「こんにちはー」
「こんにちはっす。自転車の練習っすね」
かくてるハウスのインタホンを鳴らすと、アメリが自転車を引いていることに気付き、さつきさんが目ざとく要件を察してくださいました。
「どうぞ、入ってくださいっす。自分もそっちいくっす」
門のロックが外れたので、例によって前庭でお待ちする。
「どーもどーも。んじゃ、始めるっすかね」
さつきさんは、コートの下から緑のフレアスカートが覗いている。着の身着のまま出てきたんだろうけど、それほどおかしい取り合わせではない。ちなみに、私もさすがに今回はきちんとした外着です。
「お世話になります」
広いスペースへと移動する。まだ小さなカーブを描くのが苦手だけど、それが徐々にうまくなっている。
「よし、アメリ。大きくていいから8の字描いてみよう」
新たなお題を提示。すいすいと、とはいかないけれど、なんとかこなしていく。
「そういえば、由香里ちゃんが例によってお菓子焼いてるんすけどね。良かったらこのあとご一緒にどっすか?」
「あら、そんな。悪いですよ」
「まあまあ。由香里ちゃんも、そのほうが喜んでくれるっすよ」
うーん、そう言われちゃ断りづらいな。
「では、ご厚意に甘えさせていただきますね」
「そうこなくちゃっす! 由香里ちゃんに伝えとくっすね」
スマホをいじり、メッセージを送信するさつきさん。ややあって着信音が鳴り、うんうんと頷く。
よそ見してしまったけど、アメリのほうはというと、なかなか動きがスムーズになってきている。相変わらず、上達が早い。
「よし、次はもうちょっとカーブを小さくしてみよう」
新走法にチャレンジする彼女。
「そういえば、ゲームのほうはあれからいかがですか?」
アメリから視線を切らずに問いかける。
「優輝ちゃんを中心に、着々とプロジェクトが進んでるっす。昨日、メイン四人の初案デザインのラフを書いたところっす。なかなか、優輝ちゃんのイメージを形にするのが難しくて」
そうよねー。私もデビュー間もない頃、イラストのちょっとした副業をしたことがあるけど、クライアントさんの指示って的を射ないというか、具体性に欠けるのよね。簡単なイラストでもいいから描いてもらえればわかりやすいんだけど、絵が描けないから依頼してくるわけで。難しいものです。
アメリから目を離さず、ゆるい会話をさつきさんと繰り広げることしばし。アメリのカーブもだいぶ様になってきました。そんなとき、ふとLIZEの着信音が鳴り響く。……私のじゃないな。
「お菓子できたそうっすよ。休憩にしましょうっす」
「そうですね。では、お相伴に預からせていただきます。アメリー、休憩しましょー!」
呼びかけると、「おお~!」と言いながら、こちらに向かい、スムーズに停車する。うん、だいぶ扱い慣れてきたね。
「じゃ、中に入るっすか」
◆ ◆ ◆
「こんにちは~。お邪魔しますー」
アメリと一緒に、久美さんとミケちゃんにご挨拶する。
二人は、リビングで何やら勉強と思しきことをしているところだった。
「何をされていたんですか?」
「分数の授業。ミケ子にせがまれてさ」
さすが久美さん、面倒見がいい。
「ミケちゃん、頑張り屋さんねー」
「まーね! 妹たちの一歩先を行くのがお姉ちゃんだもの!」
胸を反らしドヤ顔。可愛い。
「そういえば、優輝さんはどちらに?」
「上で自分に出すためのリテイク練り直してるっす。なんで、それが出来上がるまで暇で」
なるほど。
「暇ならミケ子の先生代わるか?」
「それでもいいっすけど」
などと言いながら、私たちもソファに腰掛ける。
「アメ子の練習は順調なの?」
「はい、おかげさまで。だいぶ上達したと思います。まだ外を走らせるのは不安ですけど」
「そっかそっか」と頷きながら、マスペを飲む久美さん。
「配膳終わりましたー。みなさんどーぞー」
ダイニングから、由香里さんが声をかけてきたので、皆でぞろぞろと移動する。
そちらに着くと、まずは由香里さんにご挨拶。
「なんだか、急にいただくことになってしまってすみません」
「いえいえ。手間は変わらないですから」
にこやかな表情で返される。
するとそこに、優輝さんが入室してきました。
「や、神奈さんこんにちは。いらしてたんですね」
「こんにちは。ゲーム作りのほう、難航されてる感じですか?」
「難航ってほどでもないですね。ぼちぼちです」
「ほら、冷めちゃうよ。積もる話は後、後。座って座って」
紅茶を淹れながら、由香里さんが着席を促す。
お菓子はマドレーヌだった。量は一人二個。
「じゃ、いただきましょう。いただきます」
由香里さんの音頭取りで、皆でいただきますの合唱。
あら! 焼きたてのほくほく美味しいこと! 焼き立てマドレーヌなんて食べる機会がないから、これは新鮮だわ!
「ほかほかしてて、美味しい!」
アメリもご満悦。
これに紅茶の香りとお味がとても良くて、美味しさをさらに引き立てている。
「由香里さん、本当に美味しいですね、これ!」
「ありがとうございます。そう仰っていただけると、作ったかいがあります」
柔らかな微笑みが返ってくる。
かくてるの皆さんやミケちゃんも口々に褒め称え、ちょっと照れくさそうな由香里さん。
食後は丁重にお礼を述べ、アメリの練習を再開。今度の見守り同行は久美さんにバトンタッチ。
ちなみに今でこそ自転車に乗らない久美さんですが、酒飲みになる前は普通に乗っていたとのこと。
今日も練習が大いにはかどり、皆さんに改めてお礼を述べて、帰宅するのでした。
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