今日は、ミケちゃんとクロちゃん、押江先生が来る日。
クロちゃんは、いつも遅れ気味だからと時間の少し前に来ていて、算数チャレンジ中。アメリちゃんは、今日も地球のお勉強です。
おっと。そんなことを考えていたら、チャイムが。
「はーい、どちら様でしょう?」
まあ、ミケちゃんだろうけど。
「どもー。自分っす。ミケちゃんと一緒っすー」
あれ? さつきさん? どうしたのかしら? とりあえず、出てみましょ。
迎えに行くと……。
そこには、「おすまししたメイドさん」が佇んでいました。
しばし、固まる私。
「あの、さつきさん。それは一体……」
「今日は、自分がご奉仕させていただくっす、お嬢様」
スカートをつまみ、足を一歩引き、反対の膝を曲げる彼女。カーテシーとかいうんだっけ。それにしても、わけがわからないよ……。
「ミケは止めたわよ」
眉をしかめて、こめかみのあたりを人差し指で、こつこつ叩くミケちゃん。
「とりあえず、長袖で暑いんで、中に入れていただけるとありがたいっす」
「あ、はい……」
状況が把握できないまま、とりあえず二人を招き入れるのでした。
◆ ◆ ◆
寝室に案内すると、クロちゃん、先生が固まります。アメリちゃんは、「おお~」と、謎の感心。
「ええと、こちら、お隣に住んでいる松平さつきさんです。その、今日はこんな格好ですけど、メイドさんではなく、絵師さんです」
「お初にお目にかかりますっす」
再び、カーテシーをするさつきさん。ミケちゃんはため息。
「とりあえず、お茶入れてきます」
「あ。今日はご奉仕デーっすから、自分がやるっす」
よくわからないけど、ほんとにメイドさんをなさるつもりらしい。
「いえ、お茶やポットのこと、わからないでしょうし……」
「だったら、最初に教えていただくっす」
う~ん、いちいち調子狂うな。とりあえず、好きにさせてみましょう……。
◆ ◆ ◆
というわけで、さつきさんが淹れてくださったアイスティーを手に、デスクについてるわけですが。
「あの、そろそろ事情を説明していただけますと」
「いや、姉さん、優輝ちゃん、由香里ちゃんと、みんな神奈さんのお手伝いしに伺ったじゃないっすか。で、自分もなにかお手伝いしないと、心地悪いなあって思ったんすよ」
「ありがたいお話ですけど、その格好は……」
「これっすか? コミットで着ようと思ったんすけどね、姉さんに熱中症になるからやめとけって止められたんす。なんで、供養っすね。あと、ノリっす」
さすが、自称、冗談と悪ノリに生きているだけありますね……。
「というわけで、今日はなんでも言いつけてほしいっす!」
満面の笑顔。なんというか、この。とはいえ、ちょうどありがたいといえば、ありがたい。
「じゃあ、ミケちゃんとクロちゃんの勉強、見てあげていただけますか? 最近、いつも自習なので」
「かしこまりましたっす、神奈お嬢様。では、ちょっと教材を見せてほしいっす、ミケお嬢様、クロお嬢様」
うーん、お嬢様がゲシュタルト崩壊。経緯はともかく、仕事に打ち込めるのはありがたいけれど。
◆ ◆ ◆
ありがたいことに、授業では悪ノリせず、きちんと教えてくださっているようです。
「では、休憩にしましょう、アメリさん。程よい休憩が、いい勉強のコツです!」
「おお~」
さつきさんのお人柄を理解した先生。順応力が高いのか、マイペースに授業を進めていました。
「ミケも、そろそろ休憩したいわ」
「かしこまりましたっす、お嬢様。新しいお茶を淹れてくるっすね」
「ありがとうございます。お手数かけます」
ほんとに、かいがいしく働いてくださいますねえ。
◆ ◆ ◆
夕方になり、まずはクロちゃんが帰宅。先生も、程なくして帰られました。
「戻りましたー。ミケちゃんは、帰らなくていいの?」
「ねえ、さつき。アメリと少し遊んでいたいんだけど、ダメかな?」
「では、自分もご一緒させていただくっす、お嬢様。優輝ちゃんには、自分から伝えておくっす」
スマホを取り出すさつきさん。
「えーと、すみません。私たちも、夕飯の支度しませんと……」
「だったら、それも自分にお任せくださいっす、お嬢様。向こうから材料取ってくるので、お待ちくださいませっす。ごはんだけ、四人分炊かせていただくっすね」
ぺこりと一礼して、去っていくさつきさん。ええ~!?
「いいのかしら」
「好きにさせてあげて。あれでけっこー、エンジョイしてるから」
さすが、同居人。ノリを完全把握してるのね。
とりあえず、前注意されたし、鍵かけとこっと。
◆ ◆ ◆
しばしして、インタホンが鳴り、応対~。
さつきさんだったので、再度招き入れます。
「なんだか、本当に悪いですねえ」
「いえ。好きでやらせてもらってるっすから。お台所借りるっすね」
「調味料の場所、教えますね」
もはや、流れに身を任せることにしました。
「なるほどなるほど。では、向こうでお待ちくださいっす」
「ありがとうございます」
一礼して、寝室に戻る。ミケちゃんとアメリは、例によってダンス対決しているところ。
デスクで聞きながら、筆を走らせます。
「おお~! やっぱり、ミケ強い!」
「ふふん。ダテに週二日、教室に通ってないわよ」
おお、ミケちゃんWinですねえ。さすが。
こんな感じで、数ゲームすることしばし。
「お嬢様方、お待たせしたっす! できたので、キッチンへどうぞっす~」
「ありがとうございます、お疲れ様でした」
後をついていく私たち。
テーブルに乗っていたのは……オムライス?
「エスニックなあれなんですか、これも?」
「いえ、ふつーのオムライスっす、お嬢様。今日はメイドさんっすからね」
あー、漫画のメイド喫茶でよく見るー。
「ではアメリお嬢様、一緒に美味しくなる魔法の呪文を唱えてくださいっす~。美味しくなーれ、美味しくなーれ。萌え萌えキュン!」
アメリの横で、ケチャップを手に立つさつきさん。ほんとにメイド喫茶だこれー!
「おお~。美味しくなーれ、美味しくなーれ。萌え萌えキュン!」
オムライスに、きれいなハートが描かれる。ノリがいいですね、アメリちゃん……。
「次は、ミケお嬢様っす! さ、ご一緒に」
「ええ~? ミケもそれやるの~?」
眉をしかめて、さつきさんを見上げるミケちゃん。メイドさんの笑顔が眩しい。
「うう……。美味しくなーれ、美味しくなーれ。萌え萌えキュン!」
半ば、やけくそ気味に詠唱するミケお嬢様。こちらにもハートが。
「では、神奈お嬢様も!」
ですよねー。
「お……美味しくなーれ、美味しくなーれ。萌え萌えキュン!」
私も、ほとんど捨て鉢で詠唱! マイ・オムライスにも、可愛いハートさん。
「では最後、自分っすねー。美味しくなーれ、美味しくなーれ。萌え萌えキュン!」
一人で詠唱して、ハートを描くさつきさん。やれやれ。
「では、いただきましょうっす。音頭取りをお願いしますっす、神奈お嬢様」
「あ、はい。いただきます!」
皆で、いただきますの合唱。
さすが、さつきさん。味はたしか。
「美味しいです~」
「お褒めに預かり、ありがとうございますっす」
微笑むメイドさん。
こうして美味しくご飯を食べ終わり、ミケちゃんとさつきさんも、帰宅することになりました。
「今日は、メイドライフをエンジョイできて、面白かったっす。また、ご奉仕しに来ますっすね」
「いえいえ、お気遣いなく。今日は、ありがとうございました」
深々とお辞儀。
また、メイド服で登場するのかなあ。普通に来てほしいけど。
ともかくも、なんだかへんてこな一日は、終わりを告げたのでした。
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