予防接種の夜七時頃のこと、角照さんから電話がかかってきた。
「こんばんは」
「こんばんは。唐突ですけど、明日お暇ですか?」
はて、何のお誘いでしょう?
「特に予定はないですけど……またパーティーか何かの誘いでしょうか?」
「実はですね、F市に馴染もうと色々市のこと調べていたんですけど、N町の果樹園でぶどう狩りやってるらしいんですよ」
「へえー、ぶどう狩りですか。ここに住んでからもう七年になりますけど、それは知らなかったですね」
いやあ、F市についてもまだまだ知らないことってたくさんあるもんだなあ。F市も、これで結構広いし。
「というわけで、このあと宇多野さんもお誘いしようかと思うんですけどいかがでしょうか?」
「あー、実は今日アメリが予防接種受けまして。せめて明日一日は様子を見たいんですよ」
「わかりました、では明後日はいかがですか? 時期的にギリギリらしいんで。予約とか特に要らないみたいですよ」
ふむ。あまり先延ばしにすると、次のチャンスは来年になっちゃうのか。
「では、明後日でお願いします」
「了解でーす。では、宇多野さんにもその線で伺っておきますね」
というわけで、通話終了。明後日かー。ぶどう狩りとか楽しみだなー。
「おねーちゃん、誰とお話?」
「角照さん。明後日、ぶどう狩りに行きましょうって」
「ぶどー? 狩るの?」
「ぶどうは、こーんな果物」
ちょうど漫画を描いていたところなので、別画面を用意してささっとぶどうを描く。
「おお~! 昔、おねーちゃんが食べてたの見たことある!」
あ、そういえば。最近アメリ、うっかりご主人様と言いそうになって、噛まなくなってるな。やはり物覚えがいい。
「そっかー、猫時代のこと割と記憶に残ってるんだね。まあ、これを採りにいくの。甘くて美味しいんだー」
「おお~!!」
やたらハイテンションになるアメリ。良き哉良き哉。
その後ややあって、LIZEのメッセージ着信音が鳴る。角照さんたちとまりあさんからだ。時刻は午前がいいか、午後がいいかという打ち合わせのようだ。
朝は滅茶苦茶弱いことを白状すると、それじゃあ午後にしましょうということになった。午後の開園時間は二時かららしい。N町の果樹園……浅井果樹園さんの住所も教えてもらった。
角照さんが、「バンが五人乗りだということを失念していたので、宇多野さんをご同乗させていただけませんか? 二人だけバスと電車というのも大変なので」とのお願いを、土下座猫スタンプとともに送ってくる。
むう、そこ失念しちゃうか。斎藤さんが「案外ズボラ」と言っていたのが、言葉ではなく心で理解できた気がする。
まりあさんが「気を使わなくていいですよ」と送ってくるけど、そういうわけにもいかないよね。「いえ、お迎えに上がりますよ」と送信。
そんなこんなで打ち合わせ終了。二時に現地集合となり、近くにコインパーキングがあるらしく、車はそこに停めればいいとのこと。
地図で、ざっくり片道の所要時間を割り出す。ふむふむ、こんなもんか。お昼はどうしようかな。うちで済ませてから行こうか。
アメリに明後日の予定を告げ、お仕事の続きを頑張りました。
◆ ◆ ◆
そして当日。天気も快晴で、これはいいぶどう狩り日和になりそうだ。
まりあさんたちを拾ってから、車を走らせることしばし。目的のコインパーキングに着くと、かくてるの皆さんとミケちゃんがお待ちかね。
「すみません、お待たせしました?」
「いえいえ。宇多野さんのことお願いしたの、あたしですし。じゃあ、早速ですけど行きましょうか」
「神奈さんには、いつもお手数をおかけします。本当は、わたしも車を持ったほうがいいんでしょうけど……」
「そんな、全然手間じゃないですよ。車使わないのも、まりあさんの優しさからですし」
というわけで、角照さんの先導でぞろぞろと歩いていくと、果樹園と思しき場所が見えてきましたよ!
果樹園にお邪魔すると、仕事中だったであろうおじさんが私たちに気付き、こちらにやって来る。
「こんにちは。ぶどう狩りですか?」
「はい。全員で九人です」
「わかりました。では、ご案内しますね」
果樹園は長身の角照さんの頭を少し上回る位置に葉の繁った蔦が巡っており、そこからあちこち、緑の袋にくるまれたぶどうであろう物がたわわに実っている。
「お子さんは、この踏み台を使ってください」
おじさんが、踏み台を四脚用意してくれる。小さな声で「くっ」と斎藤さんが言っていたのを聞いてしまったが、聞かなかったことにしよう。
おじさん曰く、黄味がかった黄緑のものが食べごろとのことだけど……。空いてる袋の下側から、覗き込んでみる。
「でっか! なにこれ!」
思わず変な声を上げてしまい、慌てて口を覆う。「大きいでしょう」と、自慢げなおじさん。
いや、これ凄いよ。シャインマスカットっていうらしいんだけど、一粒の大きさがピンポン球ぐらいあるの。まさに、ぶどうのお化け。
おじさん曰く、一房で一キロ弱はあるらしい。いやー、これは一房あったら私とアメリなら食べきるのに二日はかかりそう。
品定めをしていると、良さげなのを発見。よし。これはアメリに切らせてあげよう。
「アメリ、ちょっとこれ切るの挑戦してみようか。ハサミはこう持ってね、こう開いて閉じると、チョッキンって切れるの。この辺の根元を切ってね」
「おお~! やってみる!」
踏み台を設置し、ぶどうを支える。
「いいよー。切ってみてー」
ちょっと苦戦したもの、なんとか切断成功。いやあ、持ってみるとこれがずっしり重い。早速、持参したビニール袋にイン。
さすがにこのレベルなら一房あれば十分なので、他チームの見学。
「姉さん、これで密造酒とか造らないでくださいよ?」
「造るか、アホ!」
踏み台の上でぶどうを切ろうとしていた斎藤さんが、松平さんの頭をチョップする。普段頭にチョップなどできないだろうから、会心のチョップだったことでしょう。
他の皆さんも、和気あいあいとぶどうを狩っている。良き哉良き哉。
いざ、計量。私たちのぶどうは九百五十グラム。キロあたり二千五百円とのことで、二千三百七十五円プラス消費税なり。いやー、お高い! でも、これだけ立派なぶどうなら納得です。ものすごく手間ひまかけて育てたんだろうなって、重さと色ツヤで伝わってきますもん。
そして帰ったあとは、かくてるハウスでみんなでいただきましょうってことになりました。
おじさん曰く、皮ごと食べられるとのことだったので、ぱくっ。……甘っ! めっちゃくちゃ甘くて美味しい!! いやはや、本当にキロ二千五百円は伊達じゃない。
アメリも、横で「おお~!!」と声を上げ、キラキラした瞳をこちらに向けてくる。
「また、来年も行こうね」
彼女の頭を撫で、微笑む。
こうして、「お化けぶどうを食べる会」はしめやかに続き、そしてお開きとなりました。
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