「お願いします! 柊黒炎くんを転校させないように署名をお願いします!」
翌日から私は黒炎くんの署名活動を行った。早朝から学校に来て、校門で生徒一人一人に声をかけている。中には、変な人という眼差しを向けたり、こちらを指さしながらヒソヒソ話を始める人もいた。
そりゃあ、これだけの人数がいたらそう思われても仕方ない。だけど、一刻を争う状況で嫌だと思う暇はない。私は陰口を言っている人にも声をかける。
「どうかお願いします!」
「なんで私たちが? 署名なんだから強制じゃないでしょ」
「それは、そうなんですけど……」
ネクタイの色を見る限り先輩のようだった。しかも、女の先輩が複数人。うっ、なんというか怖い。
相手が年上ということもあり、変に緊張してしまう。でも、ここで怯んだら全てが水の泡だ。黒炎くんと一生会えないなんて、死んでもいやだ。
「って、黒炎君の署名なの? なら早く言いなさいよ」
「え?」
署名の紙をパシッ! と取られた。サラサラと名前を書き、私に渡す先輩たち。
「私たちは話す機会はなかったけど、黒炎君のファンクラブ会員なの。あんなにイケメンな後輩が学校を辞めるなんて嫌だもの」
「先輩……ありがとうございます!」
私は何度も深深とお辞儀をした。
あぁ、黒炎くんのことなのに自分のことのように嬉しい。紅炎さんはああ言ってたけど、柊家なんか関係なく、黒炎くんは黒炎くん自身として必要とされてるんだ。
非公認とはいえ、生徒の中には黒炎くんのファンクラブの人もいる。
これは思ったよりも時間かからないんじゃない? と、この時の私は本当に甘い考えをしていたと今になって思う。
上手くいったのは初日だけだった。それ以降、声をかけても無視をされ、署名の紙すら受け取ってはもらえなかった。
そう世の中、簡単にはいかない。これが現実だと今になって思い知らされた。
一部では、黒炎くんが柊グループの子供ではないかという噂まで流れ始めた。私は黒炎くんが隣にいないことで卑屈になり、落ち込み始めた。
頑張ろうって決めたのに……会えないことでこんなにも弱くなってしまうなんて。私は黒炎くんがいないと駄目なんだ。
けれども、毎日のように署名活動は行った。だけど、なかなか思うようには行かず、残り一週間となってしまった。
「うぅ……」
正直、泣きそうだった。朝だけじゃなく、昼休みも放課後も署名活動をしてみたけれど、一人だとやっぱり影響力はないようで。誰も手伝ってはくれない、そう諦めかけていたとき。
「その紙を一枚貸してください」
「え、かい……」
目の前にいたのは会長だった。今は受験勉強で忙しいはずじゃ……どうして、ここに。
「泣くのはまだ早いですよ。諦めるなんて貴方らしくもない。……どうして頼らないんですか」
「だって、一人で……それに会長も忙しいと思って」
放課後。私は校門近くで泣いた。一人で心細かったんだ。こんな場所で泣くなんて、みんなに見られるのに今は泣かずにはいられない。
会長の優しさに触れ、涙は一向に止まらない。
「一人でしろと言われたんですか。言われてないなら、僕に助けてって一言言えばいいんです。忙しいなんて、それは僕が決めることです」
「……」
事情を何故知っているのかはわからない。だけど、この署名と黒炎くんが学校に来てないことで恐らく察したんだろうと思う。
確かに紅炎さんに試練を言われたとき、一人でやれとは言われていない。私が勝手に決めつけていただけだ。
これは、もしかして私への試練でもあるのかな。ときには誰かに頼り、協力してもらうこと。人は一人では生きていけない、支え合うことも大事だと。
「名前を呼んでくれませんか。貴方はいつも自分のことを堅物会長だの会長と呼ぶので。……いつからか黒炎も自分のことを名前で呼ばなくなったので」
それ、今重要なことなのだろうかと疑問には思ったけれど、黒炎くんから呼ばれなくなったことが原因かどうやら私には名前で呼んでほしいみたい。
「私、告白を断ったのに……ひどく傷つけたのに、それでも手伝ってくれるんですか?」
「そんなこと、今は関係ありません。それに貴方は言ったでしょう。これからも友達でいたいと。だったら頼ってください、友達である僕を」
手を差し出された。告白を断った時は寂しそうな顔をしていた。ハロウィンのときだってそうだ。だけど今はなんだか嬉しそうだ。
「……はい。紅蓮会長、お願いします。黒炎くんが別の学校に行かないように協力してください!」
「その言葉を待っていました。わかりました、友達の頼みなら喜んで聞きます」
私は握り返す。友達である紅蓮会長の手を。私は心強い友達を持った気がする。今は紅蓮会長に感謝の言葉を心から送りたい。
「やっぱり冷えるなぁ……」
ハァーと息を吐くと白いものが空へと舞う。季節は冬、そして今日はクリスマスイブ。
紅炎さんから試練を言い渡されて、期限の日。皮肉にもイブという日なのが悪意を感じる。
私は寒空の下、ベンチに一人座っていた。クリスマスツリーとイルミネーションであたりは彩られており、まわりはそれを見るためにカップルで溢れている。その中で一人というのはとても目立つ。
私はというと、紅蓮会長のお陰で昨日の放課後、無事に全校生徒の署名を集めることができた。
残り一週間という短期間で、会長はあらゆる場所に署名に対する内容の張り紙を貼り、私と一緒に時間が許す限り、署名活動を手伝ってくれた。
最終的には、全校集会を開き全校生徒を前に演説までしてくれた。急な集会にも関わらず、生徒は誰一人として嫌な顔はせず、紅蓮会長の話を聞いた。これは紅蓮会長の人望あってこその成果だと思う。
さすがに紅蓮会長一人に任せっきりではいけないと、私も集会で演説をする羽目にはなったのだけど。あれは凄く恥ずかしかった。
だけど、これは私がやらなければいけないこと。けど、あんな風に全校生徒を前に話すことはこれから先はないと信じたい。
私はノルマを達成出来たけれど、黒炎くんはどうだったんだろう。二人が試練に合格していないと紅炎さんは認めてはくれない。でも、私は黒炎くんのことを信じている。
今はせっかくのイブだしと一人出かけてみたものの、これは……うん、帰りたい。さっきからカップルが私のことをジロジロ見ているし。
私が帰ろうと立った途端、ピコン! とスマホの音が鳴る。
『ただいま』
内容には書いてなく、件名にそう一言かいてあった。それは紛れもなく、黒炎くんからのメッセージだった。私は嬉しくて、メッセージを何度も読み返そうとした。すると、遠くから「朱里!」と聞きなれた声が私の耳を刺激した。
「黒炎くん!」
私は駆け足で、黒炎くんの側に行った。まわりの目なんか気にしない。私たちは抱き合った。それは一ヶ月ぶりの再会。
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