神奈さんとアメリちゃん

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第三百四十話 しらべせんせいのさんすうきょうしつ ―後編―

公開日時: 2021年9月3日(金) 21:01
文字数:2,745

「やったー!」


 ノーラちゃんが歓喜の声を上げるので、何ごとかとそちらを見ると、四人が彼女に向かって拍手を送っている。


「何かいいことあった?」


「九九のテスト、全問正解した!」


 ドヤ顔で、花マルの答案用紙片手にVサイン。


「あら、おめでとー! すごいじゃない!」


 私も、心からの拍手を送る。「ふへへ~」と照れる彼女。可愛い。


「なあ、ルリ姉。次は割り算とかいうのだろ? 早く教えてくれよ~」


 あらあら。すっかりやる気出しちゃって。


「休憩挟まなくて大丈夫?」


「勢いが大事だって、『イエローズ』の早井はやいキャプテンも言ってたじゃん!」


 私でも名前ぐらいは知ってる、有名なサッカー選手だ。試合の話かしらね。


「ノーラちゃんが平気なら、私は構わないけど……」


「そーこなくっちゃ!」


 意気軒昂いきけんこうですねえ。良きかな良きかな


 とまあ、また五人は勉強に、私は仕事に打ち込むわけだけど……。


「頭がフットーしそうだぞー!!」


 ほどなくして、ノーラちゃんの悲鳴。


「ええと、ノーラちゃん。どこがわからない?」


 白部さんの困った声。


「わからないところがわかんねー!」


 あらら。よくあるやつだ。


 うーん、と考え込んでしまう白部先生。


「あのね。クレヨンを使うとわかりやすいと思う!」


 と、そこにアメリがアシスト。


「クレヨン?」


「アメリたち、そうやっておねーちゃんに教わったの! ね、ミケ!」


 「うんうん」と同意するミケちゃん。そんなこともやったねえ。


「……アメリちゃん。勉強中断させて悪いけど、ちょっと同じやり方で、ノーラちゃんに割り算教えてあげてくれる?」


「いいよー!」


 がさごそとテレビ用キャビネットを漁る音。アメリの画材はあそこに入っている。


「あった! じゃあ、教えるねー」


 私がかつて教えた方法に忠実に、ノーラちゃんに割り算のイロハを教えていくアメリ先生。ノーラちゃんは今度は悲鳴を上げず、「おー!」と、感心深げに聞いたり質問したりしている。


「すっげーわかりやすい!」


「ほんとに。猫崎さん」


「はいっ!?」


 突如話を振られて、裏返った声で返事してしまう。


「すごくわかりやすい教え方ですね。感服してしまいました」


「あ、いやあ。それほどでも……」


 後頭部を撫でて恐縮。照れくさい。


「なるほど。教科書が使えないぶん、こうして実物で補うんですね……」


 と、白部さんブツブツ考え込んでしまう。


 そして、「うん」と一言言うと、ノーラちゃんへの指導を再開する。一転して、「なるほどー!」とか「わかったぞ!」など、前向きな声を上げるようになる彼女。


 こうして、白部先生の四面指導はつつがなく進んでいくのでした。



 ◆ ◆ ◆



 ややあって、「ん、三時ね。ちょっと休憩しましょうか」と、白部さんの声が上がる。


「休憩ですか? お疲れ様です。お茶とお菓子、ご用意してきますね。じゃあアメリ、お土産のサブレとクッキー、使わせてもらうね」


 デスクから立ち上がり、みんなの湯呑を回収する。


「うん!」


「すみません。ありがとうね、アメリちゃん」


「みんなで食べたほうが美味しいからだいじょーぶだよー!」


 というわけで、トレイを手に一礼してキッチンへ。


 飲み物を緑茶から紅茶に変え、遊園地のお土産を開封する。箱は取っておこうね。記念品だもの。可愛いし。


「お待たせしましたー」


 寝室に戻り、配膳すると、皆からお礼を言われる。


「私も、こちらに混ざって休憩しましょうか。ちょっと手狭であれですけど」


「あ、少し避けますね」


 白部さんがスペースを作ってくださったので、座布団を敷いてお邪魔。


「塩梅はいかがですか?」


「あ、はい。お茶もお菓子も、とても美味しいです」


「あ、すみません。まずは、ありがとうございます。ただ、伺いたかったのは勉強の具合のほうでして」


 勘違いに気づき、「ああ、なるほど。失礼しました」と恐縮する白部さん。


「みんな、物覚えがいいですね。アメリちゃんですけど、筆算での割り算を教えているところです。とても飲み込みがいいですね。あと、割り算でのクレヨンの利用、ちょっとした感動でした」


「ありがとうございます。私がなかなか手が離せなくなってしまったものですから、とても助かります」


 深くお辞儀。


「いえいえ。今朝も申し上げたように、これは私にとってもありがたいお話でしたから」


 白部さんも、お辞儀を返す。


 何だか暖かな空気に包まれ、クッキーをポリッと噛み砕く。甘くて美味しい。


「猫崎さんさえよろしければ、こうしてこちらで定期的に勉強会を開かせていければ……なんて考えますけど、厚かましいでしょうか?」


「厚かましいだなんて、そんな! むしろ、繁忙期に大助かりなぐらいです」


 慌ててかぶりを振る。


「そんなにお忙しいのですか?」


「はい。単純計算で向こう三ヶ月、仕事がいつもの三割増しでして」


「それは大変ですね」


 口元に手を当て、心配そうな顔をする白部さん。「まあ、毎年の恒例行事ですから」と応え、紅茶のカップを傾けると、華やかな香りが鼻腔をくすぐる。


「逆に白部さんは、在宅のお仕事になってからいかがでしょうか? T総に通われていた頃は、随分お忙しそうでしたけど」


「そうですね。基本的に通勤がなくなったのと、マイペースに仕事ができるようになったので、随分楽になりました。ただ、夏には学会での発表が重なりますから、大変ですけど」


 はあ~、学者先生って在宅になってもやっぱり大変だなあ。


「あと、あれですね。論文を仕上げなければいけないのはいつも通りなのですけど、正式に猫耳人間についての論文を、非会員向けの場所でも公開することが決まりまして」


「う~ん、すみません。私大学行ってないものですから、どうにも論文とかピンと来なくて」


「まあ、誰でも猫耳人間についてデータなどの研究成果を参照できるようになる、ということですね。今まで、外部には秘匿していましたから」


 ふむ?


「それって、私なんかが読んでもわかるものでしょうか?」


「そうですね……生体医学論文は専門用語が飛び交いますから難しいかもしれませんが、たとえば学習能力についてとかでしたら、専門外の方でもわかると思いますよ」


 へー。今度見てみようかな。


 こうして三十分ほどおしゃべりをし、お茶のおかわりを用意した後、再び私は仕事に、五人は勉強に励むのでした。


 そんなこんなで夕方を迎え、そろそろ帰宅時間に。


「今日は、本当にありがとうございました」


「いえいえ、こちらこそ。では、子供たちは私が送っていきますね」


 門で互いにお辞儀し、皆と別れる。まずは、お隣にミケちゃんを届ける白部さんでした。


「ふう。じゃあ、お買い物行こうかー」


 腰を反らして伸ばしながら、隣のアメリに話しかける。


「おおー、今日もアメリごはん作るー!」


「ありがとうございます、シェフ。そんじゃ、現地スーパーで今日のメニューを決めましょうかね」


 一度バッグを取りに、屋内に戻るのでした。

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