「はーい、みんなー。準備はいいかなー?」
白部さんの掛け声に、子供たちが「はーい」と返答。
子供たちと白部さんは、私の貸し出した筆記用具を手に折りたたみ机を囲んでいる。
その状況を、筆を走らせつつデスクで聞き守る私。
「さて、今日は算数のお勉強をします。みんなはどのぐらいまで進んでるかな?」
「それ、アタシも言う必要あるかー? ルリ姉知ってるだろー?」
「一応、お願い。私の手が離せないときに、ほかの子が教えてあげられるでしょ?」
そう説明すると、「おー! 頭いいな、ルリ姉!」と大いに感服した様子。
「というわけで、みんなも私の手が回らないときは、教えられそうなところは互いに教えてあげてね」
再び、「はーい!」と合唱。
「じゃあ、ミケちゃんからお願い」
「ミケは、分数まで進んだわ! 足し算と引き算を覚えてる最中よ!」
とドヤ声。きっと、えっへんと胸も反らしていることでしょう。
「クロちゃんは?」
「ボクも、同じあたりです」
と、クロちゃんが申し訳無さそうに言うと、「ぐ……」とミケちゃんの声。ああー、お姉さんプライドに火が点いちゃった。
「アメリちゃんは?」
「えっとねー、通分と約分ってとこまで覚えた!」
「待って! ミケ、それ知らない!!」
バン! という激しい音がしたのでびっくりして五人のほうを見ると、ミケちゃんが両手で机を叩いたようだ。
「ミケちゃん、お姉ちゃんなら、感情任せでそういうことしちゃダメよ」
「ごめんなさい……。妹が、ミケの知らないとこまでやってるの悔しくて、つい……」
白部さんにやんわり注意されると、耳を伏せてしょんぼり謝罪するミケちゃん。
「ミケちゃん。人間も、猫耳人間も完璧にはなれないのよ。私だって、知らないことたくさんたくさんあるし。たとえば、漫画の描き方なんてさっぱりわからないもの」
なんか、私にまで話が及んでる感。いつぞやの、ノーラちゃんの説得で見せた名采配に期待しましょう。
「たとえば、ミケちゃんは歌と踊りが上手よね?」
「まーね! これだけは、ちょっとやそっとの子には負ける気はしないわ!」
「逆に、アメリちゃんはミケちゃんほど歌も踊りも上手じゃない。よね?」
アメリに同意を求めると、こくこくと頷き返す愛娘。
「ミケに歌と踊り教えてもらったことあるけど、ほんとーに上手だった!」
「というわけで、一長一短っていってね。人の能力には凸凹があるのよ。だから、焦らなくても大丈夫よ」
そう説得されると、「むう……」と考え込んでしまうミケちゃん。アメリも、「ミケはお歌とダンスほんとにすごくて、アメリじゃ絶対かなわないから、それで十分すごいんだよ!」と、歳に見合わぬ名アシストぶり。
クロちゃんも、「そうだよ、ミケは十分すごいんだよ!」と、さらにアシスト。
「……そうね、優輝も、『人間、多少の自信と、ちゃんとした謙虚さが大事』ってよく言ってるわ。中断させてごめんなさい」
ぺこりと頭を下げるミケちゃん。
「わかってくれて嬉しいわ。じゃあ、続けましょう」
ミケちゃんの頭を撫でる白部さん。
「ノーラちゃんは、どこまで進んでいるかみんなに教えてあげて」
「九九の仕上げまで来てるぞー」
「はい、ありがとう。というわけで、私が極力教えるけど、さっきも言ったように、手が回らないときは教えあってあげてね」
みんなに頭を下げる白部さん。彼女は相手が子供でも、こうやってきちんと対等に接する人だ。ミケちゃんの説得も、決して頭ごなしに否定しなかった。
三たび、「はーい!」と子供たちの元気な返事。
ひとまず問題解決かな? 私も仕事に集中しよう。
序盤の気まずい空気もなくなり、和気あいあいと勉強を進めていく子供たち。
ノーラちゃんは九九だから反復あるのみだし、ミケちゃんはアメリには教わりたくないだろうしで、勉強の進んでるアメリが私の教え方をトレースして、クロちゃんに通分を教えているようだ。
そんな感じでこつこつ互いの作業を進めていると、スマホのアラームが。
「あ、もうお昼ですよ。白部さん」
「あら、もう一時間っ経っちゃったんですね。じゃあ、お昼にしましょうか。こちらでいただいても構いませんか?」
「はい。私たちのお弁当と、お茶取ってきますね」
いそいそと台所へ。目的のもの用意して帰還。
「お待たせしました」
「ありがとうございます」
白部さんに続き、子供たちからもお礼を言われる。
「では、私は行儀悪ですけどデスクでいただきますね」
自分で握ったおにぎり二個のお皿と、お茶を手にデスクに戻る。
「みんな用意はいいかな? じゃあ、いただきますしましょう。いただきます!」
白部さんの音頭取りで、いただきますの合唱。私もいただきますを言う。
サンドイッチとおにぎりのいいところは、片手で食べられることだ。仕事をしながら同時に食事も取れる。
「クロー、そのお魚何となら換えてくれる?」
「うーん、サワラだと……半分なら、そのエビフライ一個で」
「う、エビフライか……。いいわ、一個と交換ね」
向こうは、にぎやかにおかず交換会。
すると、「うにゅう……」と切なそうな声が聞こえてくる。ごめん、アメリ。おかず交換失念してたわ。おにぎりじゃ無理よね。うちの冷食ストックに、唐揚げやハンバーグがあればよかったんだけど、冷凍野菜しかなかったからなあ……。
アメリにとってはちょっと切ないお弁当会になってしまったけれど、「おにぎり美味しい!」と明るい声。どうやら、自分で握ったおにぎりがいい塩梅だったようです。
「あのね、白部せんせー。このおにぎり、アメリが握ったの!」
「あら、すごい!」
「その前は、唐揚げも作ったんだよ!」
機嫌が良くなったのか、マイ料理武勇伝を話し始めるアメリ。白部さんは、興味深そうに相槌を打っている。研究者としても、興味深いことでしょう。
「ねーねー、ミケはお料理どのぐらいできる!?」
あ、地雷踏みに行っちゃった感。
「う……ゆで卵と卵焼きはできるようになったわよ……」
声が小さいミケちゃん。
「すごいじゃない! ミケちゃん、アイドルの特訓もお勉強もしながら、それだけやれれば立派よ!」
パチパチと拍手してフォローする白部さん。おお、「子供は褒めて伸ばす教」にご入信されていましたか。
「そ、そう? もっと頑張って、アメリより上手になってみせるわ!」
やる気ゲージが回復した模様。
「クロとノーラはどう?」
「ボクは、煮物の作り方教わってるんだ。好物ぐらい、自分で作れるようになりたいし」
「アタシは、包丁の使い方教わってるとこ……」
なんだかレベルの高低を同時に聞かされて、どうしたものかと返答に一瞬詰まるアメリ。でも即座に思考を切り替えて、「クロも、ノーラも頑張ってるね!」と、私直伝の褒めて伸ばす式で二人を褒める。
そんなこんなで昼食も進み、空のお弁当箱と食器類の片付けを引き受け、台所へ。勉強見ていただいてるんだから、これぐらいはしないとね。
さてさて、後半戦はどうなるでしょうか?
読み終わったら、ポイントを付けましょう!