おなじみ、T総の専用待合。今日は私たちだけ余分に時間がかかること確定なので、珍しく単独行動です。
ついに、この日が来た。今日の結果で、アメリの人生がどう変わるのかはわからないけれど、どちらにせよ悪いほうには転ばないはず。
ただ、心細くはある。初日で一緒だった、まりあさんすら一緒でない、二人きりの空間。
ちらりと愛娘に目を配ると、小刻みに震えている。
そうだ、一番不安なのはこの子なんだ。しっかりしろ、猫崎神奈!
「ぎゅってしてあげるね」
優しくハグし、背中をとんとん叩く。そうしていると、震えが少し収まったようだ。
その後も安心させるため、ハグと、とんとんを続ける。
「猫崎さん、お入りください」
採血室から出てきた看護師さんから、声をかけられた。
「行こうか」
「……うん」
手をつなぎ、採血室へ向かう。
思い出すな。注射に怯えていた頃のアメリを。
でも、今のアメリは手を引かれるというより、一緒に歩んでいる。
強くなったんだね。
◆ ◆ ◆
まず、結果が出るまで時間がかかる採血だけ済ませ、IQ測定検査のため、専用の部屋に呼ばれるアメリ。入る前に二回、ぽんぽんと優しく頭を叩き、元気づける。
「気楽にね」
「うん……」
扉の向こうに消える愛娘。
私は、別室で三十代ほどと思しき男性職員から、好成績が出た場合の今後のプランを聞かされる。
だいたい、白部さんに伺っていたのとほぼ同じ内容で、その復習と詳細という感じだった。
説明してくださった方と差し向かいで、無言タイムが続く。「尋ねたい点があれば、何でも訊いてください」とは言われけど、何を訊けばいいのかわからない状況だ。
「すみません。今何時でしょうか?」
スマホの電源は落としているので、腕時計を持っている彼に尋ねてみる。
「十二時十一分ですね」
「アメリが別室に入ってから、どれぐらい経ったでしょうか?」
「そうですねえ……一時間というところでしょうか。もうすぐ終わると思いますよ」
そうか。アメリ、応援してるからね!
「ありがとうございます」とお礼を述べ、時間が経つのを待つ。
すると、ドアが開き、「猫崎さん。こちらへお願いします」と、看護師さんに促される。
あ、さっきアメリが入った部屋だ。
「お邪魔します」
中に入ると、アメリと、検査員と思しき五十代ぐらいの女性が対面で座っており、検査員さんに頭を下げられる。
促されて着席すると、「臨床心理士の和刈です」と、首から下げたネームプレートを見せてくださり、改めて頭を下げられたので、こちらも下げ返す。
「おねーちゃん、自信ない……」
「不安にならなくて大丈夫ですよ、アメリさん。詳しい結果は、約二週間後に出ます。焦らすようで恐縮ですが、それをお待ち下さい。また、その後に来院していただくことになりますので、よろしくお願いします」
「わかりました。ざっくりでいいのですが、軽く結果をお聞きすることはできませんか?」
「申し訳ありませんが……」
むう。アメリを見ると、不安そうな視線を送り返してくる。
「今回、前回の検査から一年経っていませんので、別のテストで検査させていただきました。それで、これが大事なのですけど、IQは人の価値を表したものではないのです。あくまでも、何が得意か、不得意かというのと、その総合力が同年代の中央値と比べてどうかというのを、知るだけのものなんです」
和刈さんが、柔和な表情を崩さず話す。
「ですので、あまり気構えないでください」
柔和な顔が、微笑みでよりいっそう柔らかく。女性に対してあれだけど、恵比寿様みたいな安心感をくれる笑みだ。なんだか、肩の力が多少抜けた気がする。
「すみません、先生。そろそろ次の検査をしたいのですが」
看護師さんが入ってきて、そう告げる。
「わかりました。では、お願いします」
「お疲れ様でした。アメリちゃん、心電図取ろうね。猫崎さんも、付添いお願いします」
「はい。行こう」
「うん」
こうして、いつものおなじみの検査へ。心電図は動悸が早いと出たけど、テストの緊張によるものでしょうとのこと。
色々とこなしていき、ランニングマシーンに向かう途中、懐かしい……いや、昨日会ったばかりだけど、それでも懐かしい顔に出会いました。
「白部さん、ノーラちゃん、こんにちは。ちょうど時間だったんですね」
「こんにちは……どうされました!?」
白部さんにそう言われて、首を傾げる。
「あの、涙出てます……」
目元を触ると、たしかに涙で濡れていた。
「すみません。白部さんとノーラちゃんを見たら、一気に緊張が緩んでしまったみたいで」
ハンカチで拭う。
「白部せんせー。ぎゅーってして」
「え! いいの!? ……とと、私にとって、ありがたい申し出だけど」
アメリの意外なお願いに驚き、大声を出してしまったが、すぐに声を潜める彼女。
「うん」
「じゃあ、遠慮なく」
優しく、愛情のこもったハグを受ける愛娘。それを、羨ましそうな、複雑な表情で見るノーラちゃん。
白部さんの表情が、女神様のようだ。
「あの、白部さん。時間が押してますので……」
「あ、すみません。じゃあ、行ってくるね。猫崎さん、失礼します」
看護師さんに促されたので、ハグを解き、一礼して別の検査に向かう彼女。
「猫崎さんも、移動をお願いします」
「はい、すみません」
慌てて、ランニングマシーンに向かうのでした。
◆ ◆ ◆
すべての検査と説明を受け、待合のベンチでふーっと揃って深く息を吐く。
「ミケやクロも来てるよね」
アメリちゃん、足をぱたぱた。みんなと合流したそうだ。
「ええと、お三方はいつも通りの時刻だから……多分、一時間ぐらい待つことになるけど」
「長いね」
「うん。疲れているでしょう? みんなにはまた会えるから、今日は帰ろ?」
頭をゆっくり撫でながら、提案する。
「今日は、アメリの好きなもの、なんでも食べさせてあげる!」
お昼がまだなので、お腹ペコ助です。
「おお! ほんと!? カタツムリいい?」
「いいよー。じゃあ、駅前で食べていこうね。本も買っちゃおう!」
「おお~!」
ふふ、やっといつもの調子が戻ってきたね。良き哉良き哉。
私もアメリも、見知った顔に会えて安心したんだろうな。
それじゃー、気分一新! 駅前でエンジョイしましょ~!
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