「それでは皆さん、準備はいいっすか?」
かくてるハウスのキッチンで、いつものメンバーがエプロン締めて揃い踏み。近井さんたちにも声をおかけしたそうだけれど、外せないご用事があるとのことで。残念。あと、ともちゃんがまだお料教室って歳でもないしね。
我々の前にはひき肉など、昨日買った材料のほか、重曹やカレー粉、生姜チューブなど、こちらでご用意してくださった調味料が置かれている。
さらには、さつき先生の後ろにはどこから調達したのか、大きなホワイトボードが。この家、ほんと何でもあるな……。普段は会議とかに使ってるのかしら?
「今日は、アフリカ風オクラスープを作るっす!」
サムズアップする我らが先生に、一同から拍手が起きる。「アフリカ風」! いかにも彼女らしい。
「といってもまー、身構えるほど変わった料理でもないっすけどね。じゃあ、手順はここにざっくり書いたっすけど、改めて説明していくっす」
少し避けてホワイトボードが見えるようにし、指示棒を手に説明していく先生。
「まず、玉ねぎ半分を粗いみじん切りにしてほしいっす。料理がまだ得意じゃない子もいるので、そうした場合は保護者さんが手伝ってあげてほしいっす。あと、これから自分が言うのは一人前の材料っす。姉妹組は量を倍にしてくださいっす」
言いながら、換気扇のスイッチを入れ、玉ねぎをみじん切りにした絵をこつこつ叩く。
一同「はーい」と返事し、みじん切りを刻んでいく。方々で、「目が痛ーい」という悲鳴。さつき先生は手際よくというかちゃっかりというか、水中メガネを着けて玉ねぎを刻んでいる。その手があったか!
ミケちゃん、ノーラちゃんはまだ調理が上手ではないので、それぞれ優輝さん、白部さんとゆっくり刻み中。
「……大体できたっすかね。優輝ちゃんたちも、一回手を止めてこっち見て欲しいっす。次はオクラを塩入りビニール袋の中で揉んで、産毛が取れたら洗ってヘタを取って、三センチ幅に切ってくださいっす」
再び、指示棒で該当図を示す。これまた「はーい」と声が々上がり、ショリショリと処理。ダジャレじゃないよ。
ともかく、産毛が取れたようなので、アメリちゃんと一緒にヘタを取り、三センチ幅にカット。
「ちょっと、優輝ちゃんたちが終わるまで休憩するっすかね」
見れば、角照姉妹と白部姉妹がやっとみじん切りを終わろうというところ。さつきさん、ちゃんと全体を見てるなあ。
「じゃあ、雑学でも聴いてもらおうっすかね。休憩組は手を洗って腰掛けてくださいっす」
順繰りに手洗い。
「ん、じゃあ、小話を一つ。オクラってもともと、アフリカ原産なんすよ」
作業組と由香里さん以外から「へえー」と声が上がる。由香里さんはご存じでしたか。
「アフリカといっても、古代エジプトのあたりっすけどね。で、それが明治初期にアメリカから渡来したんすけど、食用として普及しなくってすね。太平洋戦争を機に食料として見直されて、食卓に上がるようになったのは、一九七〇年代なんす」
重ねて、「へえー」と声が上がる。なんと、お父さんたちが子供の頃には、まだ食卓に上るようになって間もない食材だったのか。
「でまあ、以来なんやかんやで日本の食卓でもおなじみの食材になっていくわけっすね。……小話も終わったところで、丁度いい塩梅みたいっすね」
言われてみれば、遅れていた両姉妹が作業を終えている。起立し、次の作業を指示棒で説明する先生。
「次は、トマトちゃんを洗って一センチ角のダイスカットにして欲しいっす。優輝ちゃんたちは、引き続き無理しなくていいっすからね」
三度目の「はーい」という声とともに、トマトを洗い、カットしていく。
「終わったら、調味料の用意っすね。……よっと」
くるりとホワイトボードをひっくり返す先生。
「重曹小さじ八分の一、生姜チューブ小さじ半分、オリーブオイルとカレーパウダーそれぞれ大さじ一杯、水三百ミリリットル、レモン汁小さじ二杯、塩小さじ四分の三杯、あとは粗挽き胡椒少々を目の前の小鉢に用意して欲しいっす」
ボードから完全に体を避け、分量がよく見えるようにする。再度手洗いし、指示通りに調味料を用意していく我々。遅れがちな両姉妹は、まだトマト相手に苦戦中。
「調味料の用意までは、まだ慌てるような時間じゃないっすからねー」
あら、例のバスケ漫画の名台詞。さつきさんも好きなのかしら。後で話振ってみよ。
ふう、これで分量通りかな? 二つしかない秤を使い回すと、どうにも時間がかかるね。
「じゃあ、優輝ちゃんたちが終わるまで、再び休憩っすかね。といっても、オクラトークの持ち合わせも特にないんで、雑談でもしましょうっすか」
というわけで、しばし雑談タイム。
「さつきさんは、なんでエスニック料理に目覚めたんですか?」
素朴な疑問をぶつけてみる。
「んんー? 自分、よく変わってる子って言われて来たんす。でも、家族も周囲も『普通』を神聖視しないっていうか、個性と考えてのびのび育ててくれたんで、変なコンプレックス抱かずに済んだんすよね。で、同じく日本ではちょっと変わった料理たちに親近感覚えて、興味持つようになったんす」
へー! 日本は悲しいことに、なぜか「普通でないのは悪いこと」という価値観がまかり通っていることが多い。そして、そうした悪習の犠牲になる子供や大人が後を絶たない。
私だって、どちらかというと変なほうに入る子だったし、きっと今でもそうだけど、さつきさん同様おおらかに育てられたおかげで、自分らしく生きることができている。多くの人が、「普通」という正体のない呪縛から逃れてほしいものだ。
「……ん。お二方とも、計量終わったっすね。じゃあ、調理再開っす! ここからは火を使って、手際の良さが求められるんで、子供の手に負えなそうだったら、無理させず代わってあげて欲しいっす」
おっと、ついに火を使ったパートに突入ですかー! 続く!
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