「そういえばそのコッヘル、アウトドア用のお鍋とかフライパンということは、カセットコンロを使うんですよね?」
「そうですね。それもバンに入ってますよ。ボンベは家ですけど」
「寸胴鍋とかお貸しできますけど、茹で物とかは選択肢に入らないですか?」
肉を吟味中の角照さんに、思いつきの提案を投げかける。
「うーん、まあ例えば麺類なんかも悪くないですけど、水に不自由しますからね。洗車用のホースでってのも、ちょっと……」
あ、そういやそうだ。屋外だもんね。
「あと、せっかく大人数なんすから、やっぱバーベキューとか楽しいじゃないっすか」
と松平さん。ふむ、一理ある。
「とはいえ、こないだのバーベキューで結構いいお肉買っちゃったからね。今回はあまり贅沢できないよ?」
「まあ、そこそこの肉でもバーベキューは楽しめるってもんだよ」
肩をすくめる木下さんに、気さくに返す角照さん。
そんなわけで選ばれたのが、牛モモブロック、豚ロース、鶏胸肉、そしてフランクフルト。リーズナブルな割にはボリューミーでいい感じ!
「おーっす、そっちどんなもん?」
と、冷蔵棚の角からカートを押して斎藤さんが姿を現す。
「このあたりを買っていこうかと思ってます」
カートの中身を見せる角照さん。
「へー、いんじゃね? とりま、瓶ビール三本と烏龍茶、コーラ、オレンジジュース入れてきたわ。冷えてるやつだけな。最後にクラッシュアイスも買っとこうぜ。あと、これも外せねーよな」
斎藤さんがカートからお宝を取り出し、にかっと笑んでサムズアップする。同じく、微笑んでサムズアップで応える私。
「さて。私たちのぶんも、別に買わないと……」
「ああ、それならあたしたちが一括で出しますよ。初日に、ミケの面倒を見ていただいたお礼ってことで」
「あら……そんな、悪いです」
「いえいえ。色々と器具もお借りしますしね」
うーん、ご厚意をこれ以上拒むのもかえって悪いか。「では、ご馳走になります」と頭を下げる。
「ねーねー! お魚は焼かないの?」
野菜も焼こうということで青果コーナーへ向かう途中、鮮魚コーナーを通りかかった際にアメリが声を上げる。
「こら。ご馳走になるんだから、厚かましいこと言わないの」
「あはは、そんなに恐縮しないでくださいよ。でも、魚を焼くのもいいですね。鮭も焼いちゃいましょう」
と、一パック三切れ入りの生鮭をカートに入れる角照さん。気風がいいって、彼女みたいな人をいうんだろうなー。
あとは、人参、玉ねぎ、ピーマン。そして、肝心の調味料をカートに入れお会計。
おごっていただく立場ということで、帰り道は荷物を多めに持たせてもらう。角照さんは「そんなに持たなくていいですよ」と仰るけれど、なんだか申し訳ないんだもん。
◆ ◆ ◆
「では、調理器具取ってきますね。トング、ボウル、包丁とまな板でしたよね」
「はい、お願いします。あ、ビールがあった。栓抜きもお願いできますか?」
「わかりました」
かくてるハウス前で角照さんに用意する物の再確認を取り、一行と一度別れて自宅に向かう。すると、アメリがちょこちょこと後をついてくる。
「あら、角照さんたちと一緒にいたらいいのに。歩き疲れたでしょう」
「おねーちゃんと一緒にいたいから……」
あらまあ、嬉しいこと言ってくれちゃって。
「じゃあ、栓抜きとボウル持つの手伝ってくれるかな?」
「うん!」
元気な返事。良き哉良き哉。
◆ ◆ ◆
というわけで調理器具を持って戻ると、角照さんたちが手早くグリルなどの用意を終えた後だった。早っ!
「調理器具ありがとうございます。お借りしますね」
プラのコップに、クーラーボックスから取り出された飲み物が注がれ、炭火が赤く燃えるグリルの上に味付けされた具材が置かれると、良い匂いが漂ってくる。
「ほんと、肉の焼ける匂いって食欲をそそりますよね」
「そういえば、広告用語なんですが『シズル感』というのがありましてね」
ビール片手に角照さんが語り始める。
「肉の焼ける音を英語でシズルって言うんですけど、これが転じて消費者をそそらせる要素をシズル感って呼ぶんだそうです」
「へー……。お詳しいんですね」
「本書きやってると、いろいろ知識求められますからね。情報収集には結構貪欲なんです。ほかには、例えばこんな話もありますよ」
角照さんから、(まともな)サメ雑学を聞かされる。さすがに、ご本人はB級映画知識だけじゃないのね。
「優輝ちゃーん、猫崎さーん。焼けましたよー。焦げちゃいますよー」
木下さんから声がかけられる。おっとと。では、ありがたくいただきましょうか。
「では、ご馳走になります。アメリは何食べるー?」
「お魚!」
確か、お魚……鮭は三切れしかなかったような。
「アメリのために、いただいちゃってよろしいですか?」
「どうぞどうぞ。もともと彼女が発案者ですしね」
角照さんに許可をいただき、鮭のステーキが載ったお皿を手渡す。
「割り箸使える? 難しかったら、フォークや練習箸取ってくるよ?」
「がんばる……!」
たどたどしいながらも、なんとか半分ほど食べるのに成功する。
「おおー! 練習の成果出てるねー」
頭を撫でると、「えへへ」と照れくさそうに微笑む。可愛い。実にプリチー!
では私は、鶏肉でもいただきますか。やっぱちょっと遠慮がね。
◆ ◆ ◆
大人組で雑談に花を咲かせていると、Tシャツの裾がくいくいと引っ張られる。引っ張っているのはアメリの小さな手だった。妙に怯えた表情をしている。
「どうしたの?」
屈んで、頭を撫でる。
「トマト怖い……」
「へ? なんで?」
「あのね、へいこぷたー落としたり、転がって人を襲うんだって……」
一瞬頭が「?」でいっぱいになった後、アメリの後ろでドヤ顔してるミケちゃんを見て、(角照さんコレクション知識か!)と合点がいく。
「えーとね、それは作り話なの。トマトはそんなことしないよー」
言い聞かせるも半べそ。
「角照さーん」
どうにも困り果てて助けを求めると、さすがに責任を感じたようで、頭を掻いて恐縮する彼女。
「あー、すみません。あたしからちゃんと、訂正しておきます。いいかな、アメリちゃん……」
バトンタッチし、とくとくとトマトの嘘知識を正す彼女。やれやれ。
とりあえず、冷めないうちにお肉いただいちゃいましょ。うん、鶏胸だって馬鹿にしたもんじゃないね! 肉汁がジューシィで、美味しい美味しい。ビールが空になったので、次は気分を変えてマスペと洒落込もうじゃないの。
「あ、猫崎サン。マスペ飲むなら乾杯しよーぜ!」
ボトルの蓋を捻りながら、斎藤さんが提案してくる。
「カンパーイ!」
ボトル同士を打ち合わせて、同時に飲む。効くぅ!
こんな感じで、唐突に始まったバーベキュー大会は楽しく進行していきました。
そうそう。ことの発端になった五枚のくさやは、後日外でグリルを使って焼き、松平さんが責任を持って全部食べ切ったそうです。ご近所で、ちょっとした異臭騒ぎになったとか、ならなかったとか……。
「くさやはもう、しばらく見たくないっす……」
とのこと。ちゃんちゃん。
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