帰宅後。真留さんのチェックも通ってひと安心な午後のひととき。アメリとお絵かき遊びなう。
そんなとき、真留さんといえばと、ふと彼女に関して大事な話をするのを忘れてたのを思い出す。
「ちょっとごめんね」
アメリに一言断り、スマホを手に取りLIZE起動。
「こんにちは。以前お約束したお食事の件なんですけど、次の打ち合わせの日、うちにお昼にいらしませんか? 腕によりをかけて作りますよ!」
さすがに、私のような在宅ワーカーと違ってお忙しいのか、既読すらつかないな。ま、そのうちお返事あるでしょ。
あとは何か……。あ、そうだ。
「アメリー。補助輪なしで自転車乗るの挑戦してみない?」
「おお? 補助輪ってあの小さい車輪だよね?」
互いにクレヨンを置く。
「うん。私やクロちゃんみたいに、あれなしで乗れるように頑張ってみない?」
「やってみたい!」
うんうん、相変わらず向上心が強いですねえ。
「よし。じゃーさっそくやってみよっか。もっかい外着に着替えてね」
「おおー!」
私は私でクローゼットから工具箱を取り出し、レンチを手にする。服は……スウェットでいっか。上にテキトーにコート羽織りましょ。
◆ ◆ ◆
「さて、アメリちゃん。自転車はなぜ、この二輪で倒れず走れると思いますか?」
庭で、補助輪を外したケイティちゃんサイクルのサドルをぽんと叩き、クイズを出す。
「おお? なんでだろ……?」
考え込んでしまう彼女。
「まあ、わかんないよね。回ってるものってね、安定するのよ。で、スピードが速いほど安定しやすいの。だから、怖がらずに少し速度を出したほうが倒れにくいんだ」
「おお~!」
キラキラ瞳を輝かせる。
「といっても、最初は怖いよね。だから、後ろで支えててあげるね。さ、乗ってみよー」
スタンドを上げ、後部の荷台をホールドすると、アメリちゃんがサドルにまたがりました。
「お、おお!? ふらふらする……」
「うん。まずは片足をついてね。で、ちょっと勢い付けてペダルを回してみよう」
恐る恐る漕ぎ出す彼女。しっかり支える私。ふらついてかなり力がいるけど、ここが腕の見せどころ!
「いいよいいよー。少しずつ速度を上げてみよう」
少し速度が上がると、ふらつきが弱まる。
「おお?」と、不思議な感覚に戸惑うアメリ。
これを繰り返すことしばし、少し安定してきた気がする。
「よし。次は、途中で手を離すよ。とにかく、危ないと思ったら足をついてね」
「わ……わかった……」
ちょっとビビり気味。私も、補助輪外し訓練のときはこんな感じだったなーと、ちょっと微笑ましい気分になる。
「じゃ、いってみよう!」
ペダルを漕ぎ出し、少しずつ速度が上がっていく。このあたりか。
「離すよ」
荷台から手を離すと、少しフラフラし始めるものの、なんとか進む。
「お? おおお? おおお~!?」
「頑張って! その調子!」
庭の端に着きそうになったので、減速し片足つくアメリ。
「すっごーい! 上手上手!」
ぱちぱちと拍手しながら、近くに寄る。
「お、おお~……怖い」
「そうだね。でも、練習してれば慣れるよ。よし、もっかいやってみよう!」
「おおー!」
なんだか「おおー」ばっかり言ってるわね、アメリちゃん。
それはともかく、練習再開。少しずつふらふらする感じがなくなっていってるのが、見ていてよくわかる。
しばし練習していると、直進ならそれほど危なげがなくなってきた。
「いいね! じゃあ、カーブも練習してみようか。とはいうものの……」
うちの庭では、補助輪なしのカーブ練習をするにはちょっと狭い。どうしたもんかな。……そうだ!
「アメリ、お隣さんに行ってみましょ。自転車引いてきて」
というわけで、かくてるハウスの門前へ!
◆ ◆ ◆
「お? 神奈サンとアメ子じゃん。こんちわ。どったの?」
インタホンを鳴らすと、応対に出たのは久美さん。
「こんにちは。実はアメリが補助輪なしでの自転車練習をしてるのですけど、うちの庭だとカーブの練習には手狭で……。お庭を貸していただけるとありがたいのですが、いかがでしょうか?」
「へー。ウチはかまわんよ。ほかの連中も断らんと思うし。つーわけで入ってちょーだい。今、そっち行くわ」
がしゃんと、門のロックが外れる。中にお邪魔して待っていると、部屋着にジャンパーを羽織った久美さんが出てきました。
「あはは。神奈サンもそんなカッコか。ウチも付き合うからさ、やろーぜ」
互いに挨拶を交わす、アメリと彼女。
「ありがとうございます。でも久美さん、見ているだけで暇じゃありません?」
「まー、大人二人で見守ってたほうが安心だからね」
というわけで、かくてるハウスの広いお庭を拝借。さっそくカーブ練習を始めるアメリ。
くるりとハンドルを切ると、切りすぎてバランスを崩し、転倒してしまった!
「大丈夫!?」
二人で駆け寄り、ケガがないか見る。失礼してスカートをめくると、膝を擦りむいていた。
「傷スプレーと絆創膏取ってくるわ」
久美さんが駆け足で邸内に戻っていくので、涙目のアメリの頭にキャスケットを戻し、撫でる。
「今日はもうやめとく?」
「……頑張る」
少しぐすぐすしながら、決意表明する彼女。その体を、優しく抱きしめる。
「アメリちゃん、大丈夫!?」
背後から由香里さんの声。振り返ると、かくてるハウスの皆さん勢揃い。
「はい。大したことはないかと……」
「アメ子、膝出して」
久美さんがスプレーを一吹きすると、顔をしかめるアメリ。
「よーし、これで大丈夫だかんな」
スプレーが乾いたので、絆創膏を貼っていただく。
「立てる?」
「うん」
手を貸すと、ゆっくり立ち上がる。アメリが再度サドルにまたがると、かくてるのご一同から感嘆の声が上がるのでした。
「いやー、根性ありますねえ」
舌を巻く優輝さん。
「意志の強い子ですから。よしアメリ、もう一回やってみよう!」
子の挑戦を見守り、応援するのも親の努め。はらはらしながらも、応援を飛ばす。
すると、今度は大きめのカーブを描くことで成功! 一同から拍手が上がる。
「すごいじゃない! これは負けてられないわね! 優輝、ミケも自転車の乗り方覚えたいわ」
「うん。じゃあ、今度買いに行こう」
そんな会話を交わす、角照姉妹。
六人に膨れた見守る会は解散することなく、アメリに声援と賞賛を送る。
しばらく漕いで、腕前もだいぶ上達。今日の練習はこれぐらいで切り上げようと提案する。
「わかった。久美おねーさんたち、また練習しに来てもいい?」
「おー、いつでもおいでな。な?」
久美さんが一同に確認を取ると、皆頷いてくださった。
「今日は、本当にありがとうございました」
皆さんに、深くお辞儀する。
「いえいえ、お礼を言われるほどのことは。庭貸しただけですし。アメリちゃん、ミケが自転車乗れるようになったら、今度一緒にサイクリングしようか」
アメリの視線に屈み、提案する優輝さん。
「おおー? さいくりんぐ?」
「自転車での、気ままなお出かけだね」
「行きたい! ミケ、一緒に行こうね!」
「待ってなさい。すぐにすいすい乗れるようになってみせるんだから!」
胸を反らしドヤ顔。
「私も、楽しみにしてるね。では、これでお暇させていただきます。アメリもお礼言おう」
「ありがとうございました!」
「うんうん。いつでもウェルカムっすよ」
皆さんに門まで見送られ、再度別れを告げてお辞儀し帰宅。
ふう。転んだときは焦ったけど、こうして子供って成長していくのね。なんだか、お父さんとお母さんの苦労が少しだけわかった気がするな。
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