》どもにお返しください」
「は、はい」
名前を言えないんじゃ、黒炎くんと会っても……って、人多くない!? 会場の中に入ると、かなりの人だった。学校の関係者と身内だけでこの数は、やっぱり改めて思うと、この学校は生徒の数が多いんだ。中高一貫校だったら、このくらい普通なのかな。
黒炎くんとは会場で合流しようって言ってたけど、これだと見つけるのも一苦労なんじゃ……。貴重品はすべて預けちゃったし。
きっと、この雰囲気を味わえってことなんだろうけど。高校生には早い気がする。というか、一般家庭の私にはこんなのは、なんと表現するのが正しいのかはわからない。けど、場違いなことだけはわかる。
「そこのお嬢さん、私と一曲踊らないかい?」
「へ?」
急に後ろから声をかけられアホな声が出てしまう。高校生……ではなさそう。顔は見えないからわからないけど、体格からして男性なのはわかる。おそらく誰かの保護者なんだろう。
声色は優しそうだし、なにより気品がある。きっと素顔はもっと素敵なんだろうなぁ。でも、そんな人がなんで私に声をかけたのか謎だ。
「こういうパーティーは初めてかな? もし良ければ私がリードしてあげよう」
「ちょ……」
そういうと手をとって、男性は私をダンスに誘う。
「私、ダンスなんてしたことなくて……」
「大丈夫。私と呼吸を合わせれば、きっとできるさ」
ちょっと強引だけど、紳士的な人だ。言われた通りにするとダンスを上手く踊れている。目立っているのか、あたりがザワつき始める。
「なんて綺麗なダンス……!」
「まるで本物の社交界を見てるみたい」
みんな男性に見とれていた。主に大人の女性たちが。私にはかなり年上の人の魅力なんてわからない。けど、転けそうになる私をさりげなく支えてくれたり、次のステップを耳元で教えてくれたりする対応には正直驚かされた。
まったく知らない人なのに嫌だと思わないのはどうしてだろう。
「ありがとう、楽しめたよ。お嬢さんはこんなオジさんと踊るのは嫌だったかもしれないけどね、ははっ」
「いえ、そんなことはないです。ダンスを教えていただきありがとうございます!」
「どういたしまして。それじゃあ、またどこかで会えるといいね……霧姫朱里さん」
「っ……!?」
笑って楽しそうな雰囲気とはうってかわって、最後に囁かれた声色は背筋が凍るほど寒気がした。名前を知っていたから怖いわけじゃない。やけに毒々しかったからだ。だけど、私……名前なんか言ったっけ?
さっきの男性のことは気がかりだけど、もう会うこともないだろうし、そんなに気にしなくていいよね。と、このときの私はそんな軽い程度にしか男性の存在を考えていなかった。
「これ、美味しい……!」
私はせっかくのパーティーなので一人食事を楽しんでいた。それにしても黒炎くん遅いなぁ。
「そんなにがっついていると食い意地が張ってると勘違いされますよ」
「!?」
分厚いお肉を頬張っていると、横から声をかけられた。
「会ちょ……」
「受け付けでの注意事項を貴方は聞かなかったんですか。たしかにそれは自分の名前ではありませんが」
仮面で素顔が見えなくても、さすがにわかる。会長さんだ。何度も話しているから声と背格好でなんとなく察することができる。
そういえば、告白を断って以来まともに顔を合わせた記憶が無い。ここ最近は生徒会選挙もあって、会長さん自身も忙しかったのもあるけど。
うちの学校はちょっと変わっていて、卒業するまではずっと生徒会長はそのままなのだ。選挙があって次期生徒会長がいたとしても正式になるのは来年度。ようは3月に会長さんが卒業するまでは会長さんなわけで。
「ここでは言わなくてもいいですが、貴方は自分の名前を会長だと思っていませんか」
「い、いや。そんなことはないです」
出会ったときから会長さんって呼んでるせいか、すっかり癖になってしまった。
「こうして貴方と会話をするのは久しぶりですね」
そういや私、会長さんをフッたんだよね。そう思うと気まずいような空気が流れても仕方ない。だけど、沈黙のままは嫌なので私からしたら話題を振ろうとするものの、あまり良い会話は出てこなかった。
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