(……ん)
目が覚める。あれ? アメリのもみもみアタックなしで自発的に目が覚めるなんて、珍しいことがあるもんだ。
当のアメリは、私の横で寝息を立てている。起こすのも可哀想よね、とそっとベッドを降りる。
「こほっ」
ん? アメリが咳き込んだ? むせたのかしら? 顔洗ってこよう。
私はこの後で、朝頭が回らない寝起きの悪さを大変呪うことになる。
トーストをしがみつつ、牛乳を飲む。うーん、アメリが対面にいないと寂しいな。
食洗機に食器を放り込んで歯を磨き、テーブルでぼーっとしていると、やっとこ脳が覚醒してくる。時計を見ると九時。おかしいな、いつもならアメリに七時頃起こされて、それで意識がしゃっきりするのが八時だ。こんな時間までアメリが起きてこないなんて。
「アメリ? 朝だよ。どうしたの?」
心配になって寝室に戻り静かに声をかけるが、返ってきたのはこんこんという咳だった。
まさか!
アメリの額に手を当てる。熱い! 呼吸も苦しそうだ。
「アメリ! アメリ、大丈夫!?」
さすがに心配になってゆすり起こすと、「おはよ……」と気だるそうに返事し、こほんと咳き込む。
これは明らかに病気だ!
どうしよう! どうしたらいいの!? ええと、動物病院に連れていけばOK!? などとテンパっていると、「いざというときは松戸内科・小児科医院へ連れていけばいい」という、まりあさんの言葉を思い出す。
「アメリ、辛いだろうけど頑張って立って。着替えさせてあげるからね。そしたら病院行こう!」
彼女を何とか助け起こし、服を着替えさせる。車のドアロック解除後におんぶして車に運び、カーナビを松戸医院にセットして車を飛ばす。もう二度と、アメリを喪うわけにはいかない!
「すいません! 初診ですが、うちの子が大変なんです!」
松戸医院に着くと、まずはアメリを車内に置いたまま受付に保険証を差し出す。待合室で他の人たちが私の気迫にぎょっとするが、それどころじゃない!
「……ええと、お子さんの名前が見当たらないのですが」
受付のお姉さん困惑。そりゃそうだ、アメリの名前が保険証に記載されているわけがない。
「自費診療でもなんでもいいです! アメリを助けてください!」
受付さんが了承したので、ぐったりしたアメリをおんぶで運んできて、問診票にわかっていることを書き込んでいく。借りた体温計が鳴ったので体温を見ると、七度八分。猫耳人間の平均体温はわからないけど、多分これはかなり発熱している。それも書き込み、私たちの番をじりじりと待つ。
「猫崎さん、二番診察室にお入りください」
受付さんに呼ばれたので、アメリを診察室へ運ぶ。
「はじめまして。まず、インフルエンザの可能性を調べますね」
黒髪長髪で黒縁眼鏡をかけた白衣の女医さん……歳はまりあさんぐらいだろうか、がベッドに横たわったアメリの鼻にふさふさのついた白い棒をぐっと突っ込むと、アメリが苦しそうな声を上げる。
その棒をなにかの機械に付着させた後、アメリの服を脱がせてほしいと言う。
まずい。服を脱がせたら猫耳人間だとばれる! でも、背に腹は代えられない!
「おや……なるほど、そういうことですか」
アメリの耳と尻尾を見ても、少し眉を上げたぐらいで極めて冷静な先生。
「ちょっと彼女を起こしてもらえますか? アメリちゃん、あーんしてくれるかな? あーって声出して」
言われた通りにアメリの上半身を起こし、彼女があーと声を上げると、先生がペンライトとヘラで喉を見る。
続いて胸と背中、そしてお腹に聴診器を当てる先生。
「もう、服を着せて寝かせても大丈夫です。結論から言うと」
先生が真剣な表情。緊張してごくりとつばを飲み込む。
「ただの風邪ですね。熱が高いですが、頭部を冷やして安静にしてれば治ります」
「命に別状とかないんですよね!?」
「ですから、ただの風邪です。熱に気をつけていれば大丈夫ですよ」
体から一気に力が抜けていき、安心感から大きなため息が出る。いや、安心できる状態でもないけど。
「ところで、彼女は猫耳人間ですね」
ぎくりとなる。まあ、その話にどうしてもなるよね。
「私たちは猫耳人間の研究をしていまして、データ採取に協力していただければ治療費は無料とさせていただいていますが、いかがでしょう」
データ採取! 「まつど」なんて名前だし、変なことされない!?
「あの、ちなみにどんなことを」
「採血や測定が主ですね。別に酷いことをするつもりはないので、ご心配なさらず」
変な心配を見透かされたのか、苦笑される。名が体を表すとか考えるのは、漫画家の悪い癖だな。私だって、別に猫崎だから猫好きってわけでもないし。
「で、ほかの患者さんも待っているので手短に話しますが、現在猫耳人間は世界に九十六人確認されています」
「そんなにいるんですか!?」
「世界でですから、これを多いと見るか少ないと見るかは難しいところですけどね」
パソコンの画面を切り替え、猫耳人間のデータを出す彼女。
「まず体質ですが、猫の耳としっぽを持つこと以外は、ほとんど我々人間と一緒です。ですから、急に暗いところに行ったらしばらくものが見えなくなりますし、猫は甘みを感じないんですが、猫耳人間は感じます。あと、猫に厳禁のネギやカカオ、牛乳なども平気です。腎機能も人間とほぼ同等なので、塩分やミネラルウォーターも人間並には大丈夫です」
おお、その辺はまりあさんから教わった情報と同じだ。
「あとは、発育や加齢の度合いも人間と変わらないようです。どちらかというと、猫よりは人間寄りの存在ですね」
「あの、特に気をつけるべきこととかありますか?」
「研究段階ですのでまだ断言はできませんが、普通の人間の子供と同じように育てれば大丈夫だと思います。痰切りと咳止めと解熱剤を五日ぶん処方しておきますので、毎食後服用させてあげてください。症状がなくなったら、服薬は中止してください」
そう言って、再度パソコンを操作して処方を記入する。
「食事はやはり、おかゆなんかがいいんでしょうか?」
「そうですね。体調が良くなるまでは、消化のいいものを食べさせてあげてください。どうしても食欲が無いようでしたら、飲むゼリーなり牛乳なりを。水分はこまめに補給してあげてください。お風呂もぬるめなら、長湯でなければ入れて大丈夫です」
どうやら、普通の風邪と同じ対処をすればいいようで一安心。
「それでデータ採取の件ですが、ご同意いただけますか?」
「あ、はい。私もアメリのことをもっと知りたいですし、お願いします」
「わかりました。では、受付で処方箋と診察券を受け取って、外部薬局で薬をもらってください。この書類があれば、そちらでも無料になります。お大事にどうぞ」
先生が一筆したため、封筒に入れて渡してくれる。いやはや、何ともありがたい話だこと。
ともかくも診察が終わったので、アメリを車に運ぶ。その後帰り道の途中にある調剤薬局付きのドラッグストアでお薬をもらい、ついでに氷嚢やゼリー、レンジ米なども買って帰りました。
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