先日、アメリの検査日の夜のこと、提出したネームの軽いリテイク要求が来たので修正中、角照さんから電話がかかってきて「うちの状況もほぼ片付いたので、明日の夜六時からバーベキューパーティーをいかがですか?」とお誘いを受けた。
まりあさんにもその旨伝えたところ、特に予定もないのでと快諾をいただき、角照さんたちのお宅のお庭に、アメリやまりあさんたちと一緒にお邪魔しています。ちなみにネームは修正して再提出してあり、返事待ちの状態。
「バーベキューなので、かしこまった服装でなくていいですよ」
との角照さんの言葉に従い、私は白Tにデニムといういささかラフな格好。まりあさんはフォーマルというほどでもないけれど、初対面の相手ということでそれなりにきちんとした姿をしている。
アメリとクロちゃんはいつ誰に猫耳と尻尾を目撃されるかわからないので、いつもの姿だ。
角照さんたちとミケちゃんも、初めて見たときに近い外見でグリルを囲んでいる。
「えー、本日はお日柄も良く……うーん、ガラじゃないな。えー、あたしたちがこの街に越してきたことで、猫耳人間三人とその保護者が一堂に会するという機会に恵まれました。それを祝して、今日は飲み、食べ、楽しみましょう!」
角照さんがビールの入ったプラスチックカップを掲げると、角照さんサイドもカップを掲げ、「おー!」と声を上げる。私とアメリそしてまりあさんも、ノリよく「おー!」と続く。クロちゃんは、まりあさんの影に隠れてぼそりと「おー……」と、小さくカップを掲げた。
私は普段あまりお酒は飲まないけど、飲めないわけでもないのでビールを注いでもらっている。まりあさんも同様だ。子供たちは、アメリがコラ・コーラ、ミケちゃんとクロちゃんがオレンジジュースをカップに入れてもらっている。黒髪長髪の木下由香里さんは下戸らしく、飲み会における下戸御用達アイテムである烏龍茶。
「カンパーイ!」
角照さんの音頭取りで、木下さんが肉と野菜を焼き始める。バーベキューグリルの他には木の折りたたみテーブルがあり、今回は立食パーティー。
「それにしてもすごいですね、バーベキューグリルとかわざわざ今日のために買ったんですか?」
「あ、いえ。あたし、趣味の一つにキャンプがあって。これ以外にも、色々アウトドア用品持ってますよ。たまに、みんなを誘って色んなところへ行くんです」
なるほど、今明り取りに使ってるランタンなんかも角照さんの私物か。やたら大仰なバンに乗ってるのも得心がいった。
「キャンプするのはいいんですけどね。彼女も呑むじゃないですか。いっつも帰りはわたしが運転させられるんですよ」
木下さんが溜息をつくと、角照さんがまあまあとなだめる。初対面のときから思っていたけれど、どうにも木下さんは苦労性の嫌いがあるらしい。今も調理係担当してるし……。
まりあさんは、ポニテの斎藤久美さん&眼鏡の松平さつきさんと楽しそうに談笑している。さすがまりあさん、斎藤さんの地雷を踏まない危機回避能力の高さ……!
あ、斎藤さんといえば。
「斎藤さん」
まりあさんと談笑していた輪に入り、彼女に話しかける。
「すごく素朴な疑問なんですけど、初めて会ったとき私にマイナンバーカード見せたじゃないですか。運転免許証じゃなかったのはなんでかなって思いまして」
本当にどうでもいい疑問だが、気になると尋ねずにはいられないのが私の悪い癖。
「あー、理由は単純。ウチ、免許証もってねーの。だって、呑んだら車運転できないじゃん? ウチがどっちか取れって言われたら、酒取るもん。運転代行業者頼んでまで、呑む気になれねーし」
あのときのことを思い出させて気分を害してしまうかとも思ったけど、からからと笑っている。ほっ。
しかし、呑みたいから運転免許取らないとか、どこまでお酒が好きなんだろうこの人……。
「まあ、今までは自分が姉さんの足代わりやってたっすからね」
松平さんが会話に入ってくる。
「へー、お二人はご近所だったんですか?」
「そそ。ウチとこいつ、超近所だったの。それで昔から仲良くてね。優輝と由香里は、ウチらが高校のときネットで知り合ってさ。意気投合してゲーム作るようになったワケ」
早くも、二杯目のビールを手酌する斎藤さん。
「まーこいつとは進路が違ったから、大学に進んだら少し付き合い減ったけど。ただ、家は二人とも出る必要なかったんで、そっちでリアルの付き合いは続いてたね」
へー。
「神奈さん。この方たち面白いですねえ」
くすくすと笑っているまりあさん。
「なにか、面白い話でもしてたんですか?」
「いや、自分ら普通に自己紹介して世間話してただけなんすけどね。カップ半分ぐらい空けたら、宇多野さんずっとあんな感じで……」
なんとまあ。笑い上戸だったのか、まりあさん。
「ていうか、宇多野さんあれで三十っすか? お若いっすよねー」
ほんとにね。全然くたびれた感じがないもの。
「そういや、猫崎サンっていくつ?」
う。斎藤さん、苦手な質問を……。まあ、女同士の集まりで見栄張ることもないか。
「今年で二十七になります」
「えっ! 年上じゃん! いや、ですか! すみません、今まで失礼を……」
「いえいえ! いいんですよ! 私そういうのあまり気にしないんで、フランクにお願いします。なんか調子狂っちゃうので」
「そう仰……いうなら、じゃあこのままのキャラでいかせていただ……いや、いくんで」
いやー、意外だな。斎藤さんそういうの気にするタイプだったんだ。
「意外だなーって思ってるっすね?」
松平さんがムフフとほくそ笑む。
「いや、あのそういうわけでは……」
「隠さなくていいっすよ。姉さんこう見えて、柔道の有段者なんす」
「えっ!?」
あまりにも意外な話に、今度こそ本気で驚く。
「なもんで、これでけっこー上だ下だにはうるさいんすよ」
「まあ、そういうこと。猫崎サン漫画家だよね。これ見たらわかるんじゃねーかな」
彼女が自分の耳を指差す。少々暗いけど、目を凝らしてよく見ると、たしかに格闘経験者特有の餃子耳!
「ほんとだ、餃子耳ですね」
私の言葉にこくこくと頷き、三杯目のビール。すごいハイペース……。それなのに、まるで酔った気配がないのがさらにすごい。
「やっぱり耳見たら納得したっすね。自分らみたいな絵描きって、観察癖ついてるっすからねー」
松平さんもうんうんと頷き、二杯目のビールを注ぐ。
「松平さんも絵を?」
「自分と由香里ちゃんはグラフィッカーっす。基本、自分が人物描いて、由香里ちゃんが背景とかモブ担当、あと全体の管理っすね。ちなみに姉さんが音楽・音声全般と宣伝動画の編集、優輝ちゃんがシナリオとかスクリプト担当っす」
「スクリプト……っていうのはなんですか?」
「あー、優輝ちゃんが猫崎さんはゲームやらないって言ってたっすね、そういえば。ざっくり、コンピューターのプログラムみたいなもんだと理解してもらえればOKっす」
へー。話も賑やかになってきたところで、宴もますますハイテンションになっていくのでした。続く!
読み終わったら、ポイントを付けましょう!