「……今日はゲームのアカリじゃない。幼なじみの朱里と夏祭りだもんな。ほら、行こうぜ!」
黒炎くんが“ゲームのアカリちゃん”って発言をするなんて珍しいな。何があったのかな? ってボーッと上の空だった私の手をグイッと引っ張る。
「ちょ……黒炎くん、私浴衣!」
わっとバランスを崩しそうになる私を優しく支える黒炎くん。
「危ね! 悪い、久しぶりのイベントごとに羽目を外しすぎた。大丈夫か?」
「うん、大丈夫」
転けそうになった私の身体を引き寄せ、怪我の心配までしてくれる黒炎くん。上を見上げると黒炎くんの顔が凄く近くて、私の顔はどんどん真っ赤になっていく。
こんなにも黒炎くんが近いなんて、絶対心臓がバクバクしてる。あれ……これ私の鼓動じゃ、ない? じゃあ、もしかして……。
「怪我もないみたいだし安心した。……ゆっくり歩きながら行くか」
「そ、そうだね」
今のって、黒炎くんもドキドキしてたってこと? そんなことあるわけない。
だって、黒炎くんの好きな人はアカリちゃんなのに。だけど、もし今のが本当にそうだとしたら……あぁ、勘違いするのはいけないことだってわかってるのに。
鼓動のスピードおさまれ……平常心、平常心と心の中で呟きながら歩く私だった。
「朱里はまず何から食べたい?」
「んー、タコヤキかな。次は焼きそばに唐揚げに……」
「ぷっ……ははっ。朱里は食い物ばっかだな」
私が食べ物ばかりを口に出すと黒炎くんはお腹を抱えて笑い出す。途端に恥ずかしくなった私は「わ、悪い?」と照れながら返す。
「夏祭りは食べ物だけじゃなくて金魚すくいや射的だったり他にもあるだろ? ってことだ。そんなに腹減ってるんだなと思ったら、つい笑いがこみ上げて来たんだ」
「それにしたって黒炎くん笑いすぎ!」
もう! と言いながら、私は黒炎くんの胸を軽く叩く。
「悪い悪い。まぁ俺も腹減ってるのは同じだし、この際、腹いっぱいになるまで食べるのもアリかもな」
「それ、食べ歩きみたいでいいね! 楽しそう!」
「よし、やるか」
こうして私たちはお腹いっぱいになるまで食べ歩きをすることにした。
小さい頃もこうやって黒炎くんと夏祭りを楽しんだ気がする。あの時は夜は危ないからって親も一緒だったけど、それでもいい思い出だったことは覚えている。
「ん、このタコヤキ美味いな。朱里も食うか? ほら」
「え、えーと……」
何故か、黒炎くんからあーんをされている。恥ずかしいけど、ここで断ってもなんだか変な空気になっても嫌だし。
「モグッ。んー、確かにフワフワだし美味しい!」
「だよな!」
黒炎くんは気にしていない様子だった。相変わらず鈍感なんだなぁ〜。そういうちょっとした態度が女の子を勘違いさせたりするのに。だけど、タコヤキは本当に美味しかった。
「やっぱり夏祭りといったら射的だよな!」
「え、そうなの?」
私は、ハトが豆鉄砲を食らったみたいにポカンとした。
「銃ってなんかカッコ良くないか? ゲームだとよくやるけど、現実だとなかなか触れる機会なんてないからな。先に射的してもいいか?」
黒炎くん、そういうジャンルのゲームもするの、なんか意外。勝手にギャルゲー一筋って思ってたから。これは私の偏見だけど。
目がキラキラしてる。黒炎くんにも子供ぽっいところはやっぱりあるんだね。
「わかった、いいよ。ただ、私は出来ないから見てるだけになるけど」
「じゃあ、欲しい景品があったら朱里にやるよ。ただ、リアルで射的は初めてだから上手く出来るかわからないけどな」
「ありがとう」
☆ ☆ ☆
「取れなかった……」
「黒炎くん、大丈夫だよ。ああいうのは慣れっていうし、次は上手くいくよ」
私は、しょんぼりしてる黒炎くんを慰めていた。結局、射的は難しかったようで一度も景品は取れずじまいだった。
だけど、なんでもできる黒炎くんにも出来ないことがあってちょっと嬉しかった。だって、凄く悔しがってる黒炎くんはなんだか可愛かったから。
「ゲームで練習して来年こそは朱里にカッコいいところ見せてやるからな!」
今でも十分カッコいいのに。って、そこは現実じゃなくてゲームで練習なんだね。でも、そういうところは、いつもの黒炎くんらしいね。
「うん、楽しみにしてる」
黒炎くんは気にしてないかもしれないけど、“ 来年こそ”って言葉が私はとても嬉しく思えた。
だって、来年もこうして黒炎くんと夏祭りに来るってことだよね?
来年も黒炎くんと夏祭りを楽しめますように……と私は神様にお願いした。これは、ほんの小さな願い事。
それから焼きそばと唐揚げを食べると思ったよりもお腹は膨れて、おかず系はもう限界だった。
口の中を甘い物で満たしたくなった私はチョコバナナを食べながら、黒炎くんと会話をしていた。
立ちっぱなしも足が痛くなるので、今は椅子に座っている。
「あれだけ食ったのにまだ入るのか?」
「甘い物は別腹なの」
「確かにそれもそうだな。それにしても朱里は本当になんでも美味しそうに食べるよな」
「だって本当に美味しいだもん! って、それ褒めてるの?」
「褒めてる。他にどんな意味があるんだ?」
黒炎くんは不思議そうに私を見ていたけど、私には、あんまり食べると太るぞ的な意味に聞こえた。まぁ本人はそんなこと思ってもいないみたいだけど。
でも、食べすぎちゃった。これは後々響いてきそうでこわい。今日はいいけど、明日から少しは運動して痩せなきゃ。
「朱里、チョコ垂れてるぞ」
「え?」
話しながら食べていたせいでチョコが浴衣に垂れた。しまった、やらかしてしまった。せっかくの可愛い浴衣がこれじゃあ台無し。
「ハンカチ濡らしてくるから、ここで待っててくれないか」
「うん、わかった」
黒炎くんは立ち上がり、ハンカチを濡らしにその場からいなくなった。一人ポツンと残された私。黒炎くんは相変わらず私を気にかけてくれてるんだなぁ。
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