リビングに降りると、アメリとミケちゃんの特訓を、久美さんがマスペ片手にソファで鑑賞しているところだった。
「ご調子、いかがですか?」
久美さんの隣に掛けて、塩梅を尋ねる。
「正直厳しいね。喉元まで出かかってるんだけどなー……」
実に難しい顔。まあ、何かひらめいてたら、ここでのんきにちびっこアイドルショー眺めてないよね。
これは取材するにしても間が悪いなと判断し、一緒に二人の歌とダンスを鑑賞。
数分して、フィニッシュ! 久美さんと一緒に拍手を送る。
「おねーちゃん、どうだった!?」
「すごいすごい! 二人とも、とても上手!」
立ち上がり、ぎゅっとアメリを抱きしめる。こうやって、アメリ成分を摂取するのが健康の秘訣! アメリの温もり、いいなあ。抱きしめたまま頭を撫でると、「うにゅう」と気の抜けた声を上げる。
「あっ!」
久美さんが突然大声を上げる。
「どうしました?」
「あ、いや……そっか。晴美の感情は、この時点では恋愛よりも妹に向けるような感じなんだ……!」
何やらぶつぶつ言い出したかと思うと、おもむろに立ち上がり、マスペ片手に引き戸部屋に入ってしまう。あれが、久美さんの部屋か。
「二人とも、また後で!」
慌てて後を追いかける。お邪魔しまーすと中に入ると、久美さんがヘッドホンを装着して、キーボードと格闘中。横のデスクにはPCとスピーカー、PC用キーボード。あと、飲みかけのマスペ。
この部屋は和室で、ほかの四人がベッドなのに対し、部屋の隅には畳まれた布団が置かれていた。奥に鉄アレイが転がってるあたり、アスリートなんだなあと思い知らされる。
さらに特筆すべきは小型冷蔵庫で、なんでこんなものが? と少し首を傾げたが、彼女の生きがいを思い出し、得心が行く。
邪魔しても悪いと思い様子を見守るが、一向にこっちに気付く様子がない。どうしたもんかな。
結局、しばらく待っているとフィニッシュしたようで、手を止めて天を仰ぐように目をつぶる彼女。
「あ、神奈サン。いつの間に」
ヘッドホンを外しながら、こちらを向き話しかけてくる。
「あ、いえ。しばらく前からお邪魔していましたけど……すごい集中力ですね」
「あー、ひらめいたら一気に仕上げるんで。で、悪いんだけど、まだ調整が残ってっから用事があるときは肩でも叩いて」
そう言って、今度はPCのほうに向き直り、再びヘッドホンをはめて何やらよくわからない画面をいじり始めた。
「すみません。なんですか、この画面?」
早速で申し訳ないんだけど、肩を叩かせてもらう。彼女がヘッドホンを外してこちらを向いてくれたので、さっそく疑問を投げかける。
「ん? DAWつって、音楽を作るためのソフト。直接打ち込んでもいいんだけど、ウチの場合まずキーボードで作ったほうが調子出るんで、そうしてる。で、出来上がったのをこっちで調整するワケ」
へー。
「あ、撮影いいですか?」
「どーぞ。じゃ、また作業に戻らせてもらうんで」
室内をパシャパシャと撮影。うーむ、どうも音楽制作とインタビューは相性が悪いな。
ソフトについてはざっくり説明してもらったし、これは夕食のときいろいろ訊いたほうがいいみたい。
もう一度だけ肩を叩いて、その旨を告げる。
「お気遣いどうも。じゃあ、夕食のときに」
そう言って一礼し、再度ヘッドホンをかけて音の世界に没入してしまう。
私も背中に向かって一礼し、聞こえはしないだろうけど「お邪魔しました」と声をかけ部屋を出る。
リビングでは、アメリとミケちゃんがソファでテレビ……映画かな? を見ながら、コラ・コーラとアルピス・ソーダを飲んでいた。二人が持っているのはグラスだけど、目の前にボトルがあるので品が分かる。二人の間には、ポップコーン入りのお皿。
「ふったりっとも~。あんまり食べると晩ごはん入らなくなっちゃうよ~」
背後から声をかけると、二人がびくっとグラスから飲み物をこぼしかけてしまう。
「ちょっとー、脅かさないでよねー! こぼしそうになったじゃない」
「ごめんなさい」
ぷんすかミケちゃんに、頭を下げる。
「だいじょーぶだよ、おねーちゃん! ミケがちょーせー? してくれてるから!」
「そっかそっか。ミケちゃん、いいお姉ちゃんねえ」
ミケちゃんの頭を撫でると、「ま……まあね」と照れくさそうにうつむいてしまう。可愛い。
「私も一緒に見ていいかな?」
アメリの隣に腰掛ける。
「じゃあ、マスペ取ってきてあげる。久美のだけど、神奈おねーさんなら文句言わないでしょ。後でちゃんと言っとくから」
ミケちゃんがリモコンで一時停止し、台所へと向かう。
「ありがと、ミケちゃん。アメリ、これどういう映画?」
アメリの頭を撫でる。休憩からだいぶ経ってるだろうに汗っぽいなあ。いつものツヤツヤヘアが残念なことに。帰ったら、きちんと洗ってあげなきゃ。
「えっとねー。なんか、でーもん? の人がハッピーバースデーとか言われてた!」
うーん、まったく要領を得ない……。まあ、優輝さんのコレクションの一つであることは確信した。
「お待たせー。はい、マスペ」
「ありがとう」
ボトルを渡されたので、とりあえず一口いただく。マスペサイコー! なんで大型ボトルのがないのか不思議なレベル。
なんてことを考えてると、着席したミケちゃんが再生ボタンを押す。
◆ ◆ ◆
うーん、本当にビミョーというか、何というか……。優輝さんイイ趣味してるなあというのが、作品の感想より前に出てくる。
途中、ショッキングシーンがあったので、そこはアメリの目を覆わせてもらいました。
「ミケちゃん。その、優輝さんのコレクションってこんなのばっかり?」
「そーね。たまーに普通に面白い映画借りてきて見てるけど、集めてるのはこんなのばっかりよ」
アッハイ。ミケちゃんも、アレな映画だってことは理解してるのね。
「前、何でこーゆーのばっかり見るの? って訊いたら、『ダメな作品を、自分ならどうするか? って考えながら見ると勉強になるからだよ』なんて言ってたわね」
なんと。ただの悪趣味持ちかと思ったら、真面目な理由があったとは。
「でも、『こういうのも単純に好きだから』とも言ってたっけ」
アッハイ。また心の中で変な相槌を打ってしまった。やっぱり、イイ趣味してらっしゃる……。
そんな感じの弛緩した会話をしていると、噂をすればなんとやら。優輝さんが階段を降りてきた。
「あ、どーも。取材はもういいんですか?」
「どうも。ミケちゃんからマスペいただいてます。久美さんヘッドホンして集中してるので、夕食のときに詳しく伺おうかと」
なるほど、と相槌を打つ優輝さん。
「優輝さんは、お仕事上がりですか?」
「あ、いや。途中だったんですけど、そろそろ晩ごはん作り始めないとダメなんで」
言われて時計を見れば、もう五時半。時間が経つのはあっという間だねー。
「うち、人数多いですからね。あ、その映画見てたんですね。どんなご感想ですか?」
にこにこと尋ねてくる。……素直に答えづらい。
「えーと。そう、ですね……。個性的な作品だなーといいますか……」
「あっはっはっ! 素直につまんなかったって言っちゃっていいですよ。それを承知で集めてるんで」
いやはや。ほんと屈託のない人だな。
「じゃあ、調理があるんで失礼します。引き続き、適当にくつろいでてください」
そう言って、キッチンに消えていく。
夕ごはんは、ほぼ間違いなく手作りピザ。どんなのが出てくるんだろう。楽しみ!
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