神奈さんとアメリちゃん

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第二十六話 さらに越してくる人たち

公開日時: 2021年4月17日(土) 14:31
文字数:2,724

翌お昼過ぎ、アメリと一緒に駅に出かけてお買物や食事の後、「麗文堂本屋さん」で「くろねこクロのたび」の続刊を買い揃えて「るるる」地下駐車場に戻ろうとしたところ、三人組の女性に呼び止められた。


 一人は、ウェーブのかかった丸縁眼鏡の、髪を茶に染めたロングヘアの二十代半ばに見える、カーキのミディアムフレアスカートの女性。もう一人は、切りそろえた前髪と後ろ髪をした同じぐらいの歳に思える、黒髪長髪の赤いロングフレアスカートの女性。そして最後の一人は、身長百五十センチあるかないかぐらいのポニーテールの女の子。


「あのー、すみません。W町公園っていうバス停で降りたいんですけど、どれ乗ったらいいかわからなくて……。教えていただけませんか?」


 黒髪長髪の女性が、スマホ片手に尋ねてくる。F駅もそれなりに大きいので、あちこちへ向かうバスが走ってるからなあ。ただ、W町公園といえばちょうどうちの近く。


「それでしたら、あのバス停のT町行きに乗れば大丈夫ですよ」


 道路の先に見える市バスのバス停を指差し、三人が「ありがとうございました」とぺこりとお辞儀して去って行く……のだが、とんでもないものを見てしまった!


「ちょっと、子供がビールなんか飲んだらダメでしょう!?」


 ポニーテールの少女が手にしていたのは、なんと缶ビール! それをぐびっと! さすがに良識ある大人として見逃せませんとも!


 すると彼女、「はあ……」と深い溜め息を吐いてビールとビニール袋を眼鏡の女性に預け、バッグから財布を、そして財布から一枚のカードを取り出す。


 それは、いわゆるマイナンバーカード。そこの生年月日欄には、二十五歳を越えていることが示されていた。


「これで今日、四度目だよ……」


 心底憂鬱そうにぼやく彼女。


「す……すみませんでしたあっ! あのほら、背……じゃなかった、お若く見えるから! いやその、なんといいますか」


 テンパる私に、「よく言われる」と、さらに憂鬱さを込めた溜息を吐く。ああ~! どうフォローすればいいの!?


 だってね、首にヘッドホンかけて、パンキッシュな黒Tシャツにデニムのミニスカに黒ニーソ、そしてスニーカーでその背丈じゃ子供にしか見えないじゃない!


「まーまー。姉さんもそこまでにして、許してあげましょーよ。ほら、その背丈でいちいち落ち込んでたらキリないっすから」


 私が何とか飲み込んだセリフをあっけらかんと言い放ち、「余計なお世話だ、このやろ」とポニーテールの少女改め女性からローキックを放たれるが、それをひょいとかわす眼鏡の女性。もっとも、ポニテさんも本気のキックではなく、じゃれあいの範疇のものだ。


「あの……お二人はご姉妹なんですか?」


 姉さんという呼び方につい反応し、素朴な疑問を口にする。正直、姉妹にしては似てない。


「いーんや。血縁関係はないよ。こいつがウチのこと姉さんって慕ってるだけ。ウチ、これでも最年長なんでね」


「そーゆーことっす」


 へえ。どう見てもポニテさんのほうが妹分にしか見えないけど。……これ言ったら、本気のローキックが飛んできそうだな。


「それより二人とも、時刻表によるとあと五分でバスが来ちゃうみたいだよ」


 黒髪長髪さんが、スマホを操作しつつグダグダになった状況を取りまとめて、バス停に向かうことを促す。


「あの、W町公園うちの近くなんで、良かったら私の車に乗っていきませんか?」


 バス停に再度歩を進めようとする三人を呼び止める。


「え、いいんすか? そりゃ助かるっすけど」


「さっき、大変失礼を働いてしまいましたから。せめてものお詫びにと思いまして」


「お、じゃあそうさせてもらおうぜ」


 ポニテさんがにかっと笑んで、二人にサムズアップする。おお、機嫌が治ったようだ。


「まあ、当の姉さんがそういうなら。申し訳ないっすね、姉さんの背が低いばっかりに」


「はたくよ」


 あの、治ったそばから再度機嫌を損ねるのやめていただけませんか、眼鏡さん。


「ほらほら、またそうやってグダる~。すみません、ではご厚意に甘えさせていただきますね」


 黒髪長髪さんが場をまとめ、かくして三人は私の車に相乗りすることになりました。



 ◆ ◆ ◆



「あ、そうだ。よろしければなんですけど、バス停ではなく、できればこの住所までお願いしてもよろしいでしょうか」


 発進前、助手席の黒髪長髪さんがスマホの画面を見せてくる。あれ、この住所……?


「もしかして、角照さんのご関係者ですか?」


 表示されている住所は角照さんのお住まい。


「あれ、優輝ちゃん……いえ、角照ちゃんのことご存じなんですか?」


 下の名前では通じないと思ったのか、言い直す黒髪長髪さん。


「あ、その。実は隣に住んでいる者でして」


「じゃあ、もしかして昨日優輝が電話で言ってた猫崎サンってあんたか!」


 後部座席のポニテさんがひょいと顔を前に出してくる。同時に携帯の振動音が鳴り、黒髪長髪さんが電話に応対。


「はい、きっと私のことです」


「てことは、このおチビちゃんがアメリちゃんだな!」


 ポニテさんが、眼鏡さんとの間に挟まれたアメリの頭をキャスケット越しにうりうりと撫でると、アメリが「うにゅう」と気の抜けた声を上げる。


 そりゃまあ、アメリは百三十センチもないけど、ポニテさんにおチビと言われるとすごい違和感が。


「あの、積もる話は後にしてとりあえず向かいませんか? もう、トラックも到着してるらしいですし」


 スマホで話をし終わった黒髪長髪さんが、展開を前に進める。トラック? てことは、この三人が角照さんの同居人か! なるほどねー。


「では、出しますね」


 黒髪長髪さん、有能だなあ。そんなことを思いながら、アクセルを踏んだ。



 ◆ ◆ ◆



 道中の会話によると、やはり三人は角照さんのサークルメンバーで、これから同じ屋根の下で暮らす入居者とのこと。


 眼鏡さんが松平まつだいらさつき、黒髪長髪さんが木下由香里きのした・ゆかり、そしてポニテさんが斎藤久美さいとう・くみという名前らしい。


 どうでもいいけど斎藤さん、さっきのビールを飲み干して二本目のビールを開けている。見た目とは裏腹に、飲兵衛なんだなあ。いや、「(子供と間違われるのは)今日四度目」とか言ってたから、二本どころじゃないのかも……。


 ほどなくして角照家というか五人の家の前を通りかかると、引越し業者のトラックが三台間を空けて連なり停まっていた。


「着きましたよ」


 一旦車を停め、お礼を述べる三人を降ろして別れの挨拶を交わし、自宅のガレージに車を車庫入れする。


 まあ別れといっても、またすぐ挨拶しに行くか来るかするだろうけどね。


「ごしゅ……おねーちゃん、面白い人たちだったね!」


「だね」


 凸凹コンビとまとめ役。それに、角照さんにミケちゃん。まるで、漫画の登場キャラみたいなバラエティに富んだメンバーだ。ほんとに、これからすごく面白くなりそう!

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