朝食のトーストを、もっそもっそ、はむはむ。今朝は昨日の残りのクラムチャウダーがあるから、ちょっと豪華。
アメリが対面で色々話しかけてくれているものの、申し訳ないけれどあまり頭に入ってこないので適当な相槌。私は、なんでこうも朝が弱いのか。ふわあ……。
例によって八時をすぎると、頭がしゃっきりしてきましたよ。洗い物を片付け、アメリと一緒に歯磨き。
ニュースをざっとチェックして、LIZEを起動。まあ、真留さんは出社前だからまだ返事が来てるわけないけれど、優輝さんたちから何か来てるかもしれない。
……あれ? 芦田さんからだ。初旬に珍しいな?
芦田さんはいつもお世話になっているアシスタントさん。ただ、彼女は彼女で私が作画に入る前は別の仕事をしているはずだから、この時期にメッセージをよこすのは珍しい。
「先生、おはようございます。最近アメリちゃんの写真、送ってくださいませんね?」
はうあ! そう来ましたか……。
何しろ親バカなこの私。生前のアメリの写真をよく送っていたのだけれども、アメリが転生して以降はぱったり送らなくなってしまった次第で。もう四ヶ月もこの私がアメリの写真を送っていないのだから、不思議がられてもしょうがない。
さあ、困った。既読が付いてしまったから、しらばっくれるわけにもいかない。どう答えたものか。
芦田さんとは七年のお付き合いで、仕事ではとても信頼できる人だけれども、彼女の住まいが熊本と遠いこともあって仕事以外の付き合いがなく、どのぐらい口の固い人なのかがちょっとよくわからない。
「おはようございます、先生」
はあう! 既読に気づかれましたか……えーと、どうしよう。アメリが入院したことにする? いや、四ヶ月は無理があるな。
「おはようございます、芦田さん」
とりあえず、挨拶だけ返しとこう。
「アメリちゃん、最近見せてくださらないですけど何かあったんですか?」
その話題になりますよねー。うーん、虹の橋を渡ったと言う? いや、これも無理があるな。私の様子がアメリを喪ったにしては明るいし、何より最近の話をどうやって描いてるんですかって、絶対ツッコまれる。
えーと……そうだ!
「いやー、今まで一方的に送りつけて、ちょっと空気読めてなかったと反省しまして」
く、苦しい。我ながら言い訳が苦しい。
「そんなことないですよ! いつも楽しみにしてたんですから!」
ありがとうございます。でも、そのお言葉が今は辛い。
退路を一つ塞がれてしまった。どうする、どうする……?
「すみません、急に頭痛が……!」
「大丈夫ですか!?」
「少し、横になります」
「お大事にしてください」
うーん、仮病が心苦しい。でも、少しシンキングタイムをください……。
「アメリー、どうしよう。芦田さんから最近アメリの写真見せてくれないって言われちゃったよ」
背後を振り返り、当の本人にぼやく。
「おお? アメリの写真いっぱい撮ってるよね?」
そりゃ、今のアメリの写真は衣服を新調するたびに、アホみたいに撮りまくってますけれども。それを見せるわけにいかないから困っているのですよ。
こういうとき、持つべきものは同じ境遇の友。というわけで、おなじみのメンバーのグループチャットにこの問題を書いてみる。芦田さんのとこは何か新メッセージにうっかり既読付けたらまずいから、踏まないように気をつけないと。
「おはようございます。それは困ったことになりましたねー」
最初に反応したのは優輝さん。
「ミケちゃんのとき、どうされてました?」
「うちですか? うちは、今メン以外には普通に虹の橋を渡ったって伝えてましたね。逆に、今メンにはさっさと白状しちゃいました」
なるほど。
「おはようございます。わたしの場合は、職場を退職して以来あまり元同僚との交流もなくなってしまったので、担当さんぐらいしかクロちゃんのことは話していませんね。あまり参考にならなくてすみません」
続いて入ってきたのはまりあさん。ふーむ、そういうものか。言われてみれば、私も学生時代の同級生とは割と疎遠だし、りんちゃんとも、たまに話すぐらいだものね。そして何より、同じ作家業といえど、一人で全作業を行っているまりあさんとは状況が異なる。
その後、残りのかくてるの皆さんも入ってきて、やいのやいのと解決策を考えるものの、三人寄れば文殊の知恵とはなかなかいかず。
「おはようございます」
白部さんイン! 待ってました、専門家!!
「おはようございます。上記のような状況なのですけど、やはり専門家から見て、ばらすのはまずいですか?」
「うーん……。まず最初に前提として、医者というのはリスクをすごく嫌うんです。ですので、それを踏まえた上で言わせていただくと、おすすめできないとしか。猫耳人間という存在が世間に知られたとき、どうなるかまったく予測がつかないので……」
「では、研究者としてではない白部さん個人としては、どう思われますか」
「そうですね……。ご相談いただいたところを突き放すようで恐縮なのですが、やはり私たちの中で芦田さんのお人柄を一番ご存じなのは猫崎さんですから……。やはり、猫崎さんが最も正しい判断ができるかと思います」
ですよねー。ごもっともな正論に、返す言葉もない。
「わかりました。やはり自分で判断を下そうと思います。皆さん、ご相談に乗っていただきありがとうございました」
お辞儀猫スタンプとともに話を締めくくる。
肚は決まった。では、判断をどうするか。
そもそも、私は嘘が上手な人間ではない。真留さんにアメリのことがばれたときの有様から、それは明らか。
ならば、答えはもう出たようなものだ。
「お待たせしました。ご心配をおかけしました」
芦田さんにメッセージを送る。
「先生、もう大丈夫なんですか? 良かったです!」
うう、仮病で心配させてごめんなさい。
「アメリの写真を送らなかったことについてなんですけど……。突拍子のない話に聞こえるかもしれませんが……」
猫アメリの死、そして今に至るまでを、証拠写真付きで伝える。
彼女は少し無反応で固まっていたけれど、証拠写真があっては真実と受け入れざるを得ない。
「その……驚きました。あのアメリちゃんが……」
「隠し立てしていてすみません。信頼していなかった証拠ですよね」
「いえ、そんな! これは、隠しててもしょうがないですよ!」
「ありがとうございます」
思えば、アメリを気にしてメッセージをくれるような人が、アメリにとってマイナスになるようなことを吹聴して回るわけがない。私も、まだまだだな。
ふうー……と、深いため息を吐く。
「アメリー、私も未熟だねえ。長年のパートナーを信頼しきれてなかったよ」
「おおー? おねーちゃん、落ち込んでる?」
アメリがとてとてと寄ってきて、頭を撫で撫でしてくれる。
「ありがと。あ、これ一枚撮らせて」
アメリによしよしされている図を自撮りし、芦田さんに送るのでした。
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