お邪魔しまーす、って感じでダイニングに入ると、少し肌寒い。冷房、利かせすぎじゃないかしら?
「さつきさん、ちょっと冷房強くないですか?」
二の腕をさすりながら、所感を述べる。
「あー、すんませんす。これにはちょっと理由が。まあ、着席してくださいっす」
彼女に勧められるまま、着席する我々。よく見てみれば、なぜかテーブルの中央にはカセット式コンロが……。何を始められる気なのでしょう。
「どもー、今日はズバリ、鍋っす!」
大きな鍋を、ドンとカセット式コンロの上に置いて、点火する。鍋!
赤くて、お肉とじゃがいもなどの根菜が入っている……。これはもしや?
「もしかして、ボルシチですか?」
「ピンポーン! 大正解っす~。ピロシキもあるっすよー」
そう言って、揚げパンも配膳する。
「ぬっふっふ~。あるときはマスターアジア。またあるときは、マスターサウス・アメリカ。そしてまたあるときは、マスターロシアっす!」
胸を反らし、ドヤ顔。ミケちゃんみたいなムーブを。
「まあ、ボルシチはウクライナ料理なんすけどね」
細かい情報訂正を付け加え、皆にボルシチをよそっていく。
「これで、いき渡ったっすね? 足りなかったら、おかわりじゃんじゃんしてほしいっす! いただきますっす!」
さつきさんが着席し、彼女の音頭取りとともに、いただきますの合唱!
さすがかくてる四天王の一角、エスニック担当。お肉と玉ねぎはとろけ、じゃがいもと人参はホクホク、キャベツはほろほろ。この、トマトとともに感じる、スープを構成する何かが実にコク深い。
「実は私、ボルシチって初めて食べるんですけど、ただのトマトスープじゃないみたいですね?」
「すっす。ピーツっていうのが重要なんすよ。これの缶詰が手に入ったもんで、今日のメインディッシュに決まったっす。で、ロシアンな料理なんで、ロシアづくしが今日の趣向っす」
へー。聞き慣れない代物だな。しかし、美味しい。
「ピロシキも、いっちゃってくださいっす」
では、遠慮なく。かじると、ひき肉と玉ねぎ、しいたけなどを刻んだものの味が広がる。なんか、パンで肉まん作ったような感じよね。これまた美味し。外側がカリッとしてるのが、最大の違いかな。
「こちらも、美味しいですねえ」
「頑張って作ったんで、そう言ってもらえると嬉しいっす~」
微笑むさつきさん。皆さんの評判も上々だ。
「食後は、由香里ちゃんのロシアンクッキーと一緒に、ロシアンティーをいただくっすよー」
おお~。それもまた、楽しみですねえ。
それはそれとして、ボルシチがあまりにも美味しいので、おかわりをいただく。クッキー、あとでお腹に入るかしら。しかし、なるほどねえ。ボルシチを楽しんでもらうために、冷房強くしてたんだ。
「それにしても、猫耳人間人権法案。楽しみですよねー」
切り出す優輝さん。そうそう、それを祝っての集まりでした。
「私、アメリに勉強させてあげられるのが嬉しくって、お話聞いたとき、大興奮でしたよ」
「わたしも、クロちゃんが棋士になれるかもと思うと、感無量ですねえ。気が早いとは思いますけど……」
みんなで、しみじみと喜びを噛みしめる。
「上司も、飛ばし情報をするような人ではないので、たしかな話だと思いますけど、成立するかはまた別問題ですからねえ」
性格が慎重な白部さんは、期待を持ちすぎるといざというとき、がっかり度合いが酷くなると考えてか、ちょっと控えめな感想だ。
「まあまあ。白部サン、考えすぎですよ。一緒に呑みませんか?」
そう言って、彼女の好物であるアップルサイダーのボトルを冷蔵庫から取り出す久美さん。
「あ、横からで失礼ですけど、私もいただいていいですか?」
「もちろん!」
せっかくだから、お相伴に与ろう。せっかくの宴席ですものね。
「猫崎さんも呑まれるんですか? では、私も……」
「そーこなくっちゃ!」
ロシア祭りなのに、ウォッカじゃないのがあれだけど、ウォッカじゃ強すぎるからね。
結局、下戸組除く大人全員で、アップルサイダーをいただくことに。いただきます。……ふう、久美さんが持ってるお酒は、どれも美味しいなあ。
「ん。ボルシチもいい感じに空になったっすね。じゃあ、ごちそうさまのあとは、リビングで由香里ちゃんのターンっす」
というわけで、最後のボルシチを飲み干したクロちゃんを待って、みんなでごちそうさま。
みんなでリビングに移動~。飲酒組は、ちょっとふらつく足取り。
「おまちどう様~」
中心にジャムが入った渦巻くクッキーと紅茶、そしてジャムの載った小皿が由香里さんの手で配膳される。
「うわあ~。見るからに美味しそうですね~」
「ミケも、ちょっと手伝ったのよ」
「あら、偉い!」
胸を反らしドヤ顔なミケちゃんに、素直な賞賛の言葉を送ると、「ふふん」と、得意げにしっぽを立てる。
「ミケちゃん、ほんとありがとうね」
由香里さんも、笑顔と感謝を惜しまない。
「では改めて、いただきますしましょう」
由香里さんの音頭取りで、いただきますの合唱再び。
「ロシアンティーってあれですよね。ジャムを入れるんですよね」
スプーンでジャムをすくい、カップに入れようとすると、「ちょっと待ったっすーっ!」と、さつきさんからストップがかかる。
「それ、間違った作法っす。ジャムをなめて、紅茶飲むってのが正統なんすよ」
へー! どれ、やってみよう。ぺろ……ごくん。
「あ、たしかにこっちのほうが飲みやすいですし、美味しいですね!」
皆さんも実践し、「たしかに」とご同意される。ちなみに、いちごかと思ったら、ラズベリージャムでした。
「すっす。ウクライナなんかだと、日本と同じ飲み方らしいっすけどね」
へへー! さつきさんって、ほんとこういうの詳しいなあ。
正しい飲み方を身に着けたところで、クッキーも……。こちらも、ラズベリージャムの酸味と甘みが美味しい。
「美味しいです~」
「そりゃそーよ! ミケが手伝ったんですもの!」
再度胸を反らし、ドヤ顔。可愛いねえ。
「ふふ、ありがとうございます」
由香里さんも、手作りクッキーを褒められ実に嬉しそうだ。
「アメリはどうかな?」
「美味しい! ぼるしち? とかいうのも美味しかったし、今日はすごいね!」
良き哉良き哉。
子供たち四人を見渡す。美味しい美味しいと、クッキーと紅茶を楽しむ彼女たち。
法案には、この子たちの未来がかかっている。将来、プロとしてやっていってる彼女らの姿を、思わず幻視してしまう。
白部さんたちが、日々研究と働きかけをなさってなかったら。あの日、帽子が飛ばされなかったら。浦野さんに、励まされなかったら。テレビ出演のお声が、かからなかったら。
今、この状況はきっとなかっただろう。
運命というのは、つくづく不思議な連鎖の上に成り立つものなのだと、身がきゅっと締まる思いがするのでした。
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