神奈さんとアメリちゃん

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第二十二話 担当さんと打ち合わせ

公開日時: 2021年4月17日(土) 12:31
文字数:2,620

「ご主人様~。おはよ~」


「おはよーさん」


 例によってもみもみから始まる、弛緩した朝の光景。今日は昨日の残り物があるので、それを朝食にする。


「あー。アメリー。今日担当さんが来るけど、その間寝室にいてねー。声も出しちゃダメー」


「はーい」


 とまあ、寝ぼけた脳みそから出てきたこんな適当な取り決めが、後々あんなことになろうとは……。



 ◆ ◆ ◆



「こんにちは。真留まとめです」


 お昼を過ぎて、時刻は二時ぴったり。インタホンが鳴り、その主は果たして担当の真留さんでした。相変わらず時間に正確ですこと。


「じゃあアメリ、寝室にいてね」


「はーい」


 アメリが引っ込んだのを確認して、門を開ける。


「こんにちはー。ささ、どうぞどうぞ」


「お邪魔します」


 真留さんは、ボブの似合うメガネ女子。まだ二十五と聞くけど、ずいぶんとしっかり者。今日も、暑いのにスーツでビシッとキメててお疲れ様です。


 まりあさんみたいに礼儀正しく靴を横向きに揃え、上がってくる。


「お茶れて来ますね」


 リビングにお通しした後、麦茶を取ってくる。戻って配膳したあとは、リビングに置いてあったノートPCを起動。


 こちらはサブマシンで、こうした打ち合わせのほか、家の外でのちょっとした作業やメインPCにトラブルがあったときに使うためのもの。今回はUSBメモリを差してあり、それでこないだメインのほうでまとめたプロットを見せるわけ。


「拝見します」


 画面を自分側に向け、プロットをチェックしていく真留さん。う~、これはほんといつになっても慣れない。キンチョーするなあ。


「面白いです、が……」


「が?」


「なんか、アメリちゃんのキャラが妙に違う気がするんですよね」


 ぎくり。実は、生前のアメリ要素は放出しきってしまっていて、今はもう、猫耳人間アメリを参考に描いてるのよね。


「例えば、お風呂入れるのも抵抗なさすぎません?」


 ぎくぎくり。そうよね、最近の感覚に慣れすぎてお風呂嫌いっぷりを忘却しかかってます。スミマセン。


「そういえば、アメリちゃんといえば今日は見かけませんね?」


 ぎぎぎくり。そうなのです。いつも打ち合わせのとき、真留さんにじゃれつくような子だったのです。実のところ、彼女にはまだ猫アメリの訃報は告げておらず……。今のアメリについてなんて、なおさら言えるわけないし。


 すると真留さん、唐突に鳩が豆鉄砲食らったついでに狐につままれたような、驚愕の表情で私の後ろを凝視なう! まーさーかー……。


 やっぱりィィィィッ! 猫耳&猫しっぽフルオープンな、ショートパンツ姿のアメリが背後に立ってるじゃない!


「あ、あれはえーと……姪! ちょっと姪を預かってまして! 作画の参考のために、猫耳着けてもらってるんです!」


 雑な言い訳をしどろもどろにした後、アメリを「出てきちゃダメって言ったでしょー!」と小声で叱る。


「だって、漏れちゃう!」


 アメリの悲痛な表情。アッハイ。そのいかにもな体勢、生理現象の限界が来そうなのね。お姉さん、失念してました。寝室からトイレへ行くには、どうしてもこのリビングを通らなければいけないことを。


「とにかく、行ってきて! あとはなんとか誤魔化すから!」


 小声で彼女を送り出すと、小走りでトイレの方へと消えていく。


「ええと、アメリの入浴についてでしたよね!」


 無理やり、話題を二つぐらい前に戻す。


「いえ、それも気になりますが、今の子は……」


「ですから姪です! 姪なんです!」


 力強く言い聞かせる。


「なんか、しっぽ動いてませんでした?」


「ハイテクです! 科学の力ってすごいですよね!」


 肩を掴み、我ながらすごい剣幕で言い聞かせる。ドン引き気味の真留さん。


「真留おねーさん、こんにちは-!」


 そんな私の迫真の言い聞かせをよそに、トイレから戻ったアメリがほがらかにご挨拶。オワタ。


「あめりいいいいい……! なんで名前呼んじゃったのおおおおお……ッ!?」


「え……だって、挨拶はきちんとしなさいってご主人様が……」


 小声で抗議。言ったけど! 挨拶はきちんとしようねって教えたけど! タイミングというものが! あああ……。


「あ、あの……ご主人様って今……」


 ひい! 聞かれてた! 完全にオワタ。


「ああああ、ええとですね。これはですね。ちょっとプレイの一環というか、いやプレイじゃなくて、あのほれこりゃ」


 ヒョオオオ! 誰かタスケテ!


「真留おねーさん、あのね! アメリ、虹のきれーな橋から帰ってきたの!」


 ああああああああ! 言っちゃった! 言っちゃったよこの子は!


 もうこうなったら、開き直るほかない。


「真留さんを信頼して、本当のことを全部お話しします……」


 猫アメリの死から、今までの出来事をかいつまんで話す。目を白黒させて話を聞いていた彼女だけど、目の前にこうして文字通りの生き証人がいる以上、信じるほかないわけで。


「……なんというか、驚きました。不思議なこともあるものですね」


 さすが真留さん。すぐに冷静さを取り戻し、麦茶を飲みながらうなずき事態を理解。デキる女だ。


「アメリちゃんのキャラが微妙に変わった理由も、理解しました」


 アメリにごろにゃんとまとわりつかれながら、プロットを再確認する真留さん。ほんと、絵面が巨大な間違い探しなことを除けば、猫アメリが生きてた頃の光景そのままだ。


「以前の感覚を取り戻すのは難しいですか」


「そうですね。やはり、どうしても今のアメリに引きずられてしまって……」


 「ふむ」としばし熟考した後、「わかりました。猫だって性格が変わることもあるでしょうし、お話自体は面白いですからこれでいきましょう」とGOサインを下してくれる。


 とりあえず、色んな意味で山場を乗り切ったようでホッと一息。


「あ、それと。今のアメリちゃんについては口外しませんので、ご安心ください」


「そうしていただけると助かります」


 深々と頭を下げる。


「あの、最後に一つ」


「何でしょう?」


 真留さんが、なんだか照れくさそうな表情で言葉をかけてくる。


「アメリちゃんの頭、撫でていいですか?」


「私は構いませんが……アメリはどう?」


「いーよ! 真留おねーさん好きだもん!」


 アメリの快諾を受け、とろけそうな表情でアメリを撫でる彼女。「ねこきっく」は猫専門の漫画誌だけあって、編集部にも猫好きしかいないからね。


 そんなこんなで打ち合わせも無事終わり、真留さんを見送る。


「アメリ。今後もこういう事ありそうだから、うちでも『ご主人様』じゃなくて、『お姉ちゃん』って呼ぶようにしようね……」


 かくして、我が家に新たなルールが一つ増えましたとさ。

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