「貴方は僕にとって運命の人なんです。友達からなんて優しい言葉は言いません。……付き合ってください」
手をギュッと握られる。それはとても力強くて……。
「あの、私にとって運命の人は私が決めます。あと前にも言ったと思うんですが、私は黒炎くんのことが……」
「会長、俺の大事な幼馴染をなに口説いてるんですか」
後ろにあたたかい熱を感じる。少しだけ懐かしい声が私の耳をくすぐる。
「こ、黒炎くん!?」
そこには、いるはずもない黒炎くんがいて……私のことを後ろから抱きしめてくれている。
「柊黒炎、合鍵をこんなときに使用するのは控えてください」
「“こんなとき”だからこそ使ってるんです。さっきのメールはなんですか。別に貴方が自分の家で何をしようが構わないけど、朱里になにかするって言うんだったら話は別です。会長、貴方のことを嫌いになったりしません。会長にはお礼をいくら言っても足りないくらいなんですから。でも、朱里に手を出すのだけはやめてください。……ほら朱里、行くぞ」
「え……う、うん」
グイッと腕を引っ張られ、会長さんの家をあとにする私たち。
黒炎くんと会長さんの関係がどの程度なのか未だによくわかっていないし、二人だけがわかる話に私は半分以上ついていけず、その場を動けずにいた。
「柊黒炎、貴方はまだ“大事な幼馴染”で通すつもりなんですね……。それが相手をどれだけ傷つけているかも知らずに」
ドアが閉まる直前、会長さんが儚く切なそうな表情が頭から離れなかった。
* * *
「朱里。何もされてないか!?」
とある公園で肩に心配そうに手を乗せる黒炎くん。
「何もされてないと言ったら嘘になるけど……って、痛いよ黒炎くん」
「わ、悪い。その様子だとキスとかはされてないんだな。……朱里が無事で本当に良かった」
手の力を緩めたと思ったら、私の身体を抱きしめる黒炎くん。あぁ、黒炎くんの匂いだ。すごく落ち着く……。
「キスはされてないよ。でも、私のことを本気で好きなんだって気持ち伝わってきた。だから申し訳なくて……」
「それは別に好きなやつがいるってことか?」
「う、うん……。あと、ありがとう。助けに来てくれて。大事な幼馴染としてでも凄く嬉しかった」
「今のっているってことでいいのか? ……うっ」
胸あたりを押さえながら黒炎くんはその場にしゃがみこんだ。
「ちょ……! 黒炎くん大丈夫!?」
「あ、ああ。心配してくれてありがとな」
私は黒炎くんを支えつつ、ベンチに腰かける。
「朱里に好きなやつがいるってわかったら、なんだかこの辺がこう……痛みが走って、なんだろうな」
「えっと……」
もしかしてヤキモチってやつなのかな。幼馴染を取られるのが嫌みたいなこと?
黒炎くんはアカリちゃんのことが好きなわけだし、思いつく理由はそれくらいしかない。
「それと朱里、怒ったりはしないが今度から一人で男の家に行かないようにな。俺は幼馴染だから別としても、他の男の家は危険だ。何をされるかわからない」
「会長さんとのお出かけは行き先決めてなくて……って、黒炎くん、なんだかお父さんみたい、ふふっ」
「俺は本気で心配してるんだからな」
黒炎くんは照れてて、ソッポを向いてしまった。本当は過保護に心配してくれる黒炎くんの言葉はとても嬉しかった。
「あ、そうだ。会長さんって人気作家の神崎紅先生だったんだよ。黒炎くん、知ってた?」
「朱里……さっきのことがあったばかりでもう会長の話か。って、会長はそんなことまで朱里に話したのか。知ってるも何も俺は……て、手伝ってるんだよ」
「え? 今、なんて?」
後半につれてだんだんと声が小さくなる黒炎くん。なんて言ったかわからない私は、思わず聞き返してしまう。
「俺は会長のとこでアシやってんだよ。それで給料なんかも貰って今のアパートに住んでんだ」
「アシ……アシスタントってこと!?」
「会長は学校の奴らには、神崎紅の正体が自分だと幻滅させるからって口止めされてたんだ。夏休み前日に連絡取れなかったのも背景とか描いてたんだよ」
ポカンと口が開いたままの私。会長さんが神崎紅先生だって言うのにも驚いたけど、まさか黒炎くんがそれを手伝ってるアシスタントさんだったなんて、これまた驚きの連続だ。
「朱里、口開いてるぞ。……って、もうこんな時間か! やべぇ、時間過ぎたらまた言われちまう」
「黒炎くん、時間ってなんのこと?」
「色々、口実作って朱里を助けに来たんだ。抜け出したのがバレたらまずいことになるんだ。詳しくは言えないが、また夏休みが終わったら学校で話そうな!」
黒炎くんはベンチから立ち上がり、どこかに行こうとしていた。
「あ、それから会長とは……先輩と後輩までの関係で接するならいいぞ。なんか、それ以上の関係になるとよくわからないが俺の心がイライラする……じゃあ、またな!」
「う、うん」
ヒラヒラと手を振り、去っていく黒炎くん。
抜け出したのがバレたらまずいって、今は一体どこにいるんだろ。だけど、私が会長さんと仲良くするとイライラする……なんて、そんな嬉しい言葉をもらったら嫌でも顔がニヤけてしまう。
これって、少しは進展したってこと?
「よし、決めた! 私、黒炎くんに告白する!!」
会長さんに影響されたのかもしれない。どんな結果になっても気持ちを伝えることは大事だって今回学ぶことができた。
夏休みが終われば文化祭に体育祭と盛り沢山なイベントが待ってる。やっぱり後夜祭ってので告白するのがロマンチックだよね! って私ってば、はしゃぎすぎかな。
でも、まずは会長さんにしっかりと断らないと。話はそれからだ。
「頑張るぞ〜!!」
私は立ち上がり、その場で叫んだ。すると近くにいた奥さま方に変な目で見られてしまい、恥ずかしかった。
ーーー暑い夏休みが終わり、二学期が始まろうとしていた。
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