神奈さんとアメリちゃん

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第三百八十三話 気が早いけど、お祝いしよう! ―後編―

公開日時: 2021年10月16日(土) 21:01
文字数:2,732

 お邪魔しまーす、って感じでダイニングに入ると、少し肌寒い。冷房、利かせすぎじゃないかしら?


「さつきさん、ちょっと冷房強くないですか?」


 二の腕をさすりながら、所感を述べる。


「あー、すんませんす。これにはちょっと理由が。まあ、着席してくださいっす」


 彼女に勧められるまま、着席する我々。よく見てみれば、なぜかテーブルの中央にはカセット式コンロが……。何を始められる気なのでしょう。


「どもー、今日はズバリ、鍋っす!」


 大きな鍋を、ドンとカセット式コンロの上に置いて、点火する。鍋!


 赤くて、お肉とじゃがいもなどの根菜が入っている……。これはもしや?


「もしかして、ボルシチですか?」


「ピンポーン! 大正解っす~。ピロシキもあるっすよー」


 そう言って、揚げパンも配膳する。


「ぬっふっふ~。あるときはマスターアジア。またあるときは、マスターサウス・アメリカ。そしてまたあるときは、マスターロシアっす!」


 胸を反らし、ドヤ顔。ミケちゃんみたいなムーブを。


「まあ、ボルシチはウクライナ料理なんすけどね」


 細かい情報訂正を付け加え、皆にボルシチをよそっていく。


「これで、いき渡ったっすね? 足りなかったら、おかわりじゃんじゃんしてほしいっす! いただきますっす!」


 さつきさんが着席し、彼女の音頭取りとともに、いただきますの合唱!


 さすがかくてる四天王の一角、エスニック担当。お肉と玉ねぎはとろけ、じゃがいもと人参はホクホク、キャベツはほろほろ。この、トマトとともに感じる、スープを構成する何かが実にコク深い。


「実は私、ボルシチって初めて食べるんですけど、ただのトマトスープじゃないみたいですね?」


「すっす。ピーツっていうのが重要なんすよ。これの缶詰が手に入ったもんで、今日のメインディッシュに決まったっす。で、ロシアンな料理なんで、ロシアづくしが今日の趣向っす」


 へー。聞き慣れない代物だな。しかし、美味しい。


「ピロシキも、いっちゃってくださいっす」


 では、遠慮なく。かじると、ひき肉と玉ねぎ、しいたけなどを刻んだものの味が広がる。なんか、パンで肉まん作ったような感じよね。これまた美味し。外側がカリッとしてるのが、最大の違いかな。


「こちらも、美味しいですねえ」


「頑張って作ったんで、そう言ってもらえると嬉しいっす~」


 微笑むさつきさん。皆さんの評判も上々だ。


「食後は、由香里ちゃんのロシアンクッキーと一緒に、ロシアンティーをいただくっすよー」


 おお~。それもまた、楽しみですねえ。


 それはそれとして、ボルシチがあまりにも美味しいので、おかわりをいただく。クッキー、あとでお腹に入るかしら。しかし、なるほどねえ。ボルシチを楽しんでもらうために、冷房強くしてたんだ。


「それにしても、猫耳人間人権法案。楽しみですよねー」


 切り出す優輝さん。そうそう、それを祝っての集まりでした。


「私、アメリに勉強させてあげられるのが嬉しくって、お話聞いたとき、大興奮でしたよ」


「わたしも、クロちゃんが棋士になれるかもと思うと、感無量ですねえ。気が早いとは思いますけど……」


 みんなで、しみじみと喜びを噛みしめる。


「上司も、飛ばし情報をするような人ではないので、たしかな話だと思いますけど、成立するかはまた別問題ですからねえ」


 性格が慎重な白部さんは、期待を持ちすぎるといざというとき、がっかり度合いが酷くなると考えてか、ちょっと控えめな感想だ。


「まあまあ。白部サン、考えすぎですよ。一緒に呑みませんか?」


 そう言って、彼女の好物であるアップルサイダーのボトルを冷蔵庫から取り出す久美さん。


「あ、横からで失礼ですけど、私もいただいていいですか?」


「もちろん!」


 せっかくだから、お相伴に与ろう。せっかくの宴席ですものね。


「猫崎さんも呑まれるんですか? では、私も……」


「そーこなくっちゃ!」


 ロシア祭りなのに、ウォッカじゃないのがあれだけど、ウォッカじゃ強すぎるからね。


 結局、下戸組除く大人全員で、アップルサイダーをいただくことに。いただきます。……ふう、久美さんが持ってるお酒は、どれも美味しいなあ。


「ん。ボルシチもいい感じに空になったっすね。じゃあ、ごちそうさまのあとは、リビングで由香里ちゃんのターンっす」


 というわけで、最後のボルシチを飲み干したクロちゃんを待って、みんなでごちそうさま。


 みんなでリビングに移動~。飲酒組は、ちょっとふらつく足取り。


「おまちどう様~」


 中心にジャムが入った渦巻くクッキーと紅茶、そしてジャムの載った小皿が由香里さんの手で配膳される。


「うわあ~。見るからに美味しそうですね~」


「ミケも、ちょっと手伝ったのよ」


「あら、偉い!」


 胸を反らしドヤ顔なミケちゃんに、素直な賞賛の言葉を送ると、「ふふん」と、得意げにしっぽを立てる。


「ミケちゃん、ほんとありがとうね」


 由香里さんも、笑顔と感謝を惜しまない。


「では改めて、いただきますしましょう」


 由香里さんの音頭取りで、いただきますの合唱再び。


「ロシアンティーってあれですよね。ジャムを入れるんですよね」


 スプーンでジャムをすくい、カップに入れようとすると、「ちょっと待ったっすーっ!」と、さつきさんからストップがかかる。


「それ、間違った作法っす。ジャムをなめて、紅茶飲むってのが正統なんすよ」


 へー! どれ、やってみよう。ぺろ……ごくん。


「あ、たしかにこっちのほうが飲みやすいですし、美味しいですね!」


 皆さんも実践し、「たしかに」とご同意される。ちなみに、いちごかと思ったら、ラズベリージャムでした。


「すっす。ウクライナなんかだと、日本と同じ飲み方らしいっすけどね」


 へへー! さつきさんって、ほんとこういうの詳しいなあ。


 正しい飲み方を身に着けたところで、クッキーも……。こちらも、ラズベリージャムの酸味と甘みが美味しい。


「美味しいです~」


「そりゃそーよ! ミケが手伝ったんですもの!」


 再度胸を反らし、ドヤ顔。可愛いねえ。


「ふふ、ありがとうございます」


 由香里さんも、手作りクッキーを褒められ実に嬉しそうだ。


「アメリはどうかな?」


「美味しい! ぼるしち? とかいうのも美味しかったし、今日はすごいね!」


 良きかな良きかな


 子供たち四人を見渡す。美味しい美味しいと、クッキーと紅茶を楽しむ彼女たち。


 法案には、この子たちの未来がかかっている。将来、プロとしてやっていってる彼女らの姿を、思わず幻視してしまう。


 白部さんたちが、日々研究と働きかけをなさってなかったら。あの日、帽子が飛ばされなかったら。浦野さんに、励まされなかったら。テレビ出演のお声が、かからなかったら。


 今、この状況はきっとなかっただろう。


 運命というのは、つくづく不思議な連鎖の上に成り立つものなのだと、身がきゅっと締まる思いがするのでした。

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