俺が中学生になったばかりの頃。家に帰ると会長が呆然と玄関にただ立ち尽くしていた。
「紅蓮、どうし……」
「美羽姉さんが……病院からいなくなったって」
「え?」
ある日、病状が悪化した美羽さんは病院に入院していた。入退院を繰り返していたものの、もう余命が近いと宣言され、先月からは病院での療養を余儀なくされた。
だけど、そんな美羽さんは今日病院から忽然《こつぜん》と姿を消したそうだ。
頭を鈍器か何かで殴られたような衝撃だった。しかも、主治医と一緒にいなくなったらしい。その日から警察が動き、捜査が疑われたが、結局、美羽さんの足取りは一切掴めず、迷宮入りとなったのだ。
俺はまた家族を失った。守れなかった……命の恩人を。涙は止まらず毎日泣き続けた。母が亡くなったときのように。会長はそんな俺を抱きしめてくれた。
「黒炎、僕が君を守る。一人で養ってみせるから。……僕たちは二人で生きていくんだ。次に美羽姉さんに再会したとき、僕たちの成長した姿を見せられるようにしよう。美羽姉さんを守れるくらい強くなったよって言えるように」
「紅蓮……」
会長のほうが俺よりも辛くて悲しいはずなのに、どうしてそんなに強くいられるのだろう。それなのに俺はこんなにも弱くて非力だ。自分自身が情けなく感じた。
それから半年が経ち、会長が書いた小説は大賞を取り書籍化された。その後、コミカライズ(マンガ本)、中にはアニメ化されるものまであり、瞬く間に有名となった。小学生の頃から小説を書いていたらしく、元々は応募するつもりで書きためていたらしい。
美羽さんの失踪後、書き殴るようにひたすら文章を書いていたことを俺は知っている。会長は誰よりも努力をしていたんだ。
会長の言葉通り、俺を一人で養えるようにまでなったのだ。俺はそんな会長を尊敬した。ちなみに中学二年の頃から生徒会長をしていたから、今ではすっかり癖になって会長呼びだ。
それなりお金が貯まり、俺たちは別々に暮らすようになった。俺は自分になにか出来ることはないかと探し、会長のマンガの背景を描いたりアシスタントをするようになった。
手伝っているけど、会長から給料を貰ってるわけだし、これだと恩返し出来てない気がする。けど、自分でそれなりに料理を覚えた俺は会長に手料理を振る舞うようになった。
会長は一人だと、意外にも食事も服装、その他に関しても無関心だ。いつでも来ていいようにと、別々で住むときに会長の家の合鍵をもらった。
締切前なんかは、ほとんど何も口にしていないらしく、それが心配になって俺が料理を覚えたってわけだ。もちろん一人暮らしで食費を浮かせるのも理由の一つだが。
「会長が好きそうな本でも買っていくか」
俺は学校帰り、本屋に寄ろうとした。
あの日、家を出てから今まで父親が連絡をとってきたことはない。テレビにも俺の名前は報道されなかった。父親にとって、俺は結局その程度の存在だったんだろう。
俺が小学生の頃に住んでいた家はなくなり、今はどこかで暮らしていると風の噂で聞いた。きっと兄貴が仕事を手伝って、昔よりも大きな家に住んでるに違いない。
そして、この日、俺は出会ってしまったんだ。
「ギャルゲー攻略本……」
本屋でふと目に入った一冊の本。中には二次元の美少女たちがたくさん写っていた。最初は会長のマンガの参考になるかと思ったが、何故かこのときは俺自身が惹かれてしまったのだ。
俺はギャルゲーソフトを買いにゲームショップに行った。
「おや、初めて見る顔だね。なにをお探しなのかな?」
「この攻略本に載ってる……」
「あぁ、それならこのギャルゲーだよ」
「じゃあ、それをお願いします」
そして、勢いで購入したのが「〜くんのこと大好き! って簡単に言うと思った?」というタイトルのギャルゲー。それが俺が初めて購入したものであり、アカリにハマるキッカケになったものだ。
俺は家に帰るや否や、ギャルゲーを始めてみた。そこには、俺が見たこともない世界が広がっていた。みんなが笑顔で、幸せそうな世界。
その中でも主人公と同級生で同じクラスの黒崎アカリはクラス委員長だが、ツンデレで主人公になかなか素直になれない女の子。けれど、デレた姿は男心をくすぐる。
俺はアカリに一目惚れしたんだ。一瞬でギャルゲーの虜になった俺は、その日を境にその手のギャルゲーを買い漁った。
正直、今まで自分が本当にしたいこと、好きなことは特になかった。ようは一つのことに熱中するような何かが見つからなかったのだ。
会長のアシスタントをしていても、それはあくまでも仕事と割り切っていた。生きるためにはお金を稼ぐのは必要。
それに家を出てからはそんなことを考える暇はなかったしな。あのまま家に残っていれば、柊グループとして決められたレールを歩くだけ。たしかにそれは悪くないかもしれない。
けれど、俺にとってそれは本当にしたいことではない。だけど、俺は見つけたんだ。自分の道は自分で決め、切り開くんだとこのギャルゲーをして学んだ。
だが、一人暮らしを始めると時より寂しさと孤独感に襲われた。母親の死と美羽さんの失踪が頭の中をかき回す。父親が俺を柊グループに連れ戻そうとする悪夢を見たりもした。
おそらく、それの影響だろう。
自分だけの世界を創り、殻に閉じこもるようになったのは。アカリを二次元の存在ではなく、実在の人物として見るようになった。いつも俺の側にいて、支えてくれる。
話しかけてくれることはないとわかっていても、俺にだけは声が聞こえる。そうすると、何故だが心の安定が保てるようになった。
一人でいても寂しさに駆られない。むしろ、アカリといるから大丈夫なんだと思うようになった。
ギャルゲーをしてる間、アカリのことを考えている時は辛いことを全て忘れられた。
それから数年が経ち、俺は会長と同じ高校である星ヶ丘学園の入学を決めた。自分(会長)の目の届く範囲だと心配がないからと言われた。俺が知らないとこで、いつの間にか“ 堅物会長”というあだ名で生徒から呼ばれているとか。
自分と接点があると被害が及ぶから極力、学校では知らないふりをしてほしいと予め言われていた。
そのため、会長とは他人のように接することを決めていた。まさか高校になっても、会長とこんなに関わりを持つなんて思わなかったけどな。
そして、高校生の春……俺は朱里と再会した。
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