「おはようございます。それでは、ノーラちゃんをお願いします。朝食は済ませてますので」
「おはようございます。では、お預かりします……ふわあ……すみません、朝弱いもので」
月曜の朝、七時四十五分。深々とお辞儀する白部さんにお辞儀を返すものの、つい大あくびをしてしまう。
「お話には伺ってましたけど、ほんと朝弱いんですね」
「面目ないです」
今度は謝罪のお辞儀。
「いえ、私こそ早朝にお寄りせざるを得なくて恐縮です。そういえば、昨日ノーラちゃんがご迷惑をおかけしてしまったそうで。すみません。ノーラちゃんも深く反省していました」
「いえいえ。つい一昨日まで猫だったんですから仕方ないです。こういうことは、少しずつ学んでいけばいいので」
「ありがとうございます。では、私はこれで。ノーラちゃん、いい子にしてるんだよ」
キャスケット越しにノーラちゃんの頭を撫で、深くお辞儀してバス停に向かう白部さん。
「じゃー、中に入ろっか」
「おー! よろしくなー!」
また大あくびをしながら、ノーラちゃんを連れて屋内へと戻る。
◆ ◆ ◆
食事を再開し、テーブルに隣り合って座ってるアメリとノーラちゃんのおしゃべりに耳を傾ける。といっても、朝の私なのでろくに会話が頭に入ってこないけど。
「えへへー。今日はアメリとずっと一緒だー!」
喜びながら、ゆらゆらするノーラちゃん。ほほえま。ほんとアメリが好きなのね。
八時も近くなると、やっと頭がしゃっきりしてきた。
「ふう、ごちそうさま。それじゃあ歯を磨きましょ。あ、ノーラちゃんもマイ歯ブラシ持ってきた?」
「おー、あるぞー!」
透明袋に入った歯ブラシを見せてくる。
「おっけー。脱衣所の場所は覚えてるかな?」
「お~。覚えてるぞー……」
ちょっと震え声で答える彼女。トラウマなのね、お風呂……。
「じゃあ、歯磨きしよっか」
「わかった! ノーラ、行こ!」
ノーラちゃんの手を引き、とてとてと洗面所に向かうアメリ。さて、食器を片付けたら私も行きますか。
◆ ◆ ◆
年末進行なので、ちょっと前倒しでお仕事なう。年末年始、きちんと実家に帰りたいしね。
デスクに座りプロットを練っていると、背後からアメリたちの話し声が耳に入ってくる。
「行けー! パンチだ、ゴッドレンジャー!」
ゴッドレンジャーというのは、ノーラちゃんが買ったロボットのおもちゃで、ヒーロー番組に出てくるらしい。
「そめごろういじめちゃダメー!」
一方、アメリは切ない声。うーん、ほのぼの海産物ファミリーで遊びたいアメリと波長が噛み合っていない……。
「ノーラちゃん、もっとアメリに合わせた遊び方はしてあげられないかな?」
くるりと椅子を回して、提案する。
「えー? こっちのほうがかっこいいのに……」
不満を隠さないノーラちゃん。昨日の件とは違って、単なる趣味の違いだしなあ……。これはあまり強く言えない。私に兄弟がいたらその辺考えてあげられるんだろうけど。よし、落としどころを提案してみよう。
「じゃあ、ブロックで遊ぶのはどう? それなら一緒に楽しめるんじゃないかな?」
「わかった!」
「何だそれー? やってみたいぞー」
というわけで、一件落着かな? くるりと椅子を回してPCに向き直ると、「やめてー!」と、アメリの悲痛な叫び。何ごと!? と声のする方を向く。
すると、ノーラちゃんがアメリが大切にしているブロックオブジェ、「さかなのおうち」のパーツを外そうとしているのを必死に止めているところだった。
「ノーラちゃん、ストップ! それ、アメリがとても大切にしている物なの。手を付けないであげて」
「えー、ダメなのかー?」
「うん、ダメ。アメリが使ってもいいっていうブロックだけ使ってね。あと、アメリに謝ろう? ちゃんと、ごめんなさいって」
「む~……ごめんなさい」
「よく言えました! ノーラちゃん、他人との価値観の違いを大事にしようね。ノーラちゃんにとってはどうでもいいことでも、他の人にとってはとても大切なことだったりすることがよくあるの。もちろんその逆も」
目の前に正座して言い聞かせる。
「人間って難しいんだなー……」
「そうだね。少しずつ、そういうのを覚えていこう」
ぽんぽんと優しく肩を叩く。
「アメリも、ノーラちゃんと気長に付き合ってあげてね」
「うん」
さかなのおうちが壊されそうになってちょっと涙目のアメリだったけど、落ち着いたようでこくりと頷く。
ノーラちゃん、アメリに比べるととても手がかかる子だけど、そこを導いてあげるのが大人の役目。頑張るぞ!
ともかくも、お仕事再開。集中して作業していると、後ろから「できた!」とノーラちゃんの声。
「何ができたのかなー?」
くるりと椅子を向けてみると、何かやたら赤い人型のオブジェができていた。
「ファイアレンジャー!」
「うん、上手上手!」
私にはよくわからないけど、ノーラちゃんがハマったヒーロー番組のキャラなのでしょう。ともかく、子供は褒めて伸ばす! ぱちぱちと拍手。
「おねーちゃん、アメリもできたー!」
アメリはまたも、よくわからないオブジェを作っていた。
「それはなーに?」
「もちょらん! えれべすとに棲んでるの!」
うーむ、相変わらずのアメリセンス。でも、こちらもぱちぱちと拍手して「上手だよー!」と褒め称える。
こうして二人の遊びを背に見守りながら、お仕事をこつこつ進めていく。
……あ、もうすぐお昼の材料買いに行かなきゃ。
「二人とも、お昼ごはんのお買い物行きましょー」
「おお~? 何買うの?」
「それは着いてのお楽しみー」
さてさて。ノーラちゃんを連れての初スーパー、どうなりますことやら。
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