「包丁はここで、ドレッシングは……」
調理器具などの配置を、由香里さんに伝えていく。
「あ、ドレッシングも手作りしちゃいます」
なんと!
「ですので、お塩やお酢の場所を教えていただけると」
「……わかりました。お塩はこれ、お酢はこっちですね。あと、なにか必要ですか?」
逆に、私が必要なものを教わる立場に。いやはや。
道具と調味料を用意すると、鮮やかな手並みで切り、そして調合していく彼女。たかがサラダ、されどサラダ。ほえ~。
「おまちどうさまです! ただ、ここだと四人しか座れないですね。わたしは、神奈さんたちが召し上がってからで」
器に盛り、自家製ドレッシングをかけて配膳する彼女。
「では、どうぞ」
彼女の音頭取りで、いただきますの合唱。
ぱくっ……あら、美味しい! トマトとバジルによく合う、イタリアンドレッシングがグー!
「美味しいです、由香里さん!」
「ありがとうございます。神奈さんが、丹精込めて育ててくださったおかげですよ」
こんな美味しいサラダ、初めて食べたかも! 素材も、フレッシュの極みだしねー。
いや、美味しいこと、美味しいこと。ぺろりと平らげてしまいました。
「ごちそうさまでした。本当に、お料理お上手ですよねー」
「ありがとうございます。ストレス発散の趣味が、高じただけですから」
「あ、どかないと由香里さんが食べられませんね。一足先に、仕事に戻ってます」
一礼して、歯磨きのために洗面所へ。
デスクに戻り、仕事に打ち込んでいると、四人が戻ってきました。
「ただ今戻りました」
「おかえりなさ~い」
入り口のほうを向き、みんなを出迎える。
「神奈さん、四人で話したんですけど、今日はわたしが、教師役努めましょうか?」
「え! 今日は、休暇を取られに来たんでしょう?」
「そうなんですけど、性分なんでしょうか。なんか、子供たちと話してると落ち着くので、せっかくだからって感じですね」
うーん、ご本人たっての希望なら、止めようがないし、ありがたいけど。
「そうですねえ。では、教科書で教えてみていただけますか? 今日は、白部さんの教材がないので」
教科書は、あれから小三向けまで揃えてある。
「わかりました。頑張りますね!」
ああん。羽根を伸ばしに来たはずなんですから、頑張らなくていですよう。ほんとに、性分なんだなあ。
とりあえず、一番頑張らないといけないのは私だ。お仕事お仕事~!
◆ ◆ ◆
すらすら、すいすい……。
由香里さんの授業をBGMに、執筆なう。彼女の落ち着いた声質を聞いていると、実に筆がはかどる。
「電池には、プラス極とマイナス極があってね。マイナスからプラスに電気が流れるんだ」
子供たち、おお~と感心。算数と漢字ばかり先行してしまっていて、他教科は一年向けの内容でも、興味深げに聞いている。
アメリは自習しているはずのところだけど、由香里さんの喋りが好きなのか、改めて聞き入っているみたい。
「ねー。モーターが逆回転ってどういうこと?」
ミケちゃんが、疑問を呈する。
「見せられたら、早いんだけど……。神奈さん、さすがにモーター単体なんて、持ってませんよねえ?」
「さすがに、持ってないですねえ。すみません」
「いえ、さすがにモーター持っている家のほうが、珍しいと思うので。絵で説明してみようかな。プリント用紙、いただけますか?」
「どうぞ」と、何枚か手渡す。
「ありがとうございます。えっとね……」
こつこつ、すらすらと、ボールペンらしきものの音が聞こえる。
「こういう感じなんだけど、伝わる?」
「ええと。要するに、マイナスが右側になったから、電気の流れる向きも変わって、モーターも逆回転するんですね」
「そう、その通り! いいね!」
クロちゃんに拍手する由香里さん。
「むう。ミケだって、理解できたわよ。だから、ほら」
「うん、ミケちゃんもすごい!」
再び拍手。
「アメリちゃん、さっきからあんまり反応ないね」
「前に、読んで覚えちゃったから」
「そうなんだー。つまんなくない?」
「ううん、また覚え直すのも面白い!」
頼もしいお言葉。ほんとに、学習が好きなのね。
「そう? じゃあ、遠慮なく続けさせてもらうね。電池には、直列つなぎと、並列つなぎっていうのがあって……」
なんだか、私も懐かしい気分になってくるなあ。ここで、コーヒー牛乳を一服。……んー、美味しい。
コーヒー牛乳でお父さんを思い出したけど、もうすぐお盆か。寝る前に、お父さんとお母さんにメール打とうかな。今年も無事、帰省できると思うけど。
あちらはともかく、こちらは私のお仕事次第だ。頑張れ神奈! 新幹線代が無駄になるかどうかは、お前の肩にかかっている! えい、えい、むん!
私と由香里さんと子供たち、互いに互いの作業に打ち込むこと、しばし。
「はーい、今日の授業終わりー! わかりやすかったかな?」
由香里さんの声に、「うん!」と返事する生徒たち。気づけばもう、夕方か。
「それは良かった。ふー……神奈さん」
「はい、何でしょう?」
「差し支えなかったら、夜までお邪魔していいですか? なんだか、お夕飯も作りたくなっちゃって。みんなには、わたしから言っておきますので」
ひょ!?
「私は構わないですけど……いいんですか?」
「一日羽伸ばしてこいって、言われましたからね」
ふーむ。
「ねえ、由香里が一緒なら、ミケもこっちにいちゃダメかしら?」
ほええ!? ミケちゃんまで?
「優輝さん、心配しない?」
「わたしから、言い添えてみます。……おっけーだって、ミケちゃん!」
「やったー!」
おおう、なんだかすごい展開に。
まだまだ続く!
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