神奈さんとアメリちゃん

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第四十三話 成り行きバーベキュー ―後編―

公開日時: 2021年4月18日(日) 07:31
文字数:2,833

「そういえばそのコッヘル、アウトドア用のお鍋とかフライパンということは、カセットコンロを使うんですよね?」


「そうですね。それもバンに入ってますよ。ボンベは家ですけど」


「寸胴鍋とかお貸しできますけど、茹で物とかは選択肢に入らないですか?」


 肉を吟味中の角照さんに、思いつきの提案を投げかける。


「うーん、まあ例えば麺類なんかも悪くないですけど、水に不自由しますからね。洗車用のホースでってのも、ちょっと……」


 あ、そういやそうだ。屋外だもんね。


「あと、せっかく大人数なんすから、やっぱバーベキューとか楽しいじゃないっすか」


 と松平さん。ふむ、一理ある。


「とはいえ、こないだのバーベキューで結構いいお肉買っちゃったからね。今回はあまり贅沢できないよ?」


「まあ、そこそこの肉でもバーベキューは楽しめるってもんだよ」


 肩をすくめる木下さんに、気さくに返す角照さん。


 そんなわけで選ばれたのが、牛モモブロック、豚ロース、鶏胸肉、そしてフランクフルト。リーズナブルな割にはボリューミーでいい感じ!


「おーっす、そっちどんなもん?」


 と、冷蔵棚の角からカートを押して斎藤さんが姿を現す。


「このあたりを買っていこうかと思ってます」


 カートの中身を見せる角照さん。


「へー、いんじゃね? とりま、瓶ビール三本と烏龍茶、コーラ、オレンジジュース入れてきたわ。冷えてるやつだけな。最後にクラッシュアイスも買っとこうぜ。あと、これも外せねーよな」


 斎藤さんがカートからお宝マスペを取り出し、にかっと笑んでサムズアップする。同じく、微笑んでサムズアップで応える私。


「さて。私たちのぶんも、別に買わないと……」


「ああ、それならあたしたちが一括で出しますよ。初日に、ミケの面倒を見ていただいたお礼ってことで」


「あら……そんな、悪いです」


「いえいえ。色々と器具もお借りしますしね」


 うーん、ご厚意をこれ以上拒むのもかえって悪いか。「では、ご馳走になります」と頭を下げる。


「ねーねー! お魚は焼かないの?」


 野菜も焼こうということで青果コーナーへ向かう途中、鮮魚コーナーを通りかかった際にアメリが声を上げる。


「こら。ご馳走になるんだから、厚かましいこと言わないの」


「あはは、そんなに恐縮しないでくださいよ。でも、魚を焼くのもいいですね。鮭も焼いちゃいましょう」


 と、一パック三切れ入りの生鮭をカートに入れる角照さん。気風きっぷがいいって、彼女みたいな人をいうんだろうなー。


 あとは、人参、玉ねぎ、ピーマン。そして、肝心の調味料をカートに入れお会計。


 おごっていただく立場ということで、帰り道は荷物を多めに持たせてもらう。角照さんは「そんなに持たなくていいですよ」とおっしゃるけれど、なんだか申し訳ないんだもん。



 ◆ ◆ ◆



「では、調理器具取ってきますね。トング、ボウル、包丁とまな板でしたよね」


「はい、お願いします。あ、ビールがあった。栓抜きもお願いできますか?」


「わかりました」


 かくてるハウス前で角照さんに用意する物の再確認を取り、一行と一度別れて自宅に向かう。すると、アメリがちょこちょこと後をついてくる。


「あら、角照さんたちと一緒にいたらいいのに。歩き疲れたでしょう」


「おねーちゃんと一緒にいたいから……」


 あらまあ、嬉しいこと言ってくれちゃって。


「じゃあ、栓抜きとボウル持つの手伝ってくれるかな?」


「うん!」


 元気な返事。良きかな良きかな



 ◆ ◆ ◆



 というわけで調理器具を持って戻ると、角照さんたちが手早くグリルなどの用意を終えた後だった。早っ!


「調理器具ありがとうございます。お借りしますね」


 プラのコップに、クーラーボックスから取り出された飲み物が注がれ、炭火が赤く燃えるグリルの上に味付けされた具材が置かれると、良い匂いが漂ってくる。


「ほんと、肉の焼ける匂いって食欲をそそりますよね」


「そういえば、広告用語なんですが『シズル感』というのがありましてね」


 ビール片手に角照さんが語り始める。


「肉の焼ける音を英語でシズルって言うんですけど、これが転じて消費者をそそらせる・・・・・要素をシズル感って呼ぶんだそうです」


「へー……。お詳しいんですね」


シナリオ書きやってると、いろいろ知識求められますからね。情報ネタ収集には結構貪欲なんです。ほかには、例えばこんな話もありますよ」


 角照さんから、(まともな)サメ雑学を聞かされる。さすがに、ご本人はB級映画知識だけじゃないのね。


「優輝ちゃーん、猫崎さーん。焼けましたよー。焦げちゃいますよー」


 木下さんから声がかけられる。おっとと。では、ありがたくいただきましょうか。


「では、ご馳走になります。アメリは何食べるー?」


「お魚!」


 確か、お魚……鮭は三切れしかなかったような。


「アメリのために、いただいちゃってよろしいですか?」


「どうぞどうぞ。もともと彼女が発案者ですしね」


 角照さんに許可をいただき、鮭のステーキが載ったお皿を手渡す。


「割り箸使える? 難しかったら、フォークや練習箸取ってくるよ?」


「がんばる……!」


 たどたどしいながらも、なんとか半分ほど食べるのに成功する。


「おおー! 練習の成果出てるねー」


 頭を撫でると、「えへへ」と照れくさそうに微笑む。可愛い。実にプリチー!


 では私は、鶏肉でもいただきますか。やっぱちょっと遠慮がね。



 ◆ ◆ ◆



 大人組で雑談に花を咲かせていると、Tシャツの裾がくいくいと引っ張られる。引っ張っているのはアメリの小さな手だった。妙に怯えた表情をしている。


「どうしたの?」


 屈んで、頭を撫でる。


「トマト怖い……」


「へ? なんで?」


「あのね、へいこぷたー・・・・・・落としたり、転がって人を襲うんだって……」


 一瞬頭が「?」でいっぱいになった後、アメリの後ろでドヤ顔してるミケちゃんを見て、(角照さんコレクションB級映画知識か!)と合点がいく。


「えーとね、それは作り話なの。トマトはそんなことしないよー」


 言い聞かせるも半べそ。


「角照さーん」


 どうにも困り果てて助けを求めると、さすがに責任を感じたようで、頭を掻いて恐縮する彼女。


「あー、すみません。あたしからちゃんと、訂正しておきます。いいかな、アメリちゃん……」


 バトンタッチし、とくとくとトマトの嘘知識を正す彼女。やれやれ。


 とりあえず、冷めないうちにお肉いただいちゃいましょ。うん、鶏胸だって馬鹿にしたもんじゃないね! 肉汁がジューシィで、美味しい美味しい。ビールが空になったので、次は気分を変えてマスペと洒落込もうじゃないの。


「あ、猫崎サン。マスペ飲むなら乾杯しよーぜ!」


 ボトルの蓋を捻りながら、斎藤さんが提案してくる。


「カンパーイ!」


 ボトル同士を打ち合わせて、同時に飲む。効くぅ!


 こんな感じで、唐突に始まったバーベキュー大会は楽しく進行していきました。


 そうそう。ことの発端になった五枚のくさやは、後日外でグリルを使って焼き、松平さんが責任を持って全部食べ切ったそうです。ご近所で、ちょっとした異臭騒ぎになったとか、ならなかったとか……。


「くさやはもう、しばらく見たくないっす……」


 とのこと。ちゃんちゃん。

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