「何でしょうか。気になるデータというのは……?」
白部さんに合わせるように、居住まいを直す。
「確認されている猫耳人間が、百十五人になりました」
むう? それ、そんなに重要?
「そんなにおかしいデータなんですか?」
「ええ。少し前まで百人強だったんですよ。それが一気に十人、十%も増えたんです」
あ、そう言われるとちょっとピンと来る。
「十%って言われると、たしかにすごいですね」
「はい。加速度的に増えていっている、と言って過言ではないと思います」
腕組みして考え込む白部さん。ふーむ。虹の橋の女神様、最近頑張り過ぎでは? いいことだとは思いたいけれど。
「最初の猫耳人間が確認されたのは四年前です。そのときは、各界が裏で大騒ぎになったそうでして。この調子で猫耳人間が増えていったら、遠くない将来、衆目に晒されることになると思うんですよ。パニックになる前に、発表すべきかどうか上のほうではかなり議論しているそうです」
まるで他人事のように、「はー」と息を吐く。難しいことになってるんだなあ。
「白部さんご自身はどういったお考えですか?」
「私ですか? 難しいですね。世間がどう受け止めるか、まったく予想できないんです」
難しい顔で頭を横に振る。
「我々としては、常に最悪の事態を想定して公表の準備を進めるしかないですね。取り越し苦労で終われば、それに越したことはありませんから」
ごもっとも。
「この子が、きちんと世間に受け入れられてほしいですねえ」
横で紅茶を飲んでいるアメリの頭を、ぽんぽんと優しく叩く。
まりあさんら同じ境遇の人々と出会い、私に近しい人である真留さんや芦田さんのような理解者に運良く当たり続けているけれど、見知らぬ人がどう反応するか、たしかにわからない。
「最大限の善処をしています、としかお答えできないのが心苦しいです。私も、研究者であり当事者であるという、大変難しい立場にいますので……」
そう言って、紅茶を口に含む。たしかに、この問題で一番悩んでいるのはほかならぬ白部さんよね。
「おお? おねーちゃんたち、アメリたちのことで困ってるの?」
「うーん、ちょっとだけね。でも、アメリやノーラちゃんには何の責任もないことだよ。だから、気にしなくてだいじょーぶ」
心配そうに私の顔を覗き込む彼女の頭をわしゃわしゃと撫でると、おなじみのうにゅう声。
「ごめんね、アメリちゃん。心配させちゃったね。猫崎さんもすみません、無駄に空気重くしてしまって」
「いえいえ。白部さんがとても真剣に問題と向き合ってること、伝わりました。さて、お茶菓子でも用意しましょうか!」
空気を変えるため、ぽんと手を打ち陽気な声色を出す。
アメリたちは、ただひたすらに幸せを享受する権利がある。そして、それは私たち保護者の努め! 今日も楽しくいきましょう!
白部さんは二人を連れて寝室へ。私はお茶菓子の用意。よーし、楽しんでいこー!
◆ ◆ ◆
「お待たせしましたー」
折りたたみ机を囲み、毎度おなじみゴッドレンジャーごっこを楽しむ三人に飲み物とお菓子を配る。
「ありがとうございます」
にこやかにお礼を述べる白部さん。アメリとノーラちゃんもそれに続く。
それにしても私の車、さっそく横転してる……。切ない。
ノーラちゃんがこないだ百均で買ったミニカーはパトカーみたいね。こちらも横転していて哀れ。
「このクッキー、ノーラちゃんが選んだんですよ」
「そうなんですか。私もいただこうかな」
「もちろん、ぜひ。みんなでいただくために買ってきた物ですし」
というわけで、私も改めて同席。
「そういえば、ノーラちゃんってお箸使えるようになった?」
「おー! バッチシだぞー!」
拳をお突き上げ、鼻息が荒い。
「そっかー頑張ったねー」
頭を撫でると、「ふへへー」ととろけた声を出す。
「おかげで、最近は和食や中華も出しやすくて」
白部さんが口元に手を当て、ふふと微笑む。
「ノーラちゃんって、リンゴジュース以外に好物ってあるんですか?」
「そうですねえ……。なんでも美味しそうに食べてくれますけど、鶏肉が特に好きみたいですね」
へー。
「じゃあ、今度チキン三昧でもご一緒したいですね」
「いいですね」
白部さん、楽しそう。良き哉良き哉。
「そういえば、アメリは今まで食べてきたものの中で何が一番好き?」
「お? おお? んー……グラタンも好きだし、ハンバーガーも好きだし、スパゲッティーも美味しいし……全部!」
「そっかそっか。全部好きなのはいいことだね!」
頭を撫でると、「うにゅう」といつもの気抜け声。これ、ほんとに可愛いよねー。
「このクッキー美味しいですねえ。うちでも今度買ってみようかな」
「ありがとうございます。ノーラちゃんの選んだクッキー、美味しいって」
「おー! ほんとかー!」
キラキラした瞳を向けてくるノーラちゃんに、うんうんと頷く。
すると、がばっと抱きつかれてしまった!
「危ないよノーラちゃん! 飲み物こぼれちゃう!」
「ふへへー。アタシ、カン姉も好きだぞー!」
「おおー! アメリはもっとおねーちゃんのこと好きー!」
反対側からアメリにも抱きつかれて身動きが取れなくなってしまった。どうしましょ。
白部さん、楽しそうにくすくす笑ってるし。そりゃまあ、ほほえまな光景だし、猫耳の女の子二人に抱きつかれて、悪い気はしませんけども。
しばらく、されるがままの私でした。
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