五時すぎ、ご帰宅される近井さん親子を見送り、炊飯をセットして「さーて、もうひと仕事頑張りますかー」ってな感じに、右腕をぐるぐる回してデスクについたとたん、置いてあったスマホに着信が。
近井さん、忘れ物でもされたのかしら? などと思って手に取ると、送信者は白部さんでした。
「はい、もしもし?」
「猫崎さん! 何度かチャットで呼びかけたんですけど、ご反応なくて……!」
おお、テンションが妙に高い。どしたんでしょ?
「あー、すみません。来客がありまして」
「あの、時間があればチャットに入ってきていただけますか!?」
「あ、はい。わかりました。今、起動します」
「お待ちしてます!」
やー、あんなに興奮してる白部さん珍しいな。しかも、興奮の方向性が猫耳幼女を吸引してるときとは違う。
どれどれ? 起動~。
……えええええーっ!?
ログを遡ると、白部さんから「猫耳人間人権法案、国会で提出の見込みです!」との一文が!!
ほかの皆さんも、「猫耳人間人権法案」という八文字の示す重要性に、大興奮!
さらに読み進めると、ざっくり猫耳人間に人間と同様の人権、および義務を認める法案が、三日後の六月四日に提出されるという。
「あの、白部さんのお言葉を疑うわけではないんですけど、本当に本当なんですよね!?」
ざっくり読み終わり、急いでタイピング。皆さんからご挨拶され、慌てて挨拶を付け加える。
「はい。上司から少し前に知らされまして、急遽ご報告した次第です」
なんと……なんとなんと!! これ、アメリを学校に通わせてあげられるの!?
「あの、アメリを学校に通わせてあげられる……ということですよね!?」
「法案の具体的な中身はまだ聞かされていませんが、おそらくは」
うわあ! うわあ、うわあ~!
「アメリ、アメリ! 学校行けるよ! やったね!!」
デスクチェアから一気に移動し、折りたたみ机の前ではちろうで遊んでいた愛娘に、座椅子越しに抱きついて頬ずりする。
「おお~? おねーちゃん、どういうこと?」
「あのね……」
仕入れたばかりのニュースを、噛み砕いて説明する。
「おお~! お勉強、いっぱいできるの!?」
「そうですよ~!」
私の中では、成立するかどうかは、これから国会で話し合われることという前提が、もはやすっぽ抜けていました。
だってね? 与党も野党も反対する理由がないじゃない、こんな素晴らしいこと! 誰も損しないんですもの!
ああ、成立からどのぐらいしたら正式に効力を持つんだろう? どうしよう、ドキドキが止まらない!
「おお~……おねーちゃん、苦しい……」
「あ、ごめん」
いけない。興奮しすぎて、強く抱きしめすぎたわ。
デスクからスマホを取ってきて、アメリに寄り添いながらスマホ版LIZEを起動する。
「すいません、興奮してアメリに抱きついてました。今夜は眠れなそうです」
「猫崎さん、多分通るとは思いますけど、立法が確定したわけではないですから、落ち着いてください」
白部さんに突っ込まれてしまった。
「あはは……つい」
「お気持ちはわかります。私たち、正式に親になれるかもしれませんからね。かくいう私も、もうそわそわしてまして」
白部さんも、こういうことの実現に向けて、実際動いていた方のお一人だものねえ。私以上に、嬉しさもひとしおでしょう。
あの三月末に吹いた風のいたずらが、こんな素晴らしい結果をもたらしてくれるなんて……!
「あ、この件なんですけど、当日正式発表されるまでは秘密にしておいてください。皆さんには、私の友人ということで、一足先に上司にも内緒でお知らせした形なので、ほかの猫耳人間の保護者の方に対して、不公平な話ですから」
「はい、わかりました」
まりあさん、優輝さんらもご同意。
お父さんとお母さん、りんちゃんや真留さん、いろんな身内に明かしたいけれど、今、白部さんと約束を交わしたからね。あ、そうだ。
「アメリ。この話は私がいいって言うまで、ともちゃんとか、ほかの人には内緒ね?」
「おお? そうなの?」
「うん、白部さんがそうしてくださいって」
「わかった!」
アメリちゃん、しっかりした子だからきちんと約束を守ってくれるでしょう。我が子ですもの、信頼しなきゃ!
はー……。一通り興奮しきったら、なんだか脱力してしまった。
って、仕事! 本業を忘れてはいけませんよ!
「仕事に戻るね」
アメリに言い残し、デスクに戻る。こころなしか、筆の運びも軽快だ。
猫アメリとの死別を描いた後で良かったわ。今そのパートを執筆したら、どんな感情で描けばいいかわかんなくなるところだった。
明日、お祝いに「カトレーヌ」でケーキ買おう。さすがに一ホール二人で食べたらカロリー摂りすぎだから、普通にカットされたのを二つだね。
あ、LIZEに着信だ。
「皆さん、明日うちで祝賀会を開きませんか?」
と、優輝さん。さすが、イベント大好きガール。もちろんOKですとも!
参加の旨を返信~。ふむ、明日のケーキは必要なくなったね。
そうこうしてるうちに、ごはんの炊きあがりを知らせるアラームが鳴りました!
「ごはんが炊きあがったので、料理作ってきます。一旦失礼しますね」
PCをスリープにし、スマホ片手にウキウキで立ち上がる。
「アメリちゃーん、晩ごはん作りにいきますよ~」
「おお~!」
今日の晩ごはんは、いつも以上に美味しくなりそうです。
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